2022年08月26日

なぜカルト宗教団体にだまされるのか? (思考脳が働かない、カルトは金をとることが目的-日本人はカルトにはまりやすい)


なぜカルト宗教団体にだまされるのか?

(思考脳が働かない、カルトは金をとることが目的-日本人はカルトにはまりやすい)

●金を信者からとること自体宗教ではない

なぜカルト宗教団体に入るのか?まただまされるのか?
思考脳が働かない、何でも苦しいからと頼ることの危険
カルトは金をとることを目的にしている

先祖の祟りだとかして統一教会が信者から金をとっていた、確かに親の因果が子に報いとかは現実にあるしほとんどの家に何か悪い因果が働くことは確かなのである
それは事実だし自分もそのことを延々とカルマとして書いてきた
でもそれが現実にあるとして統一教会のようにそのカルマから祟りから逃れるためには
教会に金を寄付せよということが最大の問題なのである

つまりカルト教団の目的は信者から脅して金をまきあげること

これなのである、そもそも宗教に金がからむと宗教本来持っている効用はなくなる
金だけが目的と化してそのためだけのものになる
むしろ統一教会だと先祖のカルマを梳いてるから金を出せということ自体悪質な詐欺なのである
単純に考えると人間は簡単に金だけは出したくない、何で金を出すのだと常になるからだでもなぜカルト教団に金を出すのか不思議だとなる
それは戒名とかでもそうである、いい戒名をつけるには高額な金を払うとかも騙されることである、死んでからいい戒名をつけてもらったからとして何かいいことがあるのか?
もう死んだら金は必要ないのである
というのは死者に供え物をする、それが果物とかではない、金を供え物とすることはできない、死者にとって金はもういらないからである、むしろ一杯の水でもお湯でもあげればいいとなる、死者には金は紙幣はもういらないのである
死者が望むのは物ではなくその人の心だともなる、死者を供養する心があれば水でも供えればいいし野の花でも供えてもいいのである
問題は供養する心が大事になるからだ、現実に死者を愛さないものは墓参りでも供養もしないからである

ともかく宗教に金がからむと不純なものが生まれる、だから宗教で成功することは危険である、巨額の寄付金が集まる、それ自体がすでに何かいかかわしいことをしているから金が集まったのである、でもその金が集まることでカルト教団は力をもつ、この世で力を持つのである、そもそもカルト教団はそうしてこの俗世で力をもって支配したいためにあるこの世で人を支配するには金だとなるから金を集めるのである
先祖が悪いことしたからとか先祖を救うためだとかが現実にあるとしても実際はそれで金を得るためにする、では金を払ったからといってカルマが解消するかとなるとしないのである
そこで得するのはカルト教団でありその幹部達なのである
つまりカルト教団とは悪質な宗教によに詐欺集団なのである
地獄に落ちないようにするには免罪符を売ったカトリックと同じなのである

ただ人間は金を払うことには100円でも敏感なのによく金を払うとなる
まあ、賽銭箱に十円であれ百円くらいならいいが憶の金を払うということはどういうことなのだろうとなる、貧乏に暮らしていたらそんな金を払うことはない、金で苦労していたらそんな金を払うだろうか?みんな金にはシビアなのである
そもそもカルト教団にだまされるのは思考脳が全くない人達である
なぜならちょっと考えればわかるからである、そういう自分もカルトに若い時はまったから他者に厳しくは言えないことはある
でも創価に入っても金はほとんど払っていない、新聞をとったとしてもわずかの金である大きな金を払ったことはないのである

●宗教は人間と人間の問題ではなく神と人間の問題である

宗教が何かというと人間と人間の問題ではない、神と人間の問題なのである
そこが根本的に間違っているのである、たいがい宗教は人と人との関係にあると見ているからである
そもそも神が人を万物を作ったのだから神と人との関係が最優先なのである
でもどうしても社会だと人と人の関係であり人を離れてありえないとなる
でも聖書を見れば神が存在して人がいる、その関係性を記したのが聖書だとなる
だから神が人間に望む者は何なのか、神に供えるものが問題になる
カインは野菜を供えてアベルは羊を供えた、でも羊を供えたアベルは神によみされたのである、羊はやはり人間と通じてそれを犠牲にすることは痛みをともなう、それは人間を神に捧げることに通じている

