2020年07月18日

温暖化でネッタイシマカが東北で生息する範囲 (真野の草原と真野氏の登米までの進出の地図と一致)


温暖化でネッタイシマカが東北で生息する範囲

(真野の草原と真野氏の登米までの進出の地図と一致)

nettaishimaka12.jpg

赤は関東であり温暖化が著しい
薄茶色は東北で温暖化してネッタイシマカが生息できる範囲


真野の草原は境界線である、気候的に歴史的にも



ウイルスを媒介したのは、熱帯地域に生息するネッタイシマカ。感染した人を蚊が刺すとウイルスが蚊の体内に取り込まれて増殖。その蚊がウイルスを運び、他の人に感染を広げる。これまで感染が拡大した地域は赤道付近に限られていたが、温暖化の影響でネッタイシマカが生息しない日本でも感染リスクが高まっていることが分かってきた。

ここに地図のオリジナルがでている、コピーできないので参照してください


このウィルスが温暖化で広まってゆくことを警告している
もともと熱帯産だけど東北地方でも温暖化で広まってゆくとしている
つまりウィルスは温度とか湿度とかの影響を受ける
寒い所に生息するものもいる、シベリアの凍土にもウィルスが生息していて最近発見されたのである、だから温暖化で凍土が溶けるとそのウィルスが現れて人にもうつるのかと心配しているがそれは起りえないとしている
でもなぜそんな凍土の中でもウィルスが一つの最小生命体が生きられるのか謎である

ここで注目したのは万葉集の歌が残された南相馬市の鹿島区のことである
その海老浜はシャリンバイの北限地として有名である
この辺ではいたるところにシャリンバイを植えているし見られるのである
ただ津波で海老村は消失した
このシャリンバイは奄美大島産であり熱帯性である
だから真野の草原の万葉集の歌が残された地点は気候の境界線だったことを追及して来た東北でもあたたかい場所でありそれでここが南の植物が生息できる限界地点であり境界になっていた

これはまた歴史的境界線にもなっていた、歴史をは地歴であるしまた風土とも関係している、特に気候は注意すべきである、緯度に注意すべきである
緯度が違うと暑さ寒さが違ってくる、それで文化も違ってくる
阿武隈山脈の地域が温暖化してもこの蚊が住めない地域になっているのは例えば飯館村になると400メートルの標高差が平地とあるからだ、寒いからこの蚊は生息できないとなる

とにかく照葉樹林帯というのは緯度と深く関係している、この緯度上に共通の文化をもっていたのである
そしてなぜこの辺にやたら綿津見神社と山津見神社が多いのかということである
それは飯館村まで綿津見神社と山津見神社が主要な神社なのである
それは相当に古いのである、それで佐須とは明らかに焼畑地名である、他にも飯館村には焼畑地名があるからだ、そこは森がおおっていて焼畑に適していたのである
その焼畑の技術は照葉樹林帯に住む人たちがもっていてできたのである
それが安曇族とか海洋民族でありその人たちが日本に船で渡ってきたのである

そしてもう一つの渡来人がツノガノアラシトの伽耶国の王子の名前でありそれが産鉄族であり砂鉄で鉄作りをする人たちだった
ツノとつく地名は点々とあり津神社となっているのは読み方はツノ神社である
相馬市の松川浦の津神社はツノミツ神社でありこれもツノガノアラシトである
そして大和王権がその後に鉄作りに関与してきた
それが真野氏なのである、南相馬市の鹿島区の真野郷の由来ではないかというのもそのためである

その真野氏が石巻に到達してやはり和邇山(わに)とか地名を残しているし木簡にも真野と記されたものが発見されたのである
そこに萱原という地名があり真野という地名も残っているのである
これは真野氏の移動の跡なのである
そしてこの真野氏は北上を上り登米まで行って製鉄業にたづさわっていた
なぜならそこにも真野という木簡が発見されたからである
そして不思議なのは温暖化で気温が上がりネッタイシマカが生息する場所になるとしている

そしてこの地図の不思議はその登米から平泉が近いのである
つまり平泉がみちのくの古都となったが今は岩手県内になるが何かその位置が地理がこうして古代から中世にみちのくの都になったことを暗示している
すでに古代から黄金の道があり湧谷に黄金が出て奈良の大仏の鍍金に使われた
それで

天皇(すめろき)の御代栄(みよさか)えむと東(あづま)なる
 陸奥山(みちのくやま)に金(くがね)花咲く

という歌が歌われた、鉄と黄金を求めた道があった、北上川はその道になっていたのである
でも平泉から北になると温暖化しにくい場所になる、寒い場所になりネッタイシマカ生息できないと地図ではなっている

とにかく動植物でもそうだが生物が生息できる緯度はその文化が違うのである
そして照葉樹林帯文化がその文化を共有するものとして日本にその跡を残したのである
温暖化すると関東地方は本当に熱帯化する
ただ温暖化というのはないという学者もいるからそれはわからない
ただもともと南相馬市でも栃窪とかから真野川をさかのぼってサンゴの化石が発見されたから熱帯であった、フタバスズキリュウが生息できたのも熱帯だったからである
古生代になると相当に暑かった熱帯だったのである
そうした気候の変化がありこれも歴史に影響している

ともかくこのコロナウィルスはいろいろなことを導きだした
だから不思議だとなる、私は生物学などわからなにしても何かこれも文系でも地歴と関係してくる、地理と歴史と関係してくる
私は地理に興味がある、日本でも世界でも旅したからである
それでウィルスは地理と関係が深いことを知った、つまり地理の通り感染者が増えたのである
最初は東京から感染者が増えてその隣県に広まる、そして最初から仙台市は危険だと思っていたらやはり最近になって仙台市が増えてきた
それも地方では東京と関係して感染しているのが多いのである
これも交通と深く関係して起きていることなのである
ただ北海道は例外である、あそこは中国人が大量に観光に来ていた結果なのである

ウィルスは風土と深く関係している、だからもともと一地域の風土病だったが人間が行き来すると人とともにウィルスが伝染する、それでモンゴル軍がペストをヨ−ロッパに運んだ、クリミヤの港から今度はベニスに伝染した
そしてヨ−ロッパの三分の一がペストで死んだから恐ろしいとなる
今回も中国と関係を深めたイタリアからヨ−ロッパにたちまち拡散した
だからウィルスでも歴史は繰り返すというのは本当である
津浪でも自然災害でも繰り返して起きてきたことなのである
ただ人間は忘れやすいので忘れたころに災害が来るとなる

ともかく津波がきて津波のことを関心をもつ、ウィルスでも異常なほど関心をもつ
それは結局生命にかかわるからである、何か素人でわからないにしても恐怖になりその正体を知りたいとなるのである
そういう契機になったことは確かである 


manotome222.jpg
登米市(とめ)の登米(とよま)まで製鉄集団の真野氏が移動した (奈女加多(行方)が移動している)

こうしてインタ−ネットでも情報とか研究がでていると素人でも研究に参加できる
今回はNHKだった、他でも津波の学者の論文を読めたことは参考になった
こうして素人でも学術的なことにも参加できるようになったのである

そもそも資料が読めないとしたらどうにもならない、図書館は調べることがしにくいのである
いちいちコピーしたりめんどうなのである
そして時間がかるから何年も行っていない、家事とかで忙しいし時間をとられるから行かなくなったのである


posted by 老鶯 at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)
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