2020年08月17日

原子力賠償法では国も東電も免責されている (原発は金のために利用されまた核武装するためのものでもあった)


原子力賠償法では国も東電も免責されている

(原発は金のために利用されまた核武装するためのものでもあった)

無責任な形で運営されていた。これが一番の原因であると私は思っています。もっと具体的に言うと、どんな事故があっても、誰も責任を取る必要がないという法律があった。一応の歯止め(原賠法の“穴”)があったのですが、この歯止めは気が付かないような形でできていた。それをいいことにして、原発を運営する責任者の気が緩んだ。どんなにいいかげんな経営をやっていても、責任はかかってこない。その上に報酬はとり放題。
(原賠法と電気事業法)そのものの欠陥と原発を運営する人達の堕落による人災、つまり、社会制度の欠陥と東京電力の経営者と役人のモラル・ハザードにもとづく人災だというのが、今のところの私の結論です。

国策である原子力政策、原発政策について、日本のリーダーを自任してきた国策大学のエリート達は、誰一人として日本の国家、日本国民の立場に立って考えた者はいないということです。すべて自分達の利益、自分達の生活のため、自分達を守るために国民を騙したり、国の金を不正に使ってきた、つまり、日本の国と国民とを食いものにしてきたということです


このサイトでは原子力損害賠償法では東電は責任がなく国すら責任とらないとしている
法律となるとわかりにくくなるがここのサイトでわかりやすく説明している
会計士であり金の出入りから見ているからわかりやすいのである
国が責任をとらないというときそれは刑罰に処せられないということだろう
その賠償額は何兆円になっているからだ

とにかくもともと原発は金の鳴る木でありそれに政治家をはじめとして官僚でも企業でも群がったのである
それは読売新聞社の日本テレビの創始者の正力松太郎がテレビ局を作るための資金源として活用されたのである
その正力松太郎から中曽根前首相と利権として原発が受け継がれたのである

そして原発は電力供給より核兵器を作るものとしてアメリカによって押し付けられたのが始まりなのである、
核武装するために原発が作られたともなる

そして原子力損害賠償法では東電も国も責任をとらないと明記されている

そんなことがありうるのかとなると一応国会で審議されて反対されたがその法案が通ったのである、それは自民党が多数だから法案を通すことができたとなる
つまり法律とはこうして時の権力者によって強者によって作られる
そこに何か正当性もないのである、歴史でも戦争に勝ったものが正義となるのと同じである、アメリカに別に正義があって戦争したわけではない、強者が弱者を支配するということで戦争があっただけなのである
日本の戦国時代だって別にそこに正義を主張などししていない、強い者が勝ち支配者になるというだけである

だからなぜ東電でも国でも誰も原発事故で罰せられないのか?

それは原子力賠償法で時の自民党政権がそういう法律を作っていたからだとなる
それを作れたのは自民党が政権をとっていて多数だからその法律が通ったとなる

すると法律とは何であれ悪法でも多数決だから時の政権が決めたことが通るとなるのか 

原発で事故が起きても国は責任をとりません、東電もとりません

そう国会で審議して決められたからです、それはまさに民主主義にのっとって法律でも決められたから正当なのです

そのためにこのサイトでは別に責任をとらされないとして緊張感もなくもともと無責任体制で作られたとしている

もし事故になったら全財産没収とか処刑する、死刑にするとかなったら真剣になる

これは別に責任をとらされることもない、適当にやるかとなっていたとしている

本当に東電では誰一人として幹部でも責任をとらされていない、国でもそうである
そのことが納得できないものとして10年過ぎるのに理解できないのである
それはこういう法律の下に原発が作られたからだとなる
だから法律もいい加減なものである、何を根拠にそんなことが決められたのか?
自民党の中曽根前首相とか他の利権のために決められたにすぎないともなる

そもそもなぜ日本に50基もの原発が作られたのだろうか?

それはアメリカにおしつけられて核武装するためだとしている
冷戦時代もありソ連に対抗するためにそうなったのか?

今になると事故の原因は明らかになる

●高く土盛したのにわざわざ低くしてその上に原発を作った

●地下に電源を作った

●十数メートルの津浪が来ると科学者が警告した、でも対策しなかった

この三つが事故の主な原因だった、それはコストをかけないためにそうしたのである
それでその時の出世してなったのはコストカッターと呼ばれた社長だったのである
原発はまず危険なのだから要塞のようにしないと危険なのである

そもそもなぜ地下に電源を作ったのか、それはアメリカをまねたからである
アメリカでは地震がない東側に原発を主に作った、それで一番恐れていたのが竜巻だったからである、ここに風土の相違がありそれを考慮しなかったのである
こういうことは別に専門家の科学技術者だけではない素人でもわかるものだったのであるまず日本は地震が多いのだから地震対策が第一になる
普通だったら日本に原発は作れないものだったのである
ただ御用学者は地震にしても壊れないように事故にならないとしつこく言っていたのである

そして致命的だったのは津波を全く考慮していなかった 

これが致命的だったのである、なぜならこの主な事故の原因は津波が原因になっていたからである
津浪を全く考慮しない、イメージしないで作ったから大事故になった
でも大地震が来たら必ず津波も来る、だから科学者は10数メートルの津波が来ると警告していたのである

