2022年02月13日

機械とAIが仕事を奪うとどうなるのか? (思考脳、感性脳、遊戯脳、創造脳が必要になる)


機械とAIが仕事を奪うとどうなるのか?

(思考脳、感性脳、遊戯脳、創造脳が必要になる)

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戦前とかなると大正生れの母は働き詰めの一生だった、原町紡績で糸取りをして10年間働いた後東京に出て女中をしていた
働いた金は親にやっていた、それはネパールとかベトナムでも親に仕送りするから似ている、子供は今と違って労働力だったのである、農業でも何でも労働力として大事にされたのである、だから農家だと女の子より男の子が労働力になるから大事にされたとなる
何か私は戦後小さな店を出していて配達とか卵買いとか働かされたのである
私の父親は酒屋の丁稚であり明治生まれだから子供はそうして働くことが普通だったのである、今だったら子供は勉強しろとなるだけである

また私の母親は家が事業に失敗して貧乏になり何か女性としてのたしなみもこせてもらえず働きづめの一生だった、それが貧乏な時代はみんなそうだったのである
その後東京に女中になり働いた、その頃東京で中産階級でも二人も女中を雇ったいたとかなる、それだけ電化されてないなのだから家事が大きな負担となっていたのである
子供の時竈とかまだ使っていたから何か原始的生活だったのである
そのため家事労働が大きな労働となっていたのである

そうして働くことしか知らない、そこで花にも興味をもたない、花嫁修業もない、ただ親のために働かされるだけだった、それが不幸なことだった
だから母親も異常化していたのである、花などいらないとして全く働き金になることしか興味がなかった、戦後は食べ物すらないのだからやはり働き詰めだった
そこで庭の花を植えるとより豆を植えていたのである、食料の方が大事だったのである
戦後は食料で苦労していたからである

そうして時代により人間の価値観でも変わる、女中はもう必要ないのである
電器製品で何でも米でも簡単に炊ける、そうすると結婚しなくても別に独身でも生活できる、もし電気製品がなかったら独身で生活するのは苦労だった
家事に追われて仕事もできなくなる、今でもやはり私は家事を全部しているから追われるのである
その当時は女中が不可欠な女性の仕事となっていた、それだけ家事が手間だからである

今自分の仕事をしているのはインタ−ネットでプログとか毎日書いていることである
でもこれだってもし紙に印刷して書店に置くとかなるとできない
なぜなら書店だって金にならないものは起きたくないからである
また出版となると金がかかる、なぜ新聞とか雑誌でも衰退してゆくのかというと金がかりすぎるからである、本でもめんどうになる、でも出版社とか通さなくても書店に置けなくても別にネットだと同じようなことができる
金にならないにしろいくらでも自分を表現できる、それを即座に放送できるとなる
だから本を作るのに活字を拾う仕事があったがそれもなくなった
みんなコンピュター化したからである、新聞だと紙代だけでも金がかかるし印刷するのにも金がかかる、そして一軒一軒回って配るのにも金がかかる

するとどうなるかとなると莫大な金がかかる、それをどうしてまかなうかとなる
それが宣伝費だとなる、すると宣伝費を出す会社に忖度するとなる
だからこの辺では原発が危険だということを報道もしない
なぜなら東電から電事連から800億円の宣伝費が出ていたからである
つまり旧来のメデアは金がかかりすぎて自立した報道はできないのである
テレビだってその装置からして莫大な金がかかっているから六局が独占していたのであるそれがyoutubeになると個人が放送局になる時代になったのである
つくづくプログなど簡単にできる、ただそのコンテンツは簡単に作れない
だから今まではメデアは放送する装置を持っていて莫大な金をかけてしていたがそんな金は必要ないから誰にでもできるからその放送する内容がコンテンツが勝負だとなった
テレビが面白くないのは今までは放送するだけで価値があったが今はない
ただ芸能人の馬鹿騒ぎでありそんなものはちょっとでも知的なものを追求している人は見なくなったのである
だからどれだけ個人レベルで大きなことをしているのかわかる

ただ問題は誰でも放送できるとなればその内容が問題になり簡単に見られないことである
機械化、コンピュター化、AI化で仕事がなくなるという時、時代が変われば仕事が変わる鉄道ができたとき旧来の馬を使って運んでいたものがなくなる、静岡の大井川の渡しの仕事をもくなる、そこで茶を作ることを仕事にしたとかある
そこに新しい仕事を生れそうしなければ食べていけないからだ
だから今仕事がなくなるという時,ベーシックインカムが言われるのはそのためである
仕事がなくてって別な仕事につける人はいいのである
ところがプログラマーとか機械化でもそれに従事できる人はわずかなのである
すると大勢が機械でもコンピュターに仕事が奪われる、代わりの仕事があってもないとするとどうするのかとなる、それでベーシックインカムが言われるようになった

例えばどういうことになるのかというと、手伝いの女性がいる、でもその女性のすることがないのである、みんな家でも家事は機械化されている、自動化されている
するとこの家に来てもなにもすることがないなとなる
でも主人は花が好きで生け花をしている、するとその女性は花に興味がある
だからその花を鑑賞する目がある、そしてその家に来てすることは花を鑑賞するだけだとなる、他はなにもしないのである、でもその需人は一人暮らしだから話し合い相手が必要である、その女性は話しがうまいのでそれで雇っているともなる
つまり価値観が変わってそうなったのである、これまでは働くことが価値があり働かざるものは価値がないとされてきた
でもその労働が機械がしてコンピュターがするとなると価値観が変わる

一体人間は何をしていればいいのか?

こうなるのである、そこで何が必要かとなると思考脳、感性脳、遊戯脳、創造脳が必要になるのである、それはコンピュターではできないものだからである
感性脳というとき自然の美を鑑賞できることである、食べ物を作るだけではない花でもその美を鑑賞できる感性である、でも意外と女性でも花に全く興味ない人がいる
その人は農家に嫁いでもサラリーマン家庭になっていたから農業のことが全くわからないのである、だから話しても農家のことなど何もわからない、ただ古い家であり紙漉きをしていたとういことで興味をもった
でも庭があるとしてそこに花を植えたとか話を聞かないのである
だから生け花を見ても関心をもたないのである
そうなると現代ではかえって大きく欠けたものがになる

要するに感性脳がないことになる、人間の本来の仕事は実際は感性脳とかが重要である
神の業を讃嘆することが地球とか宇宙を作った神の目的でもあったからだ
その目的に沿うことが本来の目的だとしたらそうなってきたともいえる
つまりベーシックインカムになったら依然として思考脳、感性脳、遊戯脳、創造脳は必要だからである、これは機械化できないしコンピュター化できないからである
そこにに人間に人間たる所以がありそれは悪いことではないとはなる
ただ何であれ理想はこの世では実現しないのである
この世は神の国にはならないからである


posted by 老鶯 at 11:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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