2021年07月29日

国家的事業の決断は慎重にすべきだった (オリッピックの金メダルラッシュを喜べない)


国家的事業の決断は慎重にすべきだった

(オリッピックの金メダルラッシュを喜べない)

東京五輪の国民1人あたりの負担額「都民10万3929円」「国民1万408円」

「これまでに費やしてきたお金と時間を考えると、簡単には引き下がれない」という行動経済学の「サンクコスト(埋没費用)」の回収にこだわっているからではないだろうか。

大事業を計画して始めると途中でやめられない、莫大な金もかけているしせっかく作った施設も利用できないとかなりやめられない、何か引き返すとか途中でやめることが個人的にもむずかしい、せっかく苦労して来たのだからとか何か引き返せない
だから国民的大事業となると一旦決めて始めたことはやめることができなくなる
戦争もそうだったというときそうである
戦争を決めた時点でもうやめることができなくなり結果的には三百万人が死んで犠牲になったのである
何か戦争する前は一方的ではなく不安があった、マスコミでも批判していたが一旦戦争がはじまるともうそういう批判はなくなり突き進んで行くだけになった

原発でも本当は内心地元の人でも不安があった、放射線被害のことでもわからないにしろなんとなく不安があった、核のことなどわからなくてもなんとなく不安があった
何か科学がわからないにしろなんとなく不安だというのが人間にとって大事なのかもしれない、それは命にかかわるからである
それで津波でも海は怖いとか言う人がいた、それはなんとなく海は怖いということを感じる人がいた、まして海岸沿いに住んでいる人はなんとなく不安を感じなかったのだろうかただそういう感覚が麻痺してしまったのだろうか?

トロイの木馬にしてもあれなんなのだと不安があった、そんなものを引き入れるなとかあった、でも引き入れてしまったのである、内部には兵が隠れていて責められてしまった
原発でも何かそういう不安があったのだ、安全神話が作られて常に「安全、安全」が言われた、その裏返しがそれを運営する科学者技術者でも不安があったからだ
おそらく技術者でも何か不安をもっていた、それを打ち消すために「安全神話」が作られたのである

動物には何か危険を察知する機能が本能的についている、また生物なら人間でもなんとなく不安だとか危険を未然に察知するものが備わっている
第六感というものがある、それは女性が敏感である、何か直感的に人を見抜くとかある
それは女性が弱いから本能的なものとして備わっている
ただ人間はこの第六感的なものが文明化して失って機械とか科学とかにまかせる頼るようになった

津浪でも海の水が川の水が退くとか前兆があった、その時これはおかしいと察知して早めに逃げれば助かったとなる、ただその時間があまりにも短いから逃げられないとなったのである
人間は鳥のようだったら何も持っていなければ逃げることができる
人間は家でもなんでもいろいろなものを持っているからすぐに逃げられないのである
この時は逆に家が足かせとなって逃げられなくなっていた
不思議なのは私は津波の前でも津浪が来た地点は田んぼであり家がぱらぱらでありそこでなぜか波にもまれて流される夢を何度も見ていたのである
その場所まで津波が来ていた、だから夢は何か危険を告知するものがあったのだ
ただ今はそういうことは迷信とかなんとて否定される科学万能社会になった
結果的に何か機械に科学に頼り過ぎてそれがかえって危険を察知できなくなるとなる

人間でもこの人ヤバイなと直感したときは近づかない方がいい、君子危うきに近寄らずとなる、ただ不安ばかり言っていると冒険ができなくなる
ここでは国家的大事業のことであり個人的なものではない、戦争するにも大丈夫なのか
アメリカはどんな国なのか、アメリカなどたいしたことがないとか吹聴されると知らないのだから信じる、夜朗自大国になる、漢などたいしたことがないと見て負けたのである
それは相手のこと敵のことを知らないからそうなったのである
「敵を知り己を知れば百選危うからず」である

その敵の正体がわからないとき負けるとなる、コロナウィルスでもそれが未知だから対処できない、科学者でも対処できない、不安なことは確かでもどれだけの脅威なのだかわからないからである、すると不安を言う人は不安をあおりたいしたことがないという人は恐れることはないという、そこで二つに意見が分かれて判断しにくくなる
ただ確かなことは一旦決めた国家的大事教は途中でやめることができなくなる
戦争でも原発でもオリッピックでもリニアでもそうである、莫大な金と労力をつぎこんでしまっているからやめることができない、その見返りが欲しいとなるからだ
だから大事業の場合はよほど慎重に検討して決めないと引き返せなくなる

ただ戦争でも原発でもオリッピックでも始める時意外とそうして国民全体で議論すらあまりしないのである、その理由は利権がかかわり利益になるとなると目の前のことしか見えなくなる、原発でもオリッピックでもそうである
とにかく利益になるということで一部の者の利権者がすすめるのである
つまり目先のことしか人間は見ない、先のことを見ないのである
また見えないのである、だからなんでも急いで決めるのは良くないともみる
十分に検討してからやりましょうというのがいいのかもしれない、戦争も急いで決める必要もなかったし原発でも十分に検討してから作ることを決めても良かった
湯川秀樹博士が日本では原発を作るのはまだ早いと言っていたからである
それで古い原子炉のマーク1をアメリカから売りつけられてそれも事故の原因になったのである

いづれにしろ国家的大事業はよほど検討して慎重にしないとその被害が戦争のように三百万人死ぬとかなる、そういうことがあるとなると簡単に決めて実行できないとなる
ただその時も日本が勝つということしか見えていないのである
負けるということを想定しなかった、神国神話がここでも作られていたからである
原発の安全神話とにたものだったのである、日本は強い優秀だから勝つとしかなかったのである、つまりそこに奢りがあり負けたとなる

今度はオリッピックのメダルラッシュとかでそっちに国民の眼がゆきコロナウィルス対策がおろそかになる、でもマスコミは視聴率をとるためにそうしているという
それはマスコミは常に新聞でもテレビでも視聴率第一でありそれで稼ぐからそうしているというのもわかる、商売だからそうなる
戦争のような危険なことでも商売だからあおったとなると怖い
常識的にどうしてもこんなときにオリッピックをして日本人が金メダルをとったからと心から喜べないのである
コロナウィルスで疲弊している人たちも多いからである、まるでそういう人達のことを忘れさせるためにしているのかとなる
だからもともとオリッピックはすべきでなかったのである
それはアスリートのためにも良くないものだったのである
別に普通だったら国民みんなでメダルラッシュなら喜んでいたからである
それが得られないとなるとアスリートにとってもいいものではないとなるからだ

急(せ)いては事を仕損じる

これがやはり教訓だったとなる















posted by 老鶯 at 08:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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