それで東北電力では三陸とかで津波を経験しているから5メートル高くして作った
結果的にぎりぎりで津波からまねがれたのである、これも恐怖だった
でも内部報告では地震の時にすでに破壊されたとしている
つまり地震だけでも爆発が起きたともしている
内部で工事していた電気工事者は1000人もいて配管などが痛んでいたと言っていた
そして事故になったときその電気工事者をみんな帰したとしている
その人たちは事故処理にあたらなかったのである 



1)異常に巨大な天災地変
 (2)社会的動乱
 「異常に巨大な天災地変」とは、一般的には日本の歴史上余り例の見られない大地震、大噴火、大風水災等が考えられる。例えば、関東大震災を相当程度(約3倍以上)上回るものをいうと解している。
 原子力損害賠償制度に関する国際条約としては、OECDのパリ条約とIAEAのウィーン条約があるが、前者では「異常に巨大な天災地変(agravenaturaldisasterofanexceptionalcharacter)」が免責となっているのに対して、昨年9月に採択(未発効)されたウィーン条約改正議定書においては、第W条パラ3において従来免責とされていた「異常に巨大な天災地変」が免責となっていない    

 ドイツ(パリ・ブラッセル条約締約国)
 免責事由はない。不可抗力免責を一切認めない。これは原子力損害のような大規模被害の際には、企業の利益よりも被害者救済が優先すべきという理由による。
 パリ条約締結に際しても、従来からの立場を変えず、原賠法で同条約の規定を排除した。 
(4)スイス
 ドイツと同じく、戦乱、異常自然災害とも免責とならない。
(5)米国
 連邦法である原子力法(プライス・アンダーソン条項)では戦乱のみ免責である。異常自然災害について規定はない。責任保険でも戦乱は免責だが、自然災害は異常なものであっても事業者が有責となればてん補される。

(6)カナダ
 免責は戦乱のみで、異常自然災害は免責とならない。

国際的なスタンダードは巨大天災、災害でも免責しないである
ただこれらの国には津波などは想定していない、でもやはり自然災害はありうる   


いづれにしろ日本では原発を金儲けのために利用され安全はないがしろにされたのであるその金が国家予算並みの莫大なものになっていたからである
そして安全を計らないのはコストのためであり金をかけたくなかったからである
まず津波だけではない、地震国であっても地震にも備えられていなかったのである
だから地震ですでに破壊されたものがあり津波が来なくても同じような結果になっていたという内部告発者の報告がある


ともかく「安全神話」を政府から官僚から東電から御用学者からマスコミからと強力に形成していたわりには肝心の対策は何もしていなかった
第一科学技術の時代に神話ということ自体納得できないものだったのである
つまり科学技術者はそんなイメージ的な神話を作り出すとういことがおかしなことだったのである
なぜなら科学技術者なら万全の対策をしていますとしてその対策を示して安全を言えるからである

地震にはこういう対策をしています、津波にはこういう対策をしています
だから安全ですというのが科学技術者なのである、神話ということ時代何か目くらましするものだったのである、それは文系の人の言うことなのである
とにかく原子力賠償法は国でも東電も免責のために作られたものである
そして原発を作る人たちが自分たちの私欲のために利用したことが過ちだったのである
そこにはアメリカがからんでいた、何か太平洋戦争もアメリカとの関係が悪化して戦争になった、そして原爆が落とされた、次にまた原発がアメリカによっておしつけられたということもあった,アメリカとの因縁で起きているということもある
アメリカの植民地のようにもなったのが日本だからである 

そうは言っても原発を拒否することもできたのである、それはやはり国民が決めることだったのだが国民でも自民党を選んだとすると自民党の政策に従うほかないともなる
だからこういうように国家的なものになると民主主義でも機能しなくなる
上から一方的に国民の知らないままに重要な法案が決められてゆく
それでこれだけの被害があったのに「免責」という法律があり責任はとらなくてもいいとなっている、これが被害者だけではない、国民として許されるだろうか?
国民にしても事故処理に20兆円とかの莫大な費用をつぎこむ、それは国民の税金なのである、だから原発に関してはもっと国民自体が関心をもつべきだったとなる

原発のやっかいなのは核装備として作られたことである、そうなると防衛上必要となり
右と左で対決する、政治的問題になる、ただ電気を供給するというだけではないものとなり簡単にやめることができない、実際に右では核武装のために原発をもつべきだとしているからだ、だから国民の総意で国民投票とかで決める問題だともなる
選挙になれば必ず自民党が勝つからである、すると原子力賠償法のようなものを勝手に作り責任はとらなくていいとかなる、自民党の都合のいいように作られるだけだとなるからだ
とにかく国家の命運がかかっているようなものが原発でもあったのだ、実際に事故が起きたとき吉田所長が東日本に人が住めなくなると言っていたからである、それだけの危機を専門家だから感じていたのである
その割にはあまりにも安全対策をしない、ただ「安全神話」を形成してそこに莫大な金をつぎこんでいたのである
そしてあらかじめ事故があっても責任はとりませんと免責を原子力賠償法で作っていたのである
これほど国民をないがしろにしたこともない、そして金を得る私的な利権のためにもはじめから原発は利用されていたのである


posted by 老鶯 at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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