処理水は安全なのかー 科学的公正さが追求されない
(政治的経済的利権思惑が真実を歪める)
福島第一原発の処理水に関して難癖をつけているバカが多すぎるので解説します ホリエモン
B2%B4%E6%96%87%E3%83%9B%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%A2%E3%83%B3
●科学的公正さが追求されない
なぜ中国が日本の海産物の輸入を禁止したのか。それは放射性物質に汚染されているからという。でもこれも政治的思惑があり必ずしも科学的公正さを追求したものではない。ましてや韓国だとさらに政治的思惑があり日本を糾弾しようとする。だから科学的公正さより政治的思惑に働きそれによって左右される
つまり右と左に分かれて極端に右は安全だといい左は危険だとして追求する。その幅が大きいのである。それでさらに真実が見えなくなるのである。科学の時代になれば科学的に証明されればそれに反対することはできない。でもそこに政治的経済的な物が思惑が利権が働き科学的公正な真実は見えなくなる。
ここで穢れのことを言っているのもそうである。ケガレの思想というのは日本にあり一旦穢れたものは拒否される。それは別に科学的なものではない。いくら科学の時代でもその科学がどういうものか理解しにくい。だからそこに政治的経済的な思惑やさまざまなものの見方が生まれてくる。科学的なものだけを追求すればそれは理系なのかもしれない。一方で政治的経済的社会的思惑から見るのは文系なのであ。
何か原発事故でもコロナウイルスでもこの二つの問題が共通してあった。ウイルス学者がいてそれは極端なことを言って社会を混乱させた。一方で政治的社会的経済的からの発言があり社会を維持すること大事だということでコロナウイルスについて騒ぎすぎると言うことを学者が言っていた。ここにもやはり理系と文系の対立があるのかもしれない。
●政府でお東電でも安全神話を作りそれで信用できなくなった
もしただ科学的公正さを追求するならば問題は無い。でもそれは専門的知識がない人はなかなか判断しにくい。そしてなぜ原発に関しては政府のいうことでも東電の言うことでも信じられなくなったのかそれは科学的には正しいとしてもこれまでの政府や東電が嘘をついてきたことがあり信じられなくなったのである
権力で安全神話を強固に作りそれがあたかも完璧に安全だとして国民を騙した。そのことからして政府と東電が信用できなくなったのである。科学的公正でも信用できなくなってしまったのである。御用学者も嘘をついていたしさまざまな隠蔽もあった。
なぜそれほど隠蔽しなければならなかったのか。それは何かやましいことがあり隠すことがあり表に出さないようにしたのである。モニタリングポストでも大成建設だったかその下を下の土を削り放射線量低く見せたのでその周りを実際私が測ったら倍以上あったのである。
このようなことを政府と東電は原発に関しては常にしてきたのである。科学的に安全だというならすべての人に公開して御用学者だけではない審査させれば良かったのである
何かそうして隠蔽したりごまかすということは不都合なことを隠すということで原発に関しては信じられなくなったのでそこにこそ一番の問題があったのである。
いくら科学的に安全だと言っても処理水にしても確かに安全だとしても今までの経過があり信じられなくなったのである。そして危険でも政府と東電は無視してきたのでただ安全神話を言うだけだったのでは。ケガレの思想というけどもそもそも安全神話自体が科学的に追求されたものではなく虚構のものだったのである。本当だからこそ数値十数メートルの津波が来るという科学者集団は警告したのにそれも無視して防潮堤もも作らなかった。それは経済的思惑がありコストがかかるから作らなかったのである。
そしてただ安全安全だと安全神話の宗教のようなものになっていたのが原発だったのである。そしてこの原発というのは事故後で分かったようにその処理にしても20兆円もかかるとか信じられない国の金が使われたのである。そのためにこの金をめぐって利権化したのである。暴力団も参入して(おいしい)といっていたのはそのためである。利権とはおいしいものなのである。
●利権化した原発
だから再三私が指摘したように漁業組合があったとしてもそれが巨大な利権かしたものであり漁業者は事故の前にも特に船主は多額の保証金もらい原発御殿を建てたいたとか言われた。また大熊町長の金庫が津波に流されてその中に5億円が入っていたとかに噂にもなった。
その金の大きさが原発にはありその金に群がる人たちが存在した。天下りした官僚たちもそうだった。検事でも警察関係者でも海上自衛隊とかでも天下りしていたのである。その人たちはその金をもらっても責任も取らないし罰せられることもなかったのである
そのことはコロナウイルスでも同じだったのである。尾身会長とかは専門家として指導していたがその経営する病院はコロナウイルスで大儲けしたとされる。他でもコロナウイルスがウィルスは利権となりやはりここ原発と同じように飲食店でも旅行関係会社でも保証金がばらまかれてそれでやはり高級車を買ったとか言われる。それはこの辺と本当に同じだったので補償金の額が大きいので高級車を買った人が多かったのである。そこそこで不正に保証金をもらった人がいて裁判にもなった。
