2023年04月29日

鹿島駅前の八重桜ー人間的な鉄道の駅 (仙台市の青葉茂る通りの詩)


鹿島駅前の八重桜ー人間的な鉄道の駅

(仙台市の青葉茂る通りの詩)

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車窓から見た蔵王



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これは小さいが前は大きな八重桜だたのである。

駅の前の八重桜

八重桜一本なおも駅の前
ほのぼのと咲き心温まる
人の出会いと別れや
見送る人に見送られる人
人の暮しの駅に続きぬ
駅前に勤めし自転車屋の人
今は亡きしも我お待ちてあれ
我が姉と母も今は亡きしも
待つことあれ心にその面影の浮かびぬ
ああ 忠犬ハチ公のように
主を待ちて駅にあることのあわれ
かく待つことの駅にはあれ
いずれは人は皆死にて消えゆく
そしてここに働きし日々を思い出すなれ
我はなお生きて駅に一人帰り来て淋しかな



青葉茂れる仙台の通り

青葉にまぶしく夏の光
木陰なし通りを歩む
ここに若き人等行き交う
メインストリートにチューリップ咲き
青葉茂れる夏の夕暮れ
ここに若き等の熱気を帯びる
田舎を歩むは杖ついた老人
ここを歩むは颯爽と胸を張る若者
彼は彼女等は何を語っているのか
未来に胸をふくらませているのか
我が青春の日は遠く老いぬ
青葉は茂り夏の光がまぶしくさした
そして若者の熱気が息遣いを感じた
かくて夏の日は暮れぬ


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何か鉄道の駅は不思議である。高速道路の道の駅のとはあまりにも違っている。
それはなぜなのか?鉄道の歴史が長いということもある。明治時代から始まっているからである。
その中で人間は鉄道利用してきたからである。そこに人間のドラマがあり人間的なものは鉄道に付与されたのである。
そして駅も人間的な場所として長い間百年とかあいつづけたのである。なぜ鉄道は人間的なのかとなると車と比べるとわかる。道の駅だと何かそこに人間的なものは生まれない。
人が出会い人が別れそこに人間的なものの情が駅でも鉄道でも付与されたのである
道の駅と違うのはとにかく駅というのは短い時間であれ必ず電車がくるの駅でまず待つ。その待つことが人間的なものを生み出していたのである。それで忠犬ハチ公の物語が生まれたことでもわかる
それは鉄道の駅だからこそ生まれたのである。

なぜなら高速道路の道の駅なら待つということはないからである。そこで人の出会いとか別れもないのである。
ただ機能的なものとしてあれ一時トイレを利用したり食事をしたり買い物したりしてすぐに去ってゆくだけである。そこに待つ時間も別れを惜しむ時間もないのである。
この待つ時間は効率的に見れば無駄だとなる。でもその待つ時間が人間的なものを演出してきたのである。
人間は一見無駄に思えるものが実は無駄ではない。それが人間の特徴なのである。だから老子でも無用の用を説いたのである。

大都会でも空間でもビルに埋め尽くされたら窮屈になり圧迫されるのはそこに無用の空間がないからである。
全ての用あるものとして埋め尽くされたら人間は窮屈になり圧迫される苦しくなってしまう。
時間にしても効率を追求すれば人間は機械かロボットのようにされる。それは流れ作業の仕事などがそうである効率を追求を追求して行けば1分でも休ませてはいけないとなってしまうからである。
そうして人間は機械のようになりロボットのようにさせられることになったのである。
ともかく八重桜は前は三本くらい咲いていた。でもJRで切ってしまったのである。また近くの人が虫が来るということで切ってほしいということもあった。でも一本だけは残ったのである。

この八重桜は桜と違って何かほのぼのとして母の愛のような感じになる。だからこれまで私は家族がいるときは家族が待っていたから良かったのである。
今になると家族もみんな死んで誰も待ってる人もいない。駅前の自転車屋の人も死んだ。それもごく最近のことである。
自転車屋の人は駅前にあるから駅のことを何かと気にしていたのである。駅前の店とかは駅と一体になっていたのである
駅前の通りあり駅の中心になっていたからである。それが車社会になった時その役割を失ったのである。だから鉄道の使いかた乗り方すら知らない人がいたのである。それだけ鉄道は利用されなくなったということでもある。

ただ遠くに行くとき仙台となるとやはり鉄道を利用する。
仙台だと仙台の駅から青葉が茂るメインストリートがありその真ん中にチューリップが咲いていた。
そして若い人たちが盛んに歩いている。そこは若い人たちの熱気に溢れていた。今田舎になると原町などでわ5万とかの人口があっても通りを歩いている人を見かけない。
時々杖をついて歩いている老人を見かけるくらいなのである

町の通りを歩く人が稀である。みんな郊外のイオンとかのスーパーに車で来るからである。ただそのために相馬市でわイオンが閉鎖されて町全体が寂れたようになってしまったのである。
それも問題だと思った。イオンは大資本であり大きなビルを建てスーパーを作っても採算が取れないければ撤退してしまうからである。そのあとは空洞化して町全体が寂れたようになってしまうのである。
でも小さな商店はとてもスーパーにはかなわないし成り立たなくなったのである。
やはり仙台市とかには人が集まりさらに拡大してゆく。震災後原発事故でも帰って仙台市に人が集まるようになったのである。
そしてその周辺地帯は人口が減少してゆくという変化があったのである。

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