2022年06月25日

親の背中を見て育つが活きていた時代 (身近な家業とかで職業を理解した時代)


親の背中を見て育つが活きていた時代

(身近な家業とかで職業を理解した時代)


どうして諺(ことわざ)が生まれたのか?
それは現実社会から必然的に生まれたのである、その諺は古代からでもつづいたものがある、それは人間の生活が綿々と継続されて来て残されたのである
諺を残したのは庶民であるがそれが依然として活きているのは人間というものが基本的な所で変わらないから活きている
もし人間がまるで違ったものになってしまったら諺でも通じなくなる

親の背中を見て育てというときもそうである、親は何も言わなくても日々の行動の中で子供に押しえるものがありそういう言葉が生まれた
また働くの語源が端を楽にするというのもそうである、それは身近で親が働くの見ていて子供ながらに辛いとも見ていたからで親を少しでも楽にしたいということで生まれた言葉である

ただ現代になると時代の変化で社会の変化でそうして伝えちれた諺でも格言でも様々な伝統でも失われてきた
「親の背中を見て育つ」ということでもそもそもそれは農民社会や職人社会で職住一体になっていた時そういうことを実感する
生業とか家業とかは代々その土地で家で伝えられたものを受け継ぐからである

ところが現代のように親が働く姿を身近で見ない、すると親の背中を見て育つというとき親は家ら分離して会社員になるのが普通となるとき親は家から出勤したらその背中は見えないのである、会社で何して働いているのかもわからなくなっている
身近な所でも働く姿が見えないのである
都会だと一時間かけて会社に通勤するとかなると余計にそうなる

そこで何が起きて来るのか?

子供は親から学べない、親の背中を見て育たつことにはならない
また戦後まもなくでも隣近所で何をしているから見えていた社会である
石屋は一日近くで石を削っていたとか塗り屋は一日漆塗りをしていたとか篭屋は籠を編んでいたとか何か仕事が近くで見えていたのである

それで子供の時でも何かこういう仕事があるのか見ていてそれでそういう仕事をしてみたいとかなっていた、近間でそういう職業が見えていたからである
そして農家でも子供は必ず働かさせられていた、人手がたりないので家業も多いので働かせられていた
私は毎日学校から帰ると店をしていたから配達をさせられたのである
自転車で卵買いにも活かされた、それで近くの橋が土橋でありゆれて怖かった
糠に卵子をいれていてそれが必ず割れるのである
その卵買いに行った場所は街から近い場所である、小池とかそんな近い所に戦後の引揚者が入って細々と農業をしていたのである
その時どれだけ戦争の引揚者が職がなく荒地を開墾したのである
でも厳しいので半分は撤退したのである
何か辺鄙な所に飯館村だったら木戸木となると山の狭間にあり平な土地がないのである
そんな所でも戦後引揚者が入って来たのである
それで共栄橋とかあればそういう名は地形と関係ないから戦後の引揚者の村なのである

ともかく戦後十年の生活は江戸時代からつづくまた古代からつづく原始的生活でもあった

まいにち、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯せんたくに行きました・・
https://guzlog.com/shibakari-405

柴とは雑木であり小枝とかでありそれを燃料としていたのである、だから子供の時近くの裏山に本当に落葉拾いとか柴刈りに行った経験がある、戦後は燃料は炭であり柴であり薪だったのである、それで便所紙は新聞だったり風呂の焚き付けだったりした
紙もまともにない時代だったのである、電気は裸電球一つくらいしかなかったのである
水道もないしガスなども使っていない
そして街中でも本当に裏の堀川で洗濯していた、これも信じられないともなる
だから継続された原始的生活だったともなる、そういう状態で良く生活できたとも思う
だから家の中に一冊の本もないし鉄腕アトムとか鉄人二十九号とか読んでいたにしろそれも買ったものではない、貸本屋から借りたものだったのである
本とかは高くて買えないものでありせいぜい教科書を買うくらいだったのである
だから知的興味を育てる環境とはなっていなかったのである
そしてあまり貧富の差はなかった、そもそも物がなかった

農家の人の話を聞くと家で納豆を作っていたとか栢木(かやのき)の実から油を作っていたとか油まで作っていたのである、農家は自給自足であり買うことはほとんどない、物がない時代は買う生活ではないからである
そういう時代は農家の方が豊だったのである、なぜなら卵すら食べていないからである
私が子供の時卵買いに行ったのは店で卵を売るためだったのである
農家の人は卵を鶏を飼っているから食べていて恵まれていたとなっていた
バナナすら私の父親が病気になって仙台市まで行って買ってきた、バナナすら売っていなかったのである

ただ私の家で店をしていたとき私は嫌だった、母親は食事すらゆっくりできないのである必ず食事中にお客さんが来るからである、そして家事もしていたから暇なく働いていたのである、それが自分には嫌だったのである、親の背中を見て育つというのは本当である
それで店というものを自分は嫌悪していたのである、そういう職業につきたくないとなっていた、まともにゆっくり御飯も食べられないとなればそうなる
親の背中を見て育つというとき逆に親の仕事を身近に見るからそんな職業には着きたくないともなる
ある人は小高の人だったが親に農業だけはやるなと殴られたという、農業は実際は労働が厳しいから子供に継ぎさせたくなかったからだとなる
その子供は成長して原発で働きまた建築現場で働くようになったのである

ともかく現代は職業が見えない、近くで何をしているのかわからないのである
それでも地震で壊れた家を大工さんに直してもらった時、その人の職業を具体的に理解する、それは補助役もしたので理解する
職人とはどういうものか理解する、職人が気にするのは水平器で計る

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切りすかす長押(なげし)の子口すぢりくくいかに押せどもあわでこそあらめ

