2021年04月28日

角田から丸森へ阿武隈川を行き大張村から梁川へ (新緑と残雪の蔵王と阿武隈川―短歌連作)


角田から丸森へ阿武隈川を行き大張村から梁川へ

(新緑と残雪の蔵王と阿武隈川―短歌連作)

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迷った道

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大張村

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この二つの石が良かった、石も人間に見えるからだ
夫婦石とかなんか二つの石だとそうなる
丸森には何か多様な石がある、それが魅力だともしている


梁川へ

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クリック拡大で鮮明に見える


八重桜電車に映し通うかな

普通車や各駅とまり八重桜

通学や夕べ電車や八重桜

赤味帯び春の満月山に出る


(岩沼)

阿武隈川流れゆるやか残雪の蔵王堂々とゆるがざるかも

春日さし水面光りぬ大河かな岸辺広々と菜の花咲きぬ

阿武隈川広々と流れ春の朝鴎一羽の飛びきたれるかも

残雪の蔵王の映えて電車来る音のひびくや新緑の朝

阿武隈川岸辺広々菜の花や朝の光りに水面きらめく

阿武隈川流れは遠く広々と海にそそぐや春野拓けぬ

(角田市)

阿武隈川岸辺の広くうぐいすの鳴く声ひびき水面光りぬ  

残雪の蔵王の迫り悠々と阿武隈川や朝雲雀鳴く

雲雀鳴く声のひびきて川広く蔵王の威厳ここにますかな

阿武隈川その土手長く広々とつばめ飛びかい走り行くかな

渡り鳥調べる人や北へにとつくつぐみ帰ると教えられるかな

(迷った山の道)

春の日や分るる道のいくつかな八重桜咲き案内(あない)されけり

延々と坂を上りてさえづりのひびき閉ざさる山の家かな

一本の細道つなぐ山中の家々や我がたどり春の日たずぬ

山中に深く分け入り家一軒石のかたえにシャガの花咲く

名もしれぬ人の墓かなたずぬもあわれ山に閉ざさる

先みえず迫れる山や家数軒ここに閉ざされ畑耕しぬ

山間のわずかなる畑春なれば耕す人ありさえづりひびく

(大張村)

一本の山間ぬいし道たどりたどりつく大張村や春のくれかな

一本の八重桜咲き山の径一軒の家になごみけるかな

山中に我が奥深く分け入りて木の根元に石二つかな

石二つここに並びて離れじと木の根元や大張村かな

迷いしも春の夕暮れ大張村道をたずねて帰りけるかな

大張に古き碑ありぬ小学校ありて春の日我がたずねけり

大張の皮張り石とその昔暮らしのあれや春にたずねぬ


(梁川町)

広々と阿武隈川のたぎちつつ新緑映えて吾妻峰も見ゆ

吾妻嶺見えて梁川春の日や拓けし平野我は望みぬ

丸森の山間いでて梁川や春野拓けて街のにぎあう

阿武隈川水面きらめき春の陽の山に没り梁川に来る

梁川に柳青々と夕べかな街のともしび桜咲き暮る

梁川に城の跡かな桜散る相馬の方へ我は去り行く

丸森へ電車に帰る学生の吾とのりあわす春の夕暮れ

丸森へ電車に帰る夕暮れや八重桜のほのぼのと咲く



折り畳み自転車で今回は岩沼から阿武隈川沿いを丸森までそして梁川まで行った
途中道が途絶えて大張村の方に迷ってついた
かえってそれが良かった、思わぬ出会いがあったからだ
山は地理がわかりにくくなる、方向もわからなくなる、それでいつも難儀する

最初で出会ったのは阿武隈川沿いで大きな望遠鏡を設置して観察している人だった
土浦ナンバーであり遠くから来て何しているのか思った
渡り鳥を観察しているという、ツグミを見ているという、ツグミは近くでも良く見かけるツグミも渡り鳥であり渡り鳥を観察しているという
ツグミは北へ帰る渡り鳥だという、これは別に街の郊外で普通に見られる鳥である
でもわざわざ阿武隈川で見ているのか、渡り鳥だからどこにでもいる
そんな仕事をしているのが不思議だった

