2020年10月17日

感染症と文明 (大都市には近づくな、東京には近づくな、離れろ)


感染症と文明

(大都市には近づくな、東京には近づくな、離れろ)


狩猟採集民は感染症の危険を十分にわかっていたから、大きな定住地には近寄らなかった都市文明を拒否したのは「未開」だからではなく、それが伝染病との接触を避ける最良の方法だったからだ。

今回のコロナウィルスでわかったことは東京のように密集している大都会は感染症に弱い人と人の接触をさけらさぱないからだ、感染症から見た世界史というのもありうることを知った、インディアンや南米のアステカとかインカ文明が滅ぼされたのも感染症が原因だったとされる、そんな簡単に滅ぼされと思えないからである
感染症はそれだけの影響力があったということである

ところが古代都市となると実際今の一千万都市とかと比べるば十万以下だと小さいなのである、それでも狩猟民とかが感染症を恐れて近づかなかったというのも謎である
おそらく都市文明があったとしてもその規模が小さいのだから回りにそれほど影響しない広い自然空間がありそんな都市とかかわらずに生きていけたとなる

まず人々が分散して生活していれば感染症は広がらない、地域の風土病としてとどまっていた、それが密集して生活する都市ができたとき広がりやすくなった
それは止めようがない、ヨ−ロッパのペストでもそうである
都市から蔓延して拡散してゆく、人々の行き来も中世でも活発化してということもある
やはり最大の問題は都市化であり密集化なのだろう
都市の規模が小さくても蔓延したということである

するとその規模が一千万倍とになっている現代都市は感染症を防ぎようがなくなる
どんなに医学が発達しても限界がある、人との交流が止められないからである
それ自体が文明の死に通じているからである
つまり感染症とともに都市も滅び国まで滅んでしまうともなる
そして古代のように狩猟民が生きていた広い自由な空間はもうないから逃れようがないとなる

大都市は自然災害でも感染症にも弱い、それは過剰に異常に人が密集しているからであるそれは直感的にもわかる、建物でも密集しているから地震になったら逃れる場所もない
自由な空間もないのである、そこで建物に押しつぶされる、何かそういうことは普通にイメージできる   
江戸でも大火事になったのは木造の家が密集していたからである、もう火事になったら消すこともできない、延焼を防ぐために家を壊すほかなかったのである
ではなぜ人間は世界的にこんなに異常な大都市が生まれたのだろうか?
わざわざそんな危険な場所を選んで住むようになったのだろうか?
それが定着農耕文明から起きてきた、これは人間家畜化する国家システムだと説明している、文明は人間を家畜化するシステムだったとなる、社畜とも今は言うからそうだともなる

ともかく大都会はまたソドム、ゴムラでもある、背徳の街である
大都会の歓楽街からコロナウィルスも広まった、福島県でも郡山市の歓楽街から広まったとも報道があった、すると感染症はなんらか道徳的なこととも関係しているのかとなる
都会とはそもそも道徳が退廃する場所である、農民とかのことを悪くみるがそういうことはないだろう、牧畜民でも遊牧民でも素朴であり道徳に頽廃することはないが都市民は必ず頽廃的になる、ローマでも末期は贅沢にふけり退廃したからどこも同じである

結局「大都市に近づくな」人と接触するな、デスタンスをとれ

コロナウィルス以後の教訓である、大都市はそれだけ危険である
だからこそ東京は一番危険である、でも東京なしでは生活が成り立たない
観光でもなんでもそうである、ただ東京からでも大都市から災いがもたらされる
原発だって東京電力が作ったからだ、大都市の住民が作ったからだ
そして福島の住民は故郷に住めなくなったのである

つまり大都会そのものが災いの都市なのである、ソドムでありゴムラなのである
だから逃れよとなる、そういう危機感をもつべきだが東京一極集中は簡単に解決しない
それが東京だけではない、地方も蝕んでゆくのである
その一つの例が原発事故だったのである、大いなる災いがもたらされたのである
大都会から災いの種が生れて来る、それは人が密集しているためなのである
都会から発生したカルト教団などでもそうである、そういうのも地方へ拡散して災いとなる、災いの種は大都会から生まれてくるのである    
だからそれも近づくなとなる

要するに原発事故でもそうだがコロナウィルスでも文明的災禍であり世界中がグロ−バル化して交わり密集しているから起きる
ただ原発事故は自然の生態系を壊したことが最大の罪だった、空気や水や土や森を汚染されたら人は住めなくなる、現実に住めなくなったのである
大都会だと東京のようになるとそういう生態系と切り離されているから感じないのである水や土や森とかとも切り離された人工空間で生活している
そのことにくいて危機感を感じないのである
でも水源のダムの水とかも放射性物質に汚染されたことがあり飲めなくなることもありえたのである

ともかく大都市化というのは日本がだけではない、世界の問題である、その警告としてコロナウィルスが生まれたのかとなる
最初にニューヨ−クが大被害になったのもそうである
日本がでは東京である、そこから止めようがなく拡散されるのである
古代なら近づかないということができた、でも今は交通がこれだけ発達して交流しているから不可能なのである、だから地方でも東京と運命をともにするとまでなっている
例えば江戸時代の村なら村ごとに自給自足で生きていた、だから一つの村が成り立たなくても別に関係なく存在できたのである
でも地方でも今は密接に東京と結びついてるから近づくなといっても向こうから近づいている、それを止めることはできないのである、その経済規模でも大きすぎるからである
結局現代の文明は大都市文明であり地方でもそれと運命をともにするともなる


posted by 老鶯 at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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