神が人間に求めるものは金ではない、紙幣ではない、それは死者でもそうである
神に供えるものは神が求めるものは人間そのものであり人間が犠牲になるのことなのである、だからアブラハムはその子のイサクを捧げようとしたのである
その子でも老人になって奇跡として授かったものであり最も大事なものだったのである
だからそもそも信者に金を求めること自体が詐欺である
神が求めるものは金とかでもないし物でもない、正しき義の人を神に捧げることである
その至高の人がキリストだったとなる、神の一人子だったからである
その人は傷なき神への献げものだったのである

カルトとは自らその長が神と称して他者を奴隷にする、サタンでもある、そして会員は犠牲を払わされる、その長は本当の神に成り変わって自らを神とする偶像でもある
ただ実はその会長にしても実はサタンに使われているだけである
その人を操作しているのはサタンなのである、そしてそのサタンに使われた人はまたサタンにいいように使われて捨てられるのである、結局地獄に落とされるのである
この世がサタンが依然として支配しているというとき人間の欲がなくならないからであるその欲があるためにその欲をかなえてくれるサタンに仕えてまた使われるのである
もし欲がなかったら幼児のようだったらサタンはそこに作用できないからである
だからこそみどり子に治めさせよとか老子のように治めずして治めるとかなったのである

神ー人間
自然ー人間
人間ー人間

日本人だと自然が八百万の自然が神となりまた人間と人間の関係しかない
唯一の神と人間の関係が欠落しているのである、それでカルトにはまりやすいのである
日本人は基本的に神と人間の関係がない、日本の宗教だと師が絶対的なものとなりやすい神のようになりやすいのである、法然に帰依した親鸞でも師が地獄に行くなら私も地獄に行くというまで人間と一体化するのが日本人の特徴なのである
それでカルト教団でも偽りの師でも一体化してゆく、偶像化して一体化して従うとなる

●事業化して政治化したカルト教団からは税金をとるべき

ともかく苦しいからと困ったからと安易にカルト教団に相談したりして金をとられるのは問題である、具体的な金ということでそこからカルト教団を判断する
新聞をとるくらいなら仕方がないとなるがそれ以上の金をとるとなると金をとることが目的の団体だと見るべきである
カルト教団の目的はとにかくこの世で力を得ることである、だからこそ金が第一の目的として運動しているし、創価だと票をとることを目的としている
政治家になればこの世の権力を得ることができるからである、だから創価では確かにあまり金はとらないが選挙を最大の目的としているのである

でも何百万の会員がいるとしてその人達の困りごととか苦しみを相談して解放してやることができるのかとなるとできない、そんな数になるとただ数を集めて票に結びつけて権利を得ることしか眼中にはないのである
第一人間は相談を受けて何かしてやれるのは二三人くらいだろう
百万人の相談にのれることなどありえないからである
だからただ頭数を集めてそれを票に結びつけるだけだとなる

だからカルトを制約するには金に注目することである、宗教団体でももともと宗教とも関係ないのだから税金をとるべきだとか金の面からカルトを見てとりしまるべきだとなる
とにかく信者から集めた莫大な金がどう使われているのか、それを見るべきである
そもそもそんな巨額な金が必要なのかとなる、神殿のようなものを建てたり事業に使われたりと宗教がビジネスにもなっている、宗教は本来事業と関係しないのである

でも現実社会では宗教家でももし豪邸に住んでいたり神殿のような豪華な建物を見たりすると信仰していれば大金持ちになれるのだとなり励むことになる
そのこと自体が危険なのである、それが宗教だとなり模範とされるからである
それで宗教者はあばら家のような家に住む方がいいともなる
なぜならそうしたら宗教に励んでも金持ちにはなれないとなることを示しているからだ
現実にシャカでもキリストでも家もない岩窟で座禅して悟りを開いたとかキリストもこの世に枕するところなしとい寝る場所もなかったからである
でもカルトとなるとその正反対でありこの世で成功して栄華栄誉に暮らすことなのである
ともかくカルトを制約するとしたら第一金の面であり巨額の金が集まるとしたら税金をとるべきである、宗教は本来金とは極力かかわるものではないからである
また宗教はビジネスでないからビジネスにかかわることは禁止すべきである
また少人数ならいいが何百万も会員とすることは独占法違反にもなり危険だからそうした巨大宗教団体は制約すべきである
なぜそれほどまでして会員を増やしたいのか?それは民主主義では数が権力になるからである、田中首相が金と数が力だということになる、それは政治とか世俗の世界ではそうなる、それが宗教まで適用されることが問題なのである

