2021年04月12日

トリチウムを海に流すなという漁業組合の矛盾 (補償金を上積みさせるために言っているのか)


トリチウムを海に流すなという漁業組合の矛盾

(補償金を上積みさせるために言っているのか)


まず漁業組合のことを批判してきたけどいくらトリチウムを海に流すなといってもそれが説得力がないのである
なぜなら何度も指摘してたように事故前からも補償金として多額な金をもらっているし事故後もまた補償金が上積みされる

またトリチウムの海の放出で東電と交渉して補償金を上積みさせるのか?

何かそう漁業組合では思っていないにしろ現実問題としてそうなっているのだ
もともと漁業だけではやっていけないとか農業だけではやっていけないとかなっていた
そこに原発を誘致して補償金をもらえばいいとかしかなくなっていた
でも港でもみんなが補償金をもらえるわけではなかったのである
それで
周りの人は船主に不満だったのである、それから浪江の復興住宅にいる人が請戸の漁師とかの人たちが10億円もらったとか言っていた、その人も結構もらっているにしても漁業組合とはそれだけ多額の金が入る団体となっていたのである
海を漁業組合のものとして他は関係ないとして多額の補償金をもらっていたのである
原発御殿も建っていたとか地元の人が陰でみんな言っている
実際に請戸の人が病院に入院してきたとき特等室に入り家を建てる、それも豪邸を建てるとか豪語していた、それだけ漁業組合とかには補償金が事故前も流れていたのである

要するになぜこうしたことが起きてきたのか、それはまず金をもらったということなのである、何か金というのは責任なのである、具体的な責任でありカルマとなっている
でもみんな金をもらえれば何でもいいとなっている
金になるとなればみんな目の色を変える、それがどんな金でもいいとなる
ただ今になって何か変だなと気づかされたのである
普通だったらトリチウムを流すな魚が汚染されるからとなる
そうしたら俺たちの飯の食い上げだとなり反対するのが当然であり回りでも認める
それに何か批判する人はいないのである

それがなぜ矛盾して来たのか、そんなことを漁業組合で言えるのかとなった
それはすでに多額の補償金をもらっていたことにある
つまり金をもらったことが責任となっていたのである
もし事故前に金をもらっていなかったら事故後ならそういうことが主張できたかもしれない、でもあなたたちはすでに補償金をもらっている
トリチウムを海に流すなといってまた補償金を上積みさせるのか、そのために反対して交渉するのかと見られるようになったのである
ただこれももし自治体全体でその補償金でも分配すればなにもいわない
なぜ漁業組合だけが船主が破格の補償金をもらえのか、今頃魚が汚染されたからと言って騒ぎまた交渉して補償金が漁業組合だけに船主だけには過分に与えられるのである

だから海とは誰のものなのか?そのことが法律でも明確ではないのである
資源の保存のために乱獲しないように漁業組合で調節するという趣旨からはずれてしまったのである
その海が自分たちものでありそれでもって東電とか国と交渉する
そうして補償金をさちに上積みされるのだから何も困らないともなる
原発はこうして様々な利権のための装置となったのである
除染にしても6兆円とかの金を使いそれは別に地元に回ったのではなくゼネコンに回ったり暴力団に回ったりした
何か原発とは湯水のように金がでてくる装置だったのである
それは国がかかわっているからまたそうなっていたのである
国ならいくらでも金がでる、でもそれは国民の税金でありそれで原発乞食とか言われるようにもなる、ただ補償金をもらうために福島はあるとかまで見られる
福島県のイメージが悪くなったのである

原発とはあくことなき人間の欲を刺激するものになっていた、そもそも原発など必ずしも電気が必要でもなくても電気は作れるものだったのである
ただここにはアメリカとか国の圧力があり核兵器の準備として作ったということがあり
日本だけの問題でもなかった
これは漁業組合だけではない、除染を請け負った地元の会社でも億単位の金が会社の幹部に回っていたのである、それで警察に除染費用を不正使用で調べられ逮捕された人もいた

でも不思議なのはその会社の宣伝をしていたのが「政経東北」である
これもわからないのである、その除染費用でおおもうけした会社から宣伝費として金が「政経東北」に流れていたとなる
政経東北は福島県の不正を追求してきた、だからそういうことはないと思っていた
でもこれは理解できないのである
つまりこれも金が欲しいとなり矛盾してくるのである
第一マスコミでも何か偉そうなことを言って上から目線でまるで国民をこうすべきだと指導するように放送する、それは必ずメデアは装置が巨大で金がかかるから宣伝費で成り立つ、するとそうした宣伝費を出す会社でも何でも金を出す方が優位になるのだ
ただインタ−ネットとかなると別に金をもらえなくても無料でもやれるから自分でも追及しているとなる
その影響力は微弱でも報道でも批判でも一応できるからである

ジャーナリズムとは報じられたくないことを報じることだ
それ以外のものは広報にすぎないージョージ、オーウェル

何か不正を封じれば報じられた会社でも人でも打撃になる
でもそれをマスコミでもメデアにさせないようにする
そのために宣伝費を払う、その金で金を出す会社の批判させない、報道させないようにする、それが今までもマスコミであった
でもインタ−ネットになると誰でも報道できるから抑えることができなくなったのである第一福島民報などでも確実に広報なのである
何か報じなければならないことを報じない、原発で10メートル以上の津波が来るといことを
科学者が警告したことも報道したのかどうかわからない
福島民報は本当に県の広報である、何故なら県で半分の資金を出資している株をもっているからである、また創価の聖教新聞をすっているからである
他でもそういうことはある

