2020年06月26日

交通が発達しても距離が人間の心を隔てる (東京と福島県ー広域社会の共有する自治が必要)


交通が発達しても距離が人間の心を隔てる

(東京と福島県ー広域社会の共有する自治が必要)

何か遠いとか近い感覚が相当に違って来た、江戸時代なら芭蕉の奥の細道のように
みちのくと地の果てのような感覚になっていた
だから平泉まで来るのにそういう感覚で旅して来た
はるばるやっとみちのくの都の平泉に来たな、おりしも五月雨の季節、金色堂はその雨に打たれても鞘堂の中に残っていたとなる
そこに深い感懐があった、それまですでに相当な月日を重ねて旅して来たからである
でも今なら平泉まで新幹線で東京から二時間だとなればその感懐もなくなる
その途中の行程が省かれているからだ

だから距離の感覚が交通の発達で変わってしまった
その距離の感覚が何か錯覚して物事でも理解できなくなる
東京は遠いと思っても実際は近いのだがまた遠いとも思う
福島県はみちのくの入り口にしても今なら郡山まで新幹線で一時間もかからず着くとなれば実際は東京圏にもなる
それで福島県の中心は福島市ではなく郡山市がいいともなる
経済の中心地は郡山市である、それと会津も福島県だから郡山から磐越西線がでているから会津と交通でもつながるとなるからだ

そして東北には奥州には山城が多い、三春でもそうであり二本松は最も山城の形を残している古い中世から受け継いだ防御の城である
防御というとき自然を防御に用いる、山城であれば山が攻めにくいとなる、前に川があれば堀となり自然の防御となる
伊達政宗の青葉城は前は広瀬川であり見上げるような高い所に城を作った
これも防御のためである
東北には平城は少ないのかもしれない、盛岡城でも高台にありそれなりに小高い高台にあるのが多い、相馬の城も低いにしろ高台にあった
やはり山城形態が多いとなる、東北ではそういう点で大阪とか西と比べると歴史的発展として停滞していたともなる
商業が盛んにならないのはやはり平地で庶民が活動しないからだともなる
平城ならそこから町が発展してゆくともなるからだ、山城だと庶民と武士は隔離して生活するからである

一方で大阪城とか姫路城とかは城自体が大きく堅固な守りがあり平城である
平城になるのはそうした自然の地勢を守りに利用するのとは違い、平和な時代だと庶民が生活しやすい平地に城を作ったとなる
でも大阪城は徳川家康に攻められたからやはり戦国時代の城なのである

ともかく江戸時代では江戸とみちのくとなると相馬からだと8日とか歩いてかかった
その距離感覚をもう知ることはできない、交通の発達で実際は東京と福島県は近いのである、福島県は東京圏内にでもあるような感覚になる
それでそうした距離感覚から福島の浜通りに東電で原発を作ったとなる
もちろん東京には作れないこともあったが福島県だとさほど遠くないという距離感覚があったかもしれない、また東京から近くないから事故になっても東京は安全だという距離感覚で場所を設定したとなる

この距離感覚が問題になる、なぜなら私の住んでいる地域は原発のある場所から30キロ離れていた、そこで線引きされて補償があまりされなかったからである
そして30キロというとかなり遠い距離だと思い原発に関心がなかった
でも小高に東北電力でもうすでに工事を開始するところだった
事故がなければ小高に原発は作られていた、そしたら小高からここは20キロにもなる
小高となると相当に近い感覚になる

何か人間は地理に地勢にその見方でも左右される、ただこの地理の感覚が交通が発達すると距離で計れないものが生じて来る
それは平泉まで東京から二時間だとか青森でも二時間でつくとなれば距離の感覚が違ったものになる
それが人間の判断でも誤る原因ともなる

