秋からすぐ冬になるのか
(花でも野菜でも果物でも普通と違うー白百合、木槿、ノウゼンカズラ 水澄む)
新田川は浅瀬の川である、真野川は大きから深く流れるところがある。
宇多川は狭い川であり魅力がないが上流の山の方にゆくと何か荒々し川になっている、川の表情もみんな違っている
原町の道の駅でダンスをしていた、あだたらとかあさかのとかありあさかのは郡山市でありあだたらは二本松である
福島県が合同した踊りだった
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料理する厨の窓に秋の蝶
農家なれ前畑広く蔵に柿
石の倉芙蓉にオクラ畑に咲く
新田川水澄み流れせせらぎぬ
蔵に柿バス停残り夕暮れぬ
白百合の我に向かいて咲きにしをそのあと添える花のとりどり
遅く咲く白き木槿や雨しとと10月となり寒くなりしも
ノウゼンの夏の名残りと咲きにしをようやく散りぬ10月になり
雨しとと石を濡らしてようやくに秋となれるや家にこもりぬ
今年の暑さは異常だった。その影響は米でも野菜でも花でもあった。陽射しが強くこの辺では米でも普通に実っていたから影響ないと思ったが実際は直射日光が強くて影響があった。
野菜でも水分不足で硬くなっているという。みずみずしさがないということである。それは農家育ちの女性が指摘した。そういうことにやはり敏感なのである。。
庭の白いムクゲがなぜ10月になって満開になっているのだろうか。そして今日しとしとと雨にぬれている。
この木槿は8月のお盆の頃にさく。その前にも咲き始めている今満開になっている。二ヶ月も遅れて咲いたとなる。それもなんなのだろうと思う。あまりに暑くて季節がずれてしまったのだろうか。またいつもの季節より早い時期に咲いた花があるかもしれない。何か花でも咲く時期が狂ってしまったとなる。
蝉の鳴く声を聞く期間も短かった。だから秋の蝉も聞いたとしてもたちまち聞こえなくなった。そして秋バテにもなり体も異常化した人も多い。 2日前は秋時雨を感じたというのもまた季節の異常である。秋時雨は10月末であり11月になると冬になり時雨になる。何かこうして季節感覚が狂ってしまったのである。だから季語というのがあわなくなったのである。
そして今日起きた伊豆諸島へなどの津波警報も地震もないのに津波が来たのである。そういうこともあまり聞かなかった経験もしていない。学者も分からないという。推測で海底火山が爆発してそれで津波が起こったのではないかとしている。ただこのように自然現象というのは多様であり実際はあらゆることはか解明はされていないのである。最近のこの暑さは何なのだろうということも明確には分からない。
でも心配しているのはこの辺で起きた津波地震の前の年の夏はやはりこのように非常に暑かったのである。だから来年になるとその影響が出てくるかもしれない。暑さが影響して地盤が緩んだりするかもしれない。そして地震が起きて津波が起きるかもしれない。地震でもやはり天候とかとも関係しているからである。ただそのメカニズムは解明されていないのである
料理は面倒でできない。その台所の窓から黄色の蝶が飛んで消えたのを見た。狭い庭だが庭があるとないでではやはり違っている。なぜ日本で家庭というのか。家と庭があって家庭となっている。だから庭が一体化しているのである。ただその庭というのは農家の庭広い庭のことでありそこで農作業だどうしたから家と庭が一体化したのだと思う。ただ風流にして庭を利用して庭を見ていたのではないのである。元々は何でも実用的なものから始まっているからである。家の基本は始まりはやはり農業と一体化して作られていたのである。
なぜなら前田とある時その村の中心地になりなるなる。その村の草分けの家が家の前が広い田がありそこが村の中心地になったからである。なぜなら家の前に田畑があれば家と一体化して便利になるからである。遠くに田畑があればそこに行くまで手間になってしまうからである。そのときは昔は車もないのだから歩いて行くほかないし荷物を運ぶにしても手間になるからである。
原町の新田橋を渡った高平にバス停がありそこが自動販売機が置いてあって人が休む。そこに蔵があり柿が実り金木犀が咲いていた。他にも蔵があればそこは農家だったということがわかる。
でもバスは今も通っているにしても一日二三回くらいしか通らない、それもいつもがら空きなのである。だから無駄にも思えるのである。