原発を拒んだ町―巻町の民意を追う 単行本   1997/10/17
新潟日報報道部 (著)

ここでは違っていたのである、ただこれはまれなことでありメデアはマスコミは肝心なことでも報道しない、NHKでもそうなのである
NHKの問題は宣伝費で成り立たない、国民から金をもらって報道しているのだから別に会社に忖度しなくてもいいが実際はそうでない、こうして肝心なことが報道されないと
原発事故でも大被害になり国民が地獄の苦しみを受けることなるから問題なのである
福島県でももし10メートル以上の津波が来るから備えろということを大々的に報道していたら危険を事前に知っているから逃げて命が助かった人もいたかもしれない
まず相馬地域だと津波が来ないと確信する場所になっていたからである
そうなったとき東電はありがたい、東電に命が救われたとまでなっていたのである
だから正しい事実の報道することは必須なのである
でも現実にはそれが報道機関でなされていないのである

要するに今の社会はすべてこうして金で歪められるのである
いくら正論を言い批判しても金をくれるところには忖度して批判しないのである
実際に自治体が漁業権をもっていてみんなに補償金でも分配する、そうなると自治体の全員が責任者になり何も言えないとなるのである
今回は漁業組合とか船主が破格の補償金をもらっていたから批判されるようになった

烏崎の港などは零細である、でも二回補償金をもらっている
最初は東北電力の火力発電所が建てられたときだった、そこで補償金をもらった
そのためにハワイであれヨ−ロッパまで旅行していた人がいたのである
その頃はまだ海外旅行は航空運賃が高くてできない、50万とかしていたので自分はできないと思っていた
それで貧乏人はロシアのシベリア鉄道回りでウラジオストックからヨ−ロッパに行っていたのである、そういう人と外国で出会ったからである
またその時近くの呉服店では高い着物が売れていた、それで団体旅行に招待されていたのである、それだけ火力発電所でも金が入る場所だったのである
それも漁業関係者は特別に多額の補償金が入っていたのである
次に原発ができてさらにまた補償金が入っていたのである
でもその人は父親が船に乗って遭難して死んだと言っていた
漁業というのはそれだけ危険なものであり今でも遭難して死んでいる人がいる

まだ農業でもそうだが漁業でも別に地元の魚がとれなくても困らないのである
地元の魚だと新鮮でうまいからありがたいとなるが魚は今や全国から世界からでも入ってくる、輸入品が多くなり地元の魚ではないのである
だから別に地元で汚染された魚を食べるより他からの外国からの魚でもいいとなるのである、そういうことがグロ−バル広域経済がまた大きく社会を変えてしまったのである
もし外から食料が入らなかったら昔は飢饉となり餓死していたからである
今はそういうことはない、でもそうなると地元のありがたみとか感じなくなる
この魚は地元の人が命がけでとってきたものですよ、だからありがたく食べなさいということでも納得する、今はそういうことを感じないのである

でも本当にこの辺が放射性物質で汚染されたとき外から物資が入らなくなったのである
これは危機であり南相馬市長が外部に世界に訴えたことでもわかる
つまり外部から食糧でも物でも入らなくなったらもう生きられないのである
それで二週間くらいはありあわせのものでしのいだ
でも米もなくなったとき地元で古米を配ったのである、その時命をつないだとなりありがたいと思ったのである
だからグロ−バル広域社会になると外から物資が入らなくなることが一番怖いのである

結局トリチウムでも海に流すほかないのかもしれない、別に地元の魚を食べる必要はない新鮮な魚を食べられればいいが外からいくらでも入ってくる
もし江戸時代のように昔のように地元の魚しか食べられないとなるとそうはいかない
なんとか魚を食べたいとなるとき切実なものになりそうはならないのである
だから別に漁師でも魚をとらずに東電から国からでも補償金で暮らせばいいとなる
その時漁師がなぜ私はここにいるのかと自問した
それもまた矛盾だったのである、漁師はすでに漁師ではない、東電に雇われた社員の一人となっていたのである
また自治体でも東電の力を大きくなりそれに所属するにうにさえなる
それだけ東電とかは巨大な企業でありその影響は事故になって判明したのである

いづれにしろトリチウムをどうするのか?その答えを出すのは今でも漁業組合と東電だけになっていた、でも最近は全国の漁業組合が関係してトリチウムを流すなとなる
それは海は広いからどこでも影響するからである、全国の漁業組合となると別に補償金はもらっていないからそう主張することは誰も批判しない
でも多額の金をもらっていた地元の漁業組合はトリチウムを流すなというのは誰もそのことを容認する人はいない、また補償金を上積みさせるために交渉しているのかとみるからである
だから金というのは責任でありカルマとなるのだがたいがいそうはみない
金をもらえればいいとしかないのである
そういうことは別に漁業組合だけではなく全般的に言えたことなのである






posted by 老鶯 at 19:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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