民間会社が政府から委託して調査させているという、大学もそういう関係の学部を出ているから自分にあった仕事をしているからいいと思った
なかなか自分にあった仕事につけない、私は大学を卒業してから職についていない
なぜこんなに旅するようになったのか?
それは20代の仕事が関係していた、流れ作業ばかりさせられて仕事が嫌になったのだ
だから仕事にひどく嫌悪感をいだくようになり仕事しなくなった
仕事しなくても自由になんでもできる家庭環境にありそれで旅が面白いからそればかりするようになったのである
ただ面白い自分にあった仕事が与えられれば仕事に没頭したともなる
そういうことはなかなかできないのが現実社会である

その阿武隈川沿いを行くとトンネルとかあり一回通った
トンネルは自転車にとって鬼門である、車の音がすごく怖いのである
そして脇の狭い歩道を行くのがめんどうなのである
だからトンネルをさけて脇の道を行ったらゆきどまりになった
すると一軒の家がありその家の人だろう、その家の前に道がありそこを上ってゆくといいと教えてくれた
その道が延々と坂だったのである、それもかなり急な坂がつづいていた
そこは歩くほかなかった、今回の折り畳み自転車はBD1はいい自転車である
でも電動でないから坂は上れないから歩くほかなかった
自転車は坂には弱い、だから電動自転車は坂も上れるからいいがこの坂は急であり電動
自転車でもきつい坂だった
こんな所に住んでいた人がいたのも不思議だったとなる
丸森は相当に奥深く山中に人が住んでいる

そうして迷って出た場所が大張村だったのである、そこはそれなりに家があり一部落を形成している、小学校もあった、子供数人みかけた、でも小学校に何人いるかはわからないそこで暮らすにしてもおそらく梁川とか白石の方に勤めに出でいるかもしれない
みんな今は車をもっているからだ
阿武隈急行に夕方乗っていたのは高校生である
それは自分の住んでいる常磐線の沿線でもそうである
そこで鹿島駅が無人駅になりそきあと高校生の見守りとして南相馬市でNPOの人を配置した、最近は障害者の学校もできたから利用している

特に阿武隈急行の駅はさびれていた、梁川希望の公園から乗ったがそこは猫の巣になっていた、がらんとした駅があってもほとんど人がのらない
だからそもそもそうした民間の鉄道を維持すること自体むずかしいと見た

とにかく自転車だと丸森に行くには山を越えてゆく、でも今回は途中電車であり楽ではあった、でも峠を越えて行く、それが旅になる
この先に何がある未知の世界が開ける、そのためには車とか電車でもそういう感覚がもてない、自転車だとなんとかもてる、つまり道は未知であり未知を旅する人となることができる、それで旅に魅せられて遂にはもう人生も尽きるとなってしまったのである

今回は桃の花を見よとしたが終わっていた、意外と早いと思った、今年は春がはやかったせいだったろう、それが残念だった
電車と自転車の旅もいい、両方を楽しむことができるからだ
これなら一日でも結構旅した感じになった、ただこういう旅は遠くなると無理だろう
その場所まで電車に行くにしても遠いからだ
ここ十年とか介護で旅をしなかったから旅を思い出してまた旅したのである
ドイツ製のBD1は作りがしっかりしているから乗り安い、15万したがそれだけの価値はあったとなる
ただ坂は上れない、歩くほかなかったからこれだけでは本当の旅はできないと思った

日本は山が多い、四国の祖谷(いや)を旅したとき相当な山奥から平地に下ってきたときほっとした
そこからは春野が拓けて城もあった、それと丸森の大張とか耕野から出て来たときも同じ感じになった

祖谷(いや)をいで春野拓けて城もあり電車に見てそ過ぎ去りにけり

こんな感じでありとにかく日本は山が多いから平地に出てきたとき何かほっとするともなる、外国だったらどこまでも平坦な土地だからこういう感覚はもてない
日本は山国だから山国特有の感覚になるのである
国のまほろばでも山々の間に隠された地域になる、そういう村も多いということである
それは小国ともなる、そういう地形が多いからそういう地名も多いとなる
小さな閉鎖された一つの国だともなる








          





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