2021年10月25日

農業でも漁業でも衰退して原発が作られた (親は農業でも漁業でも苦労が多いから継がせたくなかった)


農業でも漁業でも衰退して原発が作られた

(親は農業でも漁業でも苦労が多いから継がせたくなかった)

NHKの伊勢海老をとる漁師の放送をしていた、なぜ漁師になったかというと前は別な仕事をしていたのである、ところが交通事故で複雑骨折とかして仕事ができなくなった
それで親が漁師をしていたのでなった、そしたらまた仕事中に目を汚して片目が見えなくなった
何か不運のようでまず交通事故になる人は多い、そこで怪我してそれが尾をひく
一番ケガしやすいのが交通事故なのである、また結構何か仕事で事故になる
その人も結構厳しい人生となったのである

でも親が漁のことをいろいろ教えた、それでやっていけた、すると親子のつながりは強くなる、でも漁師には親はしたちないというとき仕事の辛さと危険を体で知っているから
子供にはやらせたくないとなる、そうして漁師でも継ぐ人は減ったとなる
何か親は自分の仕事を継がせたくないという時、仕事の辛さとか危険を体験しているからそうなる
農業でもやるなとして親に殴られたという話を聞いた、その人は建築現場や原発で働くようになったのである
これも農業は苦労が多く金にもならないとしてそうなったのである

ただそういうことがこの辺では原発事故で大きな問題になった
船主とか漁業組合は漁業権をもっているからそれで事故前も補償金をもらい原発御殿が建っていたとか批判されるようになった
鹿島と原町区にある火力発電所でもそうである
そこの漁師では二回も補償金をもらっていたのである、そのために高価な着物が売れたとかまた航空運賃が馬鹿高い時にヨ−ロッパ旅行していたのである
その頃航空運賃が50万くらいしていたからである

海外旅行の費用は50万円程度、現在[いつ?]の換算で300万円前後か)で、一部の富裕層に限られており、庶民には夢であった

こういうことがすでにこんな田舎でできていたことに驚いた、それだけ二回も補償金が火力発電所建設と原発で船主とか漁業組合に入っていたのである
ということはさほど魚がとれなくても十分に豊かに暮らせる金をもらっていたとなる
おそらく魚をとるだけではやはり農業と同じように金にはならなかったから漁師でも跡を継がないとかつづかないとなっていたろう
実際に松川浦の漁師は魚がとれなくて売れなくて困るとかネットで報告していたからである、でも今振り返るとそういうことはなかったのである
つまり魚がとれなくても補償金で十分に暮らせていたのである

いづれにしろ農業とか漁業とか林業は衰退産業でありそれも苦労が多いし危険だから後継者もいないとなる、ただ全部ではなく一部ではもうけている人達もいる
全般的には後継者がいないとか衰退産業であった
でももともとは農業でも漁業でも林業でも主産業だったのである、農業だと養蚕農家が多く生糸が輸出産業となっていたのである
だから別にそういう時代は漁師でも生活していたし後継者もいたのである
辛いとか危険でもそうして生活するほかないからである

ただ時代が変わってそうなったのである、とにかくそうしたことで原発が金になるからいいとなって積極的に誘致された、原発は金のなる木だった
その労働にしても放射線被害があるから何分か中に入って働き休むとか何か重労働でもないみたいだった、それより普通の三倍もの金になっていたのである
そのために飯館村の人も働いていたのである、それだけの金になる場所だったのである
それでこの辺では金持ちになった人が結構いたとなる

それが事故で裏目になった、そこには危険が隠されていたが金のために無視されたのである、何しろ今の時代金になるとなると目の色を変える、まずは金だとなるからどうにもならない、みんながそうなっている時反対することは不可能になる
安全神話でも地元の人が信じたとなるのは金のためだったとなる
それが一挙に事故で崩壊したのである

だから本当にそうして親が子供に苦労させたくないという親心が仇になったともなる
今になると日本が貧乏になり何か金になることもないというとき盛んに農業が有望だとしているのも不思議なのである、農業でも実際は小規模農業ではなく専業農家が野菜でも大量に作り市場に出している、キャベツ農家とかいて外国人を安く雇い一千万とか稼いでいる富裕農家がいる、それを見れば別に農業ですべて稼げないということではない
ただ農業でもその形態が変わったのである、農産物の八割はそうした専業農家で作り市場に出しているのである
農業でも漁業でも林業でも全部がだめになっていない、一部でも成功して金になっているのは依然としてある

確かに親が子供には苦労させたくないということがり親心があった、それが悪いとはならない、でもまたそういうふうに自分のしてきた仕事を全否定するようなことを言うのはおかしいともみる、何かしらその仕事に誇りがありいくら苦労したとしてもその仕事まで人生まで否定するというのがわからないのである
それも結局すべて金にならないということに尽きる、そのことが原発を積極的に誘致した大きな原因ともなっている、また双葉とか大熊辺りは仕事がなく出稼ぎしていたから地元で働きたいということでもそうなった

ともかく原発のことを良くわからないままに目の前に金になるということで金をつきつけられて地元の人が危険を無視したとなる
そして30キロ離れていると関係ないと思っていたのも盲点だったのである
つまり事故になることなどほとんど考えていないからそうなった
でもチェルノブエリでは人が住めなくなった、あれを見ていれば危険だと推測するがそれもしなかった、何か日本人は優秀だとか技術的に優れているとかで慢心していたのであるまた津波でもスマトラ津波があったときも日本では津波に警戒しているからあんなにふうにはならないと見ていたのである

日本人はこうして慢心していたのである、太平洋戦争でもそうである、アメリカがどういう国かも知らない、それて甘くみて慢心して3百万人も死んだのである
やはり人間が慢心する奢ることがいかに危険かわかる
高度成長時代がありその時、ジャパンアズナンバーワンとか奢りがあった
日本は別に優秀でもなかった、今になると韓国や中国でも同じように電器製品を作っていて日本だけが作れるものでもなかったのである

ただ確かなことは第一次産業だけでは豊かになれなかった、工業化しないと豊かになれない、それは中国をみればわかる、たちまち工業化IT化して豊かになったからである
イスラム圏では工業化しないから豊かになれないのである
でも工業化は必要でも原発となるとそれが危険であることを隠していたのである
別に原発がなくてもそれなりに暮らしていける、第一江戸時代から戦前でも電気もまともにもないのに暮してきたからである、そこでは金持ちもいたのである
養蚕農家があり農家でも暮らしていけたのである
原発がなくても高度成長時代はあった、電気は作れていたのである

原発の危険は「安全神話」で隠された、安全だ安全だ念仏のように唱えていたである
その裏返しは技術者はその危険を知っていた、でも安全神話は権力で隠されていたのである、原発はブラックボックスとなって一般の人には地元に知らされないからである
それが事故になり白日の下にさらされたのである
その巨悪が暴かれてさらされたのである、だからこれだけの国家的巨悪はとても暴くことが不可能であり津波が暴いたともなる
そしてその責任をとった人は政府でも東電でも依然として一人もいないのである
ただ地元の人は故郷に住めなくなるという責任をとらされたのである
必ず責任は人間とらされる、カルマとなる
それから逃れることはできないのである、原発はそうした重い責任があるものだったが
それが権力で見逃されたのである


posted by 老鶯 at 17:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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