2022年04月24日

知床観光船事故はなぜ起きた (余裕がないことが事故につながる)


知床観光船事故はなぜ起きた

(余裕がないことが事故につながる)


事故の修理をしておらず船の先端に亀裂がある

・他社が運行しない期間ですら運航

・事故当日は同業者に全力で止められるも出航

・波浪注意報が出ているのに全コース強行

サービス業を少しやってたことがあるけど、消費者が一円でも安いサービスを求めるのが悪いんだよ
この観光船だって8000円の料金が高いというやつがたくさんいるけど、
船の維持管理費や人件費を考えたら1万円でも安いくらい

なぜそもそも無理して船をだしたのか、回りから警告されてもあえて出したのか?

この原因は余裕がないことではなかった?、その余裕とは金の問題だったかもしれない、コロナウィルスとかで観光客が減ったとかあり無理しても稼ぐ必要があったためなのか?
というのは私はここのウトロの民宿で経営が苦しいことをその女主人から延々と聞かされたからである、それも20、30年前とかなるかもしれない、夫の主人が何か遊んでいるとか愚痴を延々と言っていたのである
つまり観光でもやはり客が来なければやっていけないとなる、そこには大きなホテルもあるらそっちの方に泊まる人がいたのかもしれない

とても運航が無理でもあえて船をだしのか、その理由は金を稼ぐということで強いられたのかとなる
もし収入がある程度あり余裕があれば今日は危険だから出さないという判断にもなる
ただ客がどうしても行きたいということもある
なぜならせっかく遠くまで来て観光もできずに帰るとなるとかなり損した気分になるからである
何か時間をかけ金をかけて苦労して来たんだからお目当ての観光ができないと損したとなる、そういうことは観光にある

サービス業を少しやってたことがあるけど、消費者が一円でも安いサービスを求めるのが悪いんだよ

これは言える、金銭的に安くしようとすると観光客にも金の余裕がないからである
なるべく安く観光しようとする泊まろうとするすると当然安全面でもおろそかになる

それなりに金がかかるのだからしかたがないとかならないのである
ところが金に余裕がある人は安くしようとはしない、それだけの仕事なのだから払ってもいいとなる
一二割高くなってもいいとかなる
そういう自分も金がなかったからこういう考えにはならない、余裕がなかったからだ
ただ金銭的に余裕ができたときそういう考えになったのである
だから金の影響はつくづく大きいと思った、金に余裕がない人が多い社会は危険がますのである

人間が余裕がないことがこうした事故にもつながる人間が余裕がないことが常に危険な状態になる
なんとか稼げないとどうにもならない、危険でも客をのせて金を稼がねばならないと思ったのかもしれない、それは別にあらゆる職業でとにかく金を稼ぐために不法なことでも
無理なことでする傾向がある
まず人を助ける時余裕がない人は助けることができない
借金で首が回らない人が病気とか苦しい時来た時とうなるのか、その人の頭の中は借金で一杯なのである、人のことを気遣う余裕がないのである
そうして自分は介護とか自分の病気でそんな余裕がない人がきて死ぬ目にあったからだ
人間は余裕がないと強迫観念になり判断を誤る、戦争だって日本の戦争にしろもう経済封鎖で追い詰められてアメリカと戦争するほかないとなる、余裕が全くなくなり真珠湾攻撃になったのである、経済的に余裕があればそうならなかったかもしれないからだ

何でも余裕がないことは判断を誤らせるのだ、金に余裕がないとやはり余裕がないから
金をなんとか稼がねばならないとなる、また営業でもノルマが課せられてそれを達成しろと上から言われて余裕がないからもう客の身になって考えることもできないのである
会社に余裕がなくなればとにかく稼がねばならないともなる
そのことでかえって人間は失敗することになるが余裕がないからそんなことを言っていられないとなる
だから意外と余裕は大事だなとなる、それで貯金があれば余裕が生まれる
貯金がないといつも追われていて余裕がないから相手のことを思いやることなどできないのである
つまり人を思いやるには余裕が必要なのである
だから余裕ない人に金でもなんでも相談しても無駄だとなりむしろ危険だとなる

日本は貧困化してくると余裕がない人が増大する、するとみんな余裕がないからギスギスした社会になる、すでになっている、もう物価高だとか電気代からガス代あがるとかなり経済的に余裕がない、そういう人と接しいるともうこっちも苦しくなり余裕がなくなる
何か交通事故でも起きる時急いで時間の余裕がないとかのときなりやすいともなる
それは時間であれ金であれ追われているからそうなる
勉強でも常に脅迫的に強制されてしても身につかない、余裕があってその人なりに勉強すれば身につくとなる

ともかく金でも時間でも余裕がないことは危険である、観光だと金もそうだが時間に追われるのである、ゆっくり見たいとしてもできない、またせっかく遠くから来たのだから
見たいともなる、また観光業者でも金を稼がねばならないとなり無理をする
そして事故になる、現代社会は金であれ時間であれ常に追われている
観光でもじっくり見ることもできない、時間に追われるからである
そうして急ぐ旅は心に記憶されないのである、記憶されないということはせっかく遠くまで行ったとしても行かなかったと同じになってしまうのである

だから何度も行っているように記憶する旅をしろとなる
なぜならせっかく旅しても記憶していないと行ったことにもならないからである
現実近くでも行った所を全く記憶していなかった、だから初めて行ったと同じだった
あんな坂があったとは全く記憶になかった、こうして全く記憶に残らないことがある
得に外国旅行はそうなりやすい、だからせっかく行ってもどこに行ったかも記憶に残らない、記憶は月日が過ぎるとますますあいまいになってゆくからである

私の場合は北海道は十回とか行っているからウトロにも行ったとか思い出す
あの岩も見ている、あそこから船がでて事故になったのかと見る
知床半島には冬にも行った、その時だったのか民宿に泊まった、食事をしたとかなる
いづれにしろ二十、三十年も過ぎると記憶があいまいになる
ぼんやりと霧がかかったようになる、特に旅になると外国だったら一回しか行けないとかなりますますその記憶は消失してゆき思い出せなくなるのである

何か観光でも危険がある、知らない所でなれていない所だと事故になりやすい
ただ常に人間社会には生きるのに危険がある、家にいても地震があるし水害にもあったし安全はない、危険と突然襲いかかってくる、津波などは逃げる余裕もなにもないただ咄嗟に逃げる他ないのである
ただ余裕がないことが事故に成り安いことは確かである
余裕が無いから判断を誤るのである、じっくり考えることもできないからその人なりの勉強ができない身につかないとなる
ただ観光でも遊びでもそこには危険がある、でも今回はプロが案内したのであり危険はわかっていたのに船を出したのだから観光客に責任はない
でも金を稼がねばならないという余裕のなさがそうさせたとなればやはり余裕がないということが人間にとって危険なものになる
現代はこうして金でも時間でも余裕がない人が多いからそれが危険になる


posted by 老鶯 at 21:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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