2023年09月19日

人間の失敗の原因 (自然は成さずしてなる。人間はなして失敗する)


人間の失敗の原因

(自然は成さずしてなる。人間はなして失敗する)

成さずして成るー老子

●しなくてもいい事業を起こして失敗

近くの人は事業を起こして失敗した。その人はもともとみんなが取れない一級の免許を持った電気技師だった。だから会社に勤めていても高級取りだった。でもそれで常に優秀だと他から言われて事業を始めたのである。その事業の始める動機も何か東京とかの人のための別荘建てるような仕事だった。ログハウスとかを建てて東京の人などを相手にして金を稼ごうとしたのである。

その動機はただ自分が優秀である会社の経営者にもなれるそれを示したかったとしている。それが動機だったのである。でもその人は別にほかの人より優秀だったのである。その人を蔑むような人は周りでいなかったのである。
でも常に優秀だと言われているから経営者になっても当然成功して優秀だということを示したかった。でも実際はその事業も失敗して大きな借金だけが残されたのである。それで周りのものは大迷惑となったのである。
私自身もその人と関係していたから介護とかで苦しんでいる人がその人がきてもその人は頭の中が借金のことで生他人のことなど気遣うこともなかったのでだから苦しい時借金の要求にもなったのである。

もう一人の人は腕のいい大工である。その大工の仕事で充分に家族でもでも養うことができたしそれで確かに足りない面はあっても普通の生活はできたはずである。でもそれで満足することはなかった。その人はいい面としては大工だけではない庭作りもできるし壁塗りもできるしいろいろな事ができるのである。社交性もあり営業などにも向いている。

でもこの人も大工だけではその収入だけでは満足しなかった。もともとこうして何でもできる人だからホテル事業に手を出した。ホテルはラブホテルでもあった。このホテルを作るにも資金が必要だった。ただ大工ということがあってその建物を建てるときは家を造ることをしていたから役だった。それでその人は成功して立派な家を建てた。でもその家も津波で被害を受けた。でも流されたわけではなかった。今そこに住んでいないのは原発事故で避難区域になり不便なので隣の町に移り住んだ。

そして60以上すぎて熟年離婚となり一人で住んでいる。家族もばらばらになってしまった。息子は仙台市の方で移って仕事しているからである。確かに原発事故も原因しているがそれだけではないこれまでしてきたことが原因して今がある。何か性格的なこととかその人の人なりのことが原因もしているみたいだ。

●カルマとはこれまでした行為が苦しみとなり現れること

この二つの例の失敗の原因は何なのか。 2人はそもそもやり手であり優秀なのである。だからそのことが悪いわけではない。そして共通しているのは上昇志向が強いことである。他人より他人に負けたくない他人より優秀なのだということを見せてやりたいその上昇思考が強くでもそれだけやれてたということである。それだけの能力もあるとななっていた。

では何故失敗に終わったのか。たしかにそこには大工さんの場合は原発事故の被害があり津波の被害があるとその人だけの責任ではない。でもその人の責任も何かあった。結局人間は60すぎるとこれまでしてきたことが積もり積もってカルマとなって苦しみとなって現れる。それだけは間違いない。

私自身がもそうである。仕事もせず家に引きこもり30年間自由に旅などをして思うがままに生きていた。どうしても陰の性格であり社会生活馴染めなかったからである。
でも家族に恵まれてそういうことが出来たのである。でもその結果として家族が病気になり介護になった時自分一人でそれを背負わされることになった。
そして社会常識もなくなっていたから一人助けもなく苦しんでいるだけだった。それも自分のカルマだったのである。つまり人間は60以上になるとカルマの清算が強いられるのである。だから他人のことをとやかくようこともできない。ただそれぞれになぜそうなったのかということを知ればほかの人もこれから生きる人も若い人も参考にはなる。
要するにそれぞれの人生をふりかえると必ず何かその人の行為が結果として現れる。それが60以上にその行為の総決算が起きてくるのがカルマの法則なのである。

この原因の失敗の原因はどこにあったか

要するにしなくてもいいことをした

カルマとはこれまでしてきた行為が苦しみとなり現れること

これなのである。一人は何も事業など始めなくても充分に収入もあり他からも優秀な人と認められていたのだから別に事業など始める必要もなかったのである。でもさらに自分は優秀だとしてその優秀さを認めてやる認めさせるとしてそんな動機で事業を始めたのである。それがそもそも失敗の元だったのである。

大工さんの場合ももともと優秀でありやり手であり稼ぐ力はありホテルなど経営する必要もなかったのである。でも自分は何か学校ではあまり優秀でなかったからとか優秀なことを見せてやりたいとして始めたので。 2人の共通点はとにかく上昇志向がある強い。
でも別にその人たちは優秀であり他人からも認められているからそんなにまたさらに優秀だと事業を起こしていることが失敗の元になったのである。
大工さんの場合は原発事故とか津波がありそれも原因していたがやはりその人自身の性格とかしてきたことが原因していて家族もバラバラになった。だから結局不幸になったとなる。

ただ共通していることは優秀だということにこだわる。他者と比べて負けたくない優秀だとこだわる。それで私の姉も最後に言った言葉が(俺は優秀だった)とのである。そこまで優秀さにこだわっていたのかと理解できなかった。優秀だったことは間違いないし知っている。でも認知症になり馬鹿になったともなりそれで優秀だったと言ったのかもしれない。最後にどんな優秀な人も人認知症になれば馬鹿になったとなるから悲惨である。そこに人間の限界がある

●してしなくてもいいことをして失敗した

それは別にこうした個人の例だけではない。そもそも原発事故自体が原発を作ったこと自体がしなくてもいい作らなくてももいいのに作ったことによって最悪の結果になったのである。
確かに原発は地元の要求もありお金を稼ぎたいということもあり作られた。でもそれが必ず必要なものというものでもなかった。電気がなくてもいいというわけではない。でもこの夏が異常に熱くなっても電気は不足しなかった。だから電気は原発なくてもなんとか賄えるものだったのである

そもそも原発を作ったということ自体が問題だったので。その事業自体が必ずしも必要ではなかったのである。でも金になるとか作る方でも利権が関わり作ったのである。要するに人間の成すことが全て必要だから実際は成さなくてもなさなくてもいいものでもあえて成す。そのことによってこの大きな禍が生まれるのである。
それを説いたのが老子でありまたキリストでもあり釈迦でもあり宗教は大概人間の行為がカルマとなるというときこうして何か必要ないものでも成さなくていいことでも成す。その結果として災いが生まれるのである。

日本の戦争などでもそうである。なぜ300万人も死ななければならなかったのか。そもそも本当に戦争する必要があったのかそれ自体が問題だったのである。やむを得ないとか色々言われるが戦争というのも事業であり二つの例のように事業そのものが必要だったかどうかはわからない。でもあえてその事業を実行したということが300万人も死ぬという結果になったのである。その300万人の死が何か讃えられるべきものなのかということもわからないのではある

結局人間の問題は成さなくてもいいことも成すてそのことから大きな災いが生まれてくる。戦争もその一つの例であり事業でもそうである。本当にその事業が必要なのかどうかはわからない。ただ橋一つは作ればそれでみんなが助かるということはある。でも事業自体が本当に必要なのかどうかは分からないものがある。でも相手それを実行すると成すことにより大きな禍ともなるのである


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