原発もその利権が莫大なものだったのでだからそれで得した人も相当にいる。もちろん被害もあったが損失もあったな例えば小高などは避難区域になり被害が大きかった。でも津波の被害に対しては原発の補償金は出ない。でも小高区に住んでいればその保証金は大きいものだったのでそれで助かったという人もいる。
変なのは今回の処理水放出にしても漁業者が騒ぐ時それは補償金をまたもらいたいためにそう言っているのかともみてしまう。危険だ危険だと言えば補償しろ補償しろとなりまた金が入ってくる。
ただその金は漁業関係者だけでありそこに住んでいる住民は関係ないのである。ただ30キロ圏外に住んでいる私の町でも一人16万もらいそれは少ないにしてもその金でもらえるからと金を貸してくれという人がいるのである。
こうして原発に関しては常に金が問題になる。その金が国家から出るから巨額なものとなっていたのである。でもそれをもらえない人は不満になる。それは国民の税金だからである。なぜあの人たちだけがあんなに金のもらえるだろうとなってしまったのである。南相馬市にしても小高はけた外れに多く鹿島区は補償が少なかった。それより相馬市とかなるとその額は余りにも少なかった。だからそこに不満が生まれたのである。
●政治とは利権であり利益の分配ー宗教団も利権団体
何か政治というのは基本的にこうして利権から成り立っている。その利権の公平な金の分配が望まれる。選挙だって結局はさまざまな利権団体が利権を得えようとして運動するわけである
それが政治なのかもしれない。宗教団体があったとしてもそれまた利権団体なのである。明治時代に廃仏毀釈が行われたのは江戸時代に寺は政府から優遇されたということで神道派はその寺に復讐したのだという。
なぜなら明治になった時天皇は復興して天皇中心の国家にもなったからである。その天皇の下に日本全国さまざまな神社ありそれが天皇と結びつくからである。
確かに寺というのは江戸時代は役所のようになっていたからである。政府の一機関のようにもなっていたのである。寺には今に置き換えると戸籍のようなものでも管理してたからである。
天皇は復興して神道派がはがこれまで不遇であったことに対して廃仏毀釈が行われた。仏像なども壊されたのである。宗教というのもこうして利権とは関係ないようで深く利権と結びついている。宗教団体が政治に関わり利権団体とかしたのはその代表は創価である。その会員の数が多いからその一大政治勢力となり利権を追求するのである。本来の宗教など何の関係もないのである。宗教を利用した利権団体なのである
それはほかのカルト宗教団体でも同じなのである。人間はそもそも金から離れてありえないように利権から離れてもありえないのである。それは外国でも宗教の争いがあるとき利権の争いもある。カトリックとプロテスタントが争い社会的にカトリックが優遇されているところで争ってもいたからである。イスラム教でも宗派がありどうしで争うそれはやはり様々な団体があって利権化してるからだともなる。
とにかくこの世の利権を得れば苦労せずとも金が入ってくる。官僚でも利権だとな公務員でもそうである私の親は公務員だったから公務員が得するということを知っているのである。
ただそれだけではないさまざまな利権がある郵貯なども利権があったし農協でもそうだし銀行も何か利権を持っている。これまではそういうところに勤めていれば田舎では安泰だったのである。ただ最近日本自体が貧困化してそうした特権階級は苦しくなりつつある。ただ政治はそうした様々な利権があり金を分配する。偏りがあると常に反対されるのである。つまり政治とは利権であり利権の奪い合いだともなる。戦国時代になればまさに土地をめぐってとか利権の争いでありそれは殺し合いになったのである
だから処理水が安全だという時科学的に本当に安全なのかもしれない。でもそうなると政府を責められないから安全でないと右寄りであれ左寄りであれそこに所属する者がいうのかもしれない。つまり学者でも科学的な公正を追求していても政治的経済的思惑でその真実を示さないのである。だから安全でないというときそれもまた政治的経済的思惑があるかもしれない。特に漁業者関係はそうであり既にそういうふうにして多額の保証金をもらっているからである。危険だという時保証金をもっともらうために言ってっているのかとかで見てしまう。
実際の漁業は零細であり補償金の額が大きいので別にだから保証金をもらえば魚など取らなくても充分に豊かに暮らしていけるのである。だから安全でないというと保証金がまたもらえるからいいとなってしまうのである。でも全国規模になれ補償金をはらうにしてもできない、福島県の漁業者にはらわれても全国となると払えないとなる。でも処理水は海は広いのだから広く流れてゆく、だから一地域の問題として処理すべきではなかったのである。
【福島原発事故関連の最新記事】