宗教はナチスになりやすい、数を集めることにを最大の目的としているのもそうである
結局赤信号みんなで渡れば怖くないとなる、数がすべてを決めるとなるのがのが民主主義ともなる、でも統一教会のように世論がバッシングするときまた数が効果を発することがある、これだけたたかれればもう統一教会は終わりだろう
だから他のカルト団体でもこうして世論でつぶすことができる
だから今創価などは戦々恐々しているかもしれない、火の粉が飛んでくるからである
現実に統一教会をバッシングしているが創価はなぜ責められるのかともなっているからである、創価も明らかにカルトだからである
それもナチス化する統一教会より危険な団体なのである、権力をとるためなら何でもする団体だからである
本当にカルト法が必要である、外国では日本のカルト団体は禁止されている
統一教会でもそうである、日本は余りにも戦後自由になりすぎたのである
それは戦争の結果ではあるがカルトはやはり制限してとりしまるべきだとなる
それは社会にとって危険なものになってゆく、ナチスの再現にもなってゆくからである

●宗教に外国が関係することの危険

確実に統一教会は政治にはいりこみ日本を乗っ取る計画をしていた
統一教会の大きな問題は韓国であり外国勢力がカルトとして日本侵略をねらっていたことなのである、これは非常に大きな問題だったのである
日本人からだまし取った金が韓国に回っていた
そして日本は最終的に韓国に支配されるとなる、そこに在日がからんできて複雑になる
在日とは何か日本人であって日本人ではないという複雑な立場にあるからだ
在日は外国に韓国にでも日本を売りわたす団体なのかともなる
ただ在日は理解しにくいのである、いろいな人がいて理解しにくいのである
明確に在日団体というのは組織があるとも言えないし理解しにくい
ただ下関には戦後韓国に北朝鮮でも帰るために集結したが朝鮮戦争になり帰れなくなり
下関にとどまった一団の人達住みついたという取材がyoutubeで見た
下関には在日の人達が集団的に居住したのである、今でも韓国の釜山に航路があり韓国系であり在日であれ行き来しているからである

統一教会の問題はこうして国と国の関係ともなり問題だったのである
外国にカルト教団を通じて日本の金が奪われ遂に日本の政治家に浸透して日本の政治が歪められる、それが最大の問題だったのである
それは政治だけではない、日本テレビにも24時間テレビで統一教会の人が番組作りしたとかニュースになった、それも統一教会側からそれを発表して一方的な報道をするなと警告してきたのである、つまり今統一教会をマスコミが批判しているがそのテレビ局でも統一教会が深くかかわっていたとして批判するなとなったのである
統一教会こうして日本の主要な権力とかかわり日本支配をねらっていたとなる
宗教はそのための隠れ蓑であり現実は日本政治を左右してその支配下にする
韓国が日本が支配する道具ともしていたとういことで重大な問題になったのである

宗教は個々人の心を問題になるのではない、権力を奪う団体でありやがてはカルト教団が権力を得て支配するためのものである、だから政教分離が必要なのだが自民党自体がすでにカルト教団に侵食されていた、第一創価公明党と一対なのだから自民党自体がカルト政党なのかとなっていたのである
つまり私が追及してきたように政教分離をしていないからそうなった
その法律は有名無実であり何ら行使されていないからである
公安委員長自体が統一教会にかかわっていたからである
これほど統一教会に侵食されていたことは意外である、なぜならどうしても10万くらいの団体がそんな力をもてるのかとなるからだ

ただそこに無料で選挙運動してくれるとか何か巧妙なものがあってそうなった
それでカルト教団の力をそぐにはみんな投票しなければならはないというのもわかる
創価公明でも固定票は限られて減っている、だから投票率が上がれば当選できなくなるからだ、まず自民党は創価公明と手を切るべきなのである
政教分離の法に違反する宗教団体が国土交通大臣になることは憲法違反だからである
宗教団体は国からいかなる特権も受けてはならないとなっているからだ
とにかく日本は戦後75年とかすぎて政治であれ何であれ大きな変革を強いられるているのである、日本の貧困化も深刻であり何か暴動でも起きるような物騒な時代になっているのである、だから自民党一党独裁は終わりつつあるのかとなる
大きな変革の時代でありそこに相当な痛みが生まれる、でもその後に再生する日本があるとなる、期待するとなる

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