2020年10月25日

シリア難民の悲劇はなぜ起きたのか? (国家が喪失すると家族も守れないー原発避難民との比較)


シリア難民の悲劇はなぜ起きたのか?

(国家が喪失すると家族も守れないー原発避難民との比較)


ドキュメント「シリア難民からのSOS」の衝撃(1)「難民の子が誘拐されて臓器を摘出されて死んでいた」

内戦により多くの難民を生むこととなり、2017年には国内避難民だけでも660万人にものぼる
国外に逃亡した人々も多く、最も多く難民を受け入れているトルコでは約370万人、ウガンダで120万人やパキスタンで約140万人とされている
最も多いトルコからはヨーロッパへ逃れる人もいるが、2015年時点で約80万人の人がギリシャへ渡り、その後もヨーロッパへと避難生活場所を求める人も増加

●国家を喪失したシリア難民

「世界は私たちを忘れた追いつめられるシリア難民」

NHKのこの放送は衝撃的だった、こんなに悲惨なのかと訴えるものがあった
シリアというとき関心をもったのはトルコのイスタンブールに行ったとき私自身は行かなかったがシリアに行った人がシリアの人は素朴だからいいと何度も言っていたことが印象に残った、何か外と交わらない社会主義国であり独裁国家でも人々は素朴な状態で生活していたのかとなる、それはアジアだとラオスがそういう状態で人気があった
そこもまだ外国から人が入らない地帯で素朴だったとなるからだ

そのことを考えるとなぜあんな悲惨な状態になったのか?
それが疑問になる、そのことを思えば別に自由を求めた革命が結局現在の悲惨な結果をもたらしたともなる
その原因はいくら自由を求めても外国がかかわると国は分断されて破壊崩壊されるとなる国の規模がまた小さいとそうなりやすい、大国がかかわり国が分断されてしまう
そういうことは北朝鮮とか韓国で国が分断されたしベトナムでも南と北に分断された
第二次世界大戦ではドイツが東西に分断された
そして日本もソビエト連邦とアメリカによって二つに分断される計画があったのだ
ただそれはアメリカによって支配されてまねがれていたのである
だから日本も国が分断される危機があったのである

シリアがなぜあのようになったのか?それは日本とかかわりないことでもなかった
何かいろいろ考えさせられる問題である              

そこで顕著に現れたのは家族を守ろうとしても守れない

NHKの放送では家族をなんとか守ろうとして必死になっている、食べ物を得るために子供が働き売春もしたり臓器まで売っているという極限の苦しみになっている
そうしてなんとか家族を守ろうとして必死になっている
日々の食べ物を得るために必死になっている、でもレバノンとか難民は差別されている
そしてイスラム教徒なのに青年の心はすさんで酒を毎日飲んでいる
何か物乞いして得たものだとしている
そして家族に妹に暴力をふるっている、売春して金を稼げとか脅迫して暴力になっているこれほど悲惨な光景にはショックだった
もう耐えられないと祖父は焼身自殺したというのもショックである
それほど追い詰められているということである、子供が臓器をとられてゴミ捨て場に捨てられていたというのもそんなことあるのかとショックだった
そしてコロナウィルス騒ぎでさらに病院にも入れないとか今度はレバノン
大爆発騒ぎで窮地にたたされる、これこそ地獄だと見た

●家族は家族だけでは守れない

なぜそんな悲惨な状態になったのか、その原因は何なのか?

それはいろいろあるにしても国家が崩壊した国家を失ったということにある
人間は家族が一つの単位として協力して生きようとする、シリア難民も必死に家族を守ろうとしてそうなっいるが限界がある

国家が崩壊する⇒家族が崩壊する

家族がどれだけ協力して生きようとしても国家が崩壊する時もう家族を守れないのである他国に難民になるとき他国でも受け入れるのがむずかしく差別される
その数も多いから難民化した人たちを受け入れるにも限度がある、人道的になんとかしろといってもその国自体が混乱してしまう、それで難民排斥が起こる
つまり国家が喪失ることがどういうことかそれが問われたのである
難民化して行き場がなくなり海をわたりヨ−ロッパに行こうとして2000人くらい死んだとかある、でも今やヨ−ロッパでもその難民を受け入れがたくなっている
国内が混乱して受け入れられないのである
そこにコロナウィルスが世界的に流行してさらに悪い状態になたっのである

家族を守るというときそのことを第一にしても実際は家族だけで家族を守れるのか?

