井戸の話の続き―春雨庵のこと(百合の花、暑し、涼し)
ここには家があったがなくなり空地になり百合の花が咲いている。この百合の花は咲いているのが多い
種が飛んでどこにでも咲いている。
井戸の水日陰に汲みて白百合のここに咲くかな暑き日続く
馬酔木(あしび)なす、栄えし君が、掘りし井(ゐ)の、石井(いしゐ)の水は、飲めど飽かぬかも
地下水の水を飲むことは水道の水とかペットボトルの水を飲むのとは違う
大地と地下と繋がり何か原始的なものにもなる。それは直接大地とつながり水をくむからだとなる。
沢庵和尚はここに上山に流罪になり春雨庵に三年住んだ。その詳細はわからないが井戸に注目した。昔は水はもらうことが多かったのだ。これは前にも書いた。町では「水をください」ともらう人が多かった。また水は場所によっていい水と悪い水がありいい水の出るところにもらいに行った。今でもいい清水が出るところには車で水を運んでくるのと同じである。水は生活の基本でありかかせないから井戸は生活の中心としてあった。だから井戸をめぐる話は無数にある
海に近い五島町一帯などは 塩水で特に水質が悪く、山手の井戸からもらい水をしていたので「五島町の水乞食」とまで いわれた。
三年を過ごしてここに井戸の水もらいし娘心に残りぬ
井戸の話(沢庵和尚の春雨庵から・・・)
埼 玉縣入聞郡堀兼村堀兼 に残 つてお り,そ れに関 して千載和歌集 に,``
武 藏野 の堀 かね の井 のあるものを うれ し くも水の近ず きにけ り
と い う歌が あつて,水 のえに くい ところで えた水 を恋い慕 う様子が 示 され
てい る
日 本 の 井 戸 と そ の 歴 史 藏 田 延 男
隣の井戸から水を汲む。 5時ごろになり日陰になっているから涼しい。井戸は戦前までもまた戦後の焼け野原になった十年間くらいは井戸水を使っていた水道はなかった。
だから何かその子供の時を思い出すと不思議になる。それは何か原始的な生活でありそういう生活は奈良時代からも続いていた。
人間は水なしでは生活できない。飲み水にも水が必要であり井戸があった。ただその井戸でも地下にありそれを汲みだすことは容易ではなかった。だからこそ堀兼という地名が生まれた。
地下水を掘り出して組み上げることが容易でないからそういう地名が生まれた。要するに地名はそれだけ生活と密着して生まれてきたのである。
ともかく今でも水は貴重である。ただその水の貴重さが自覚されない時代になった。水道の蛇口をひねればいくらでも水は出てくるとなるからだ。
でもこの辺では原発事故で放射性物質に汚染されて井戸の水とか飲めなくなった。でも隣の井戸水は検査して飲めると言われて利用させてもらった。ただ地下水から汲みだすために機械を使っている。地下水を汲みだすために釣瓶を落として汲んだりポンプでくみ出すのは苦労だった。
井戸にまつわる話は相当にある。春雨庵とは沢庵和尚が住んだところである。それは山形県にある。その近くの宿に泊まった。それは今振り返ると価値あることだった。つまりその宿が価値あるものになるのは何かそうした故事がありその近くに宿があれば価値が生まれる。そこで泊まれば自ずとそうした物語を具体的にイメジするようなるからえある。
ただ現代ではホテルでもビルが多く何か本当にビジネスホテルであり風流を感じるホテルは稀になった。
ただ泊まるというだけで何かそこに春雨庵の近くで感じた旅館とは違うのである。何かホテルになると大きくて風流あまり感じないのである。
くたびれて宿かる頃や藤の花 芭蕉
そういう感覚は現代の旅にはもうない。極端になるとホテルは巨大なレジャーランドのようになりそこはとても旅の宿というようなものではない。第一今は旅する人はいないのである。
ホテルでうまいものを食べて休養するというだけである。それが高度成長時代の会社ぐるみの慰安旅行になったときはそれで繁盛したのである。でも今になるとそういう温泉街は廃墟化してしまったのである。それは一時の夢の跡ともなった。
宿とはやどるから来ており一時的にその場に宿る。そしてその場に一時的にでも一体化するのである。でもビルになるとそういう感覚が持てない。やはり旅館のようなものが良いとなる。でも旅館になると高くなる。
それでも白河街道の福良の民宿の蔵の宿は昔を感じられて記憶するのものとなたった。ホテルとかなると記憶されにくいし風流はなくなる。それは風景と一体化しないからかもしれない。
いずれにしろ現代から旅は消失した、ということは旅の宿も消失したとなるのである。それでふりかえると記憶に残る旅にならない。ただ移動するだけの旅だとなってしまう。人間はいろいろ体験する。その体験したことがその人の人生になる。旅も体験でありそれが旅のタビトモならなかった時何か価値あるものとして記憶されないからただ時間を無駄に費やしたとまでなる。
今日も暑かった。高校野球を野球を見ていたが高校野球のいい点は一回勝負でありその一回に全エルギーを費やす次がないのである。相手に一回で勝たない限りそれで終わりになる。
だからこそ全力で力を出すのである。それがプロのように半年も試合を続けることは一回くらい力を抜いてもどうどういうこともない。次がまたあるしその一回ですべてが終わるわけでないからである。でも高校野球の場合は一回しかチャンスがないのである。だからこそそこに魅力が生まれている。
人生でもいくらでも先があり時間があると考えているが青春時代などあっという間に終わる。そして人生すら老人になってみればこんなに短いのかと驚くのでは人間が勝負するのは実際は一回くらいかもしれない。そんなに何度も何度も試合などないのであるそして高校野球となるとそうした大舞台で試合できることはその一時期を除いてあとはないのである。だからその体験は最高に貴重なものとなっているのである。
旅をするにしてもそうである。やはり旅もそんなにできるものではない。これだけ旅をした自分が言っているのだから間違いない。介護になってからすでに15年も旅していないからである。旅する時間すら実際は短いのである。旅だけではない何でも体験する時間というのは短いのである。そして今やただ旅したことを回想しているのが自分なのである。