距離が離れれば迅速に対応できない、それで広い帝国になると地方で反乱が起きる
それは中央政府の統治が遠くて及ばなくなるからである
通信もない世界で連絡とることさえ簡単にできないからである
つまり何が起きているかも把握できなくなるのである
今でも東京は実際は遠い、そこで離れていると意志疎通がむずかしくなる
誤解ともかも産みやすい、それで何か急に事件とか緊急ことが起きると対処できなくなる静岡で交通事故をおこしたとき連絡があっても遠いので何が起きたかもわからない、
それで運送屋に死体が置かれていたり何がなんだかわからなくなった
そんな遠くに通うこと自体が苦労だったのである
母はそれで前の夫の息子の私の一応兄になる遺体を前にどうにもならない状態になっていた

そういうことは原発でも起きた、東電の幹部と地元の吉田所長が爆発してどうしていいのかわからなくなり電話で映像でも連絡して指示を仰いでも吉田所長は納得せず独断で実行したとかなる、東電の幹部は東京にいて現場のことが理解できなくなっていたからである東京からその現場の状況を把握することができなくてっていたのである
それは電話でもテレビ電話でもできないものとなっていた
いくら通信が発達しても緊急事態に対応できなくなっていたのである

こういうことは戦争でもあった、現場のことを司令部は理解できない、何をしてもらいたいのかも理解できない、そして関東軍が暴走したりする
もう中央の指令すら届かなくなったのである
確かにテレワークはいいとして果たして緊急事態になれば意志疎通ができるのかとなると問題である、じかにあって話しないと事態を把握できないとなる
結局原発事故ではどう対処していいかわからずお手上げになっていたのである

確かに交通が発達すれば距離は縮められる、でも人間はじかに合ったりして現場でともに働いていないとその場のことがわからなくなる
だからテレワークは平時はいいとして緊急事態に対処できるかどうかはわからないのである
ただ広域社会になると距離の感覚として福島県も東京圏内とかなりその中で自治体でも相互の連携を計り今コロナウィルスでも東京から分散するときそうした周辺地域との関係の中で国造りをせざるをえなくなった
別に首都遷都でも三春辺りが郡山があり森に沈む首都とか計画されていたのである
それがいつのまにか立ち消えになっていたのである
コロナウィルスはそうして再び首都遷都とか具体化するようになった

それで東京をこれからどうするのか?
その未来のビジョンを示して新たな国土を作りをすべきだとすべきなのだということもわかる
その新たな東京圏に福島県も組み入れられるとなるとそこが別な世界として考えて江戸時代のように住めないのである
そもそもかそういうふうに東京では原発でも東京は安全圏として福島に作ったということ自体が間違っていたのである
それは東京と福島県が相当に議論したり協議したりするべきものだったのである
でもそういうことは距離感覚から成されていなかったのだ
ただ東京では福島に作れば離れているから安全だとなり地域エゴから福島県に原発を作ったのである
本当に福島県とまた相馬地域でもいわきでも東京と原発について協議しないのである
ただ一方的に東京から東電によって政府によって福島に作られたのである

コロナウィルスでもそうである、東京からどうしても人の出入りを江戸時代のように止められない、すると東京圏とその周辺はコロナウィルスと戦うために協同せねばならない
でも東京は東京は福島県は福島県でありそこに別々にして考える
東京は東京で原発は危険だから福島に作ればいいとかなり地域エゴになる 

それで福島県の人が東京に原発事故で避難した時、放射能うつるとかいじめられた

今度は東京の人はコロナウィルスがうつるから来るなと言われる

これもつくづくカルマだった、必ずこうして自分たちのしたことがカルマとして返ってゆくのが人間なのである、東京が今やコロナウィルスの感染源でありとめることができないからである、こうなると地域の対立が激化して戦争にもなる、それが戦国時代だった

福島県はまた政府と東電が一体となっているから福島県の知事は官僚出身で中央の言いなりだという批判もある
ここに中央と地方の自治体の反発とか乖離とか生じてきている
それは距離の感覚から人間は交通がこれだけ発達しても克服できないということにもあった
第一東京の人はやはり福島県のことは遠いから安全だと考えること自体が依然としてやはり離れているという距離の感覚からそう決めたからである
posted by 老鶯 at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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