それはシリアという異常事態でなくてもすでに介護とかでも家族を守れなくなる
自分自身が介護で一人必死になり苦しんだ、誰も助けがない、他者に助けを求めても助けてくれないとかなる、それでどうにもならなくなりこの近くでも認知症になった親を殺したとかあり介護殺人は普通にある
そして最近家族遺棄社会という本が出たように家族が家族を捨てる、介護でも家族を捨てる現象がでている、その負担を家族だけでは負いきれなくなっているからだ
ただ別に介護だけではない、家族に親が捨てられている人を知っている
それは金銭的にも介護でも家族がめんどうみきれないからである、でもそのめんどう家族がみないとすると他者が社会でめんどうみることになる
日本だって家族の崩壊現象が起きているのである
特殊な家族でなくても家族崩壊現象がこれからも高齢化社会で起きてくるのである

確かにシリア難民と比べることは無理であるが原発避難民とかの問題でも家族崩壊が起きた、また町や村が崩壊して廃墟と化した、ただここでは別に家族が崩壊したというとき
若い世代と老人世代に分断されたということがある、老人世代は取り残されて故郷に住んでいるとなる
別にシリア難民のように悲惨なことはない、かえって仙台市とかで補償金を資本にして不動産とかアパート経営で成功した人もいる、原発避難民はいわき市に大挙おしよせて補償金で新築々の家を建てた、その数も二万人とか多いがその人たちはまるで特権階級のようになっていた、それで地元の人たちともめたりしたから事情は相当に違っている
シリア難民と比べればあまににも違っている
でも故郷を国家だとするとき国家を失ったともなる、アイディンティティの場所を失ったということで共通している、ただ物質的には恵まれているが精神的は同じような状態にあるのかとなる

ただ人間は国家を失うとどうなるのか?

それを真剣に考える必要がある、ユダヤ人は国家を失い世界を彷徨う民族となり差別された、国家がなくなるということはこういうふうに悲惨なのである
だから国家があって家族があるともなる、日本は日本がなくなるということを考えない
でもそれが本当にそうなのか?
今や中国が大国化して現実に尖閣諸島とかに進出して侵略する勢いである
そして日本が経済的にも衰退して弱体化すると中国がロシアが侵略してくる
アメリカは衰退してもう頼ることができない、引き上げるからである
するともう日本一国では日本を守り切れないのである、すると日本も大国の草刈り場となりシリアのように分断されるということもありうるのである

戦前なら中国は弱小国化して脅威でもなかった、日本が戦ったのは欧米である、ロシアとの戦争もあったが日本はロシアとも対等に戦った、つまり明治維新では実は外国勢力が入ってきてやはりシリアのように国が分断される危機でもあった
でも日本はそういうことがない植民地化されない唯一の強国だったのである
ただその時中国は弱小国化されていたから日本がアジアを先導する国となっていたのである

国家とは何かというときそれも何かわからない、でもシリア難民を見れば国家が喪失するときどれだけ悲惨なものになるか具体的な例としてわかる
家族を守ろうとしても守れないのである、国家という基盤の上に家族がある
まさ国の家があって個々の家がありうるとなる、家族が大事なこと家族を守ることはわかる、でも現実家族だけでは別にシリアでなくても守れないのである
そこに家族の問題がある

●シリア難民と原発避難民

それは何か原発事故で故郷を失ったとかでも共通したものがある、故郷というか市町村とか自治体があって個々の家族が守られるとかある
だから自治体全体で原発に反対しないと家族も守れないと考える必要があった
ただ原発が自治体を破壊するとは見ていなかった、むしろ利益をもたらすものとして見て歓迎されていたのである
例えば再三批判しているけど漁業権を東電とか政府に売り渡して多額の補償金を事故前も船主などは得ていた、でも今になるとその海は自治体全体のものであり漁業者だけのものではなかったのである
もし自治体のものとして漁業権があったら簡単に原発は作られなかったのである
そして原発を作った責任は自治体全員にあり別に船主とかないし漁業組合にもない
そうなると批判されたりしなかったのである、その責任は自治体にあったとなるからだ

だから国家もそうだが自治体でも運命共同体なのである、家族を守ることが先決になっているにしろ家族だけで自治体でも守れないのである、原発避難区域になったところでは自治体が崩壊した、家族も分断されて残されたのは老人だったともなる
自治体と国家となると規模が違うにしろ何か共通なものがある
自治体というとき生態系とか関係していた、つまり原発事故では放射性物質に空気とか水とか土とか森とかその生活の基盤となるのものが汚染されて住めなくなったからである
それで依然として最近心筋梗塞とかこの辺で増えているから移住させるべきだとか武田邦彦氏がなどが警告している、それだけの被害が十年過ぎてもこの辺にある
放射性物質はセシウムが30年で半減するとかなり簡単に消えないからである

だから何か人間は家族のことを第一として常に考える、でも家族より自治体とか国家のことを真剣に考えない、それは平和な時とかはそれでいい、私自身が国家とか自治体のことなど考えていなかったからだ、平和なの時はそれでいいのである
でも原発事故とか何か国家の危機とか自治体の危機となるとそれですまされなくなっていたのである

この辺では原発など別に金になるからいいじゃないかしかなかった、そういうふうに軽く見ていたら自治体が崩壊して住めなくなったのである
原発について真剣に考えることなどなかったのである、またそう仕向けられていたともなる
シリアの悲惨な結果でも何か最初は独裁に反対する自由シリア連合の武装化からあんな悲惨な結果となったのである
そんなことが国まで喪失する結果となることとは思っていなかったのである
ともかく国家を失うことは家族も維持できないということになったのである

posted by 老鶯 at 07:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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