大工の仕事はこうして何か合わせることが多いからこうした歌が生まれた
今は水平器でも電子化している、精密に計れる
私の家は地震で沈下したり傾いているということでしきりに水平器で計っていたからだ

親の背中を見て育つというとき職人は親方であれ兄弟子であれ技を盗むとか見様見真似で仕事を覚える、だから下働きでも親方にでも兄弟子でもついて仕事をしていると自ずと覚えることがある
それで私自身が直接手伝ったので大工の仕事はこういうものかと多少はわかったのである
仕事をするときの職人の姿勢はやかましく言われた、それは職人のみだしなみであり見栄でもあった、結局正しい姿勢が正し仕事をするの不可欠なのである

年季は十二,三才から始まり、だいたい21才と兵役の年限にあける
そのくらいの年から入らないと仕事が覚えられない
一七,一八歳から始める者は中年者と呼ばれて歓迎されないし事実大成もしなかった
「職人」竹田米吉ー現代教養全集

何を志すにも早い時期にしないと大成しない、家を直した人は一五歳で親方に弟子入りしたという、それも早いようだがその位でないと遅いともなっていたのである
それで志すというとき「若き内に神を知れ」というのも同じだったのである
そのくらいから求道していないと神を知ることはできなくなってしまうのである
だからいかに若い時が大事なものが後でわかる、たちまち時間が過ぎてしまい何も身につかなかったとなってしまうからである
それで大卒でも新卒を会社で採用したいのである、なぜなら若い時期に仕事を覚えやすいからである
そして人間の一生は若い時の二〇代までその方向が決まってしまうから怖いのである
大工として大成するにも一五歳から始めないと遅いとなるのである
ここを肝に銘じないと後で本当に後悔する

それで今の学校教育というのは相当に問題がある、親の背中を見て育つはなくなった
学校という場で社会から分離した場で言葉と数字と記号ばかり習い試験ばかりさせられた優越を決められる、そこは社会と遊離した場所なのである
理系の場合はいいとして文系は何も身につかないのである
そこはただ遊びの場だったからである、それで文系はいらないとなるのも当然だとなる
弁護士の資格をとった人などはいいとしてもあとは実際は何ら社会に出て役にたつものを身につけていない、むしろ大工さんの方が現実社会でその技を発揮することができているのである
劣等生でまた性格的甘やかされたからでもあるが学校教育は問題が多すぎるのである
知識でも知恵となったり現実社会を生きるものが身につかないのである

それでもともと親方がいて弟子となり修行を積むのがいいとなる
学校は集団化して先生でも団体の世代のように五〇人学級とかなれば目くばせができないそこでは知識だけであり知恵として身につかないのである
親の背中を親方の背中を兄弟子の背中を見て育つことがないのである
何か抽象的記号の世界となりそれが現実社会と遊離していて興味も失うし実業として身につかないのである
そのために文系大学はかえって実業を専門学校化した方がいいというのもわかる
大学は遊びの場であり何も身につかないからである
もう文系大学はいらないとなる、文系大学出ても何の価値もないとなる
文系は別に独学できる、本を読んだり今ならインタ−ネットで無料でyoutubeでも勉強できるようになったからである

今の社会はとにかく活きた人間の姿を見て育つということがない、AIロボットに学べとかまでなる、そこに生きた人間が手本になることはまれである
そういうのは今度はカルト宗教団体の教祖とかなりナチスのヒットラーとかになってしまうのである、そうなるのは現代ではもう教育する場がない人もいないからそうなる
集団化であり組織化でありそこに模範となる個人は排除されている
つまり習うべき人はなく、独学するほかないのである
また師とかでも普通の人には必ず差が大きいので偶像化するのである
人間が偶像化しやすいのである、弟子とはただ師に従うロボットのようになってしまうのである、ほとんどの大衆カルト教団ではそうなっているからである
つまり現代では自己教育しかない、だから何か技術を身につけるにしてもそお模範となるものはないし学べないともなる、そこに社会の荒廃が生まれている

いづれにしろ人間は積み重ねである、知識でもそうである、何でもそうである
それで推理ドラマで悪いことを積み重ねた人は親からも実際は犯罪を犯していなかったのに犯罪を認めた、誰も日ごろの行動を見ているから悪い奴だとして信じてもらえなかったのである

人間日頃の行いが大事

家を直してくれた大工さんでも一五歳から修行して技を身につけた、それで原発避難地区から避難して別な街に来ても一応南相馬市内だがその技が優れているから認められるとなる、でも何も技もない特技がないとしたら歓迎されない
パチンコとギャンブルに明け暮れる、最初の内はうかたがないと見ていたが一一年も過ぎてもそういうことをしていたら回り人は嫌悪するとなるからだ

芸は身を助く

芸は技は身を助く

ともなっていた、老人でも何かを身に着けていれば敬われることはある
その一生で積み重ねた経験したことがありそれが参考にするということである


●本は理解しなくても買って私設図書館を作るべき

本を千冊くらい買っても消化していなかった
ただあの本に職人のことを書いたことがあったなと覚えていた
それでもう一度読んで引用したのである
ただ正直そこに書いてあったことは忘れていたのである
でも確かに職人のことを書いてあったなと探して読んでみたらなるほどと理解して引用したのである
本を理解するのは自分の文脈の中で引用したときなのである

でもとにかく本は理解しなくても買うことも大事だと思った
そして興味ある本をそろえるのである、私設図書館を作るのである
こうして時々拾い読みするとなるほどと理解するのである
だから本は買うだけでも後で役に立つとなることがわかったのである

家の修復も前半戦は終わってほっとした、でもまた直す所がありそれは秋になるだろう





posted by 老鶯 at 18:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育、心理学など
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