2020年06月19日

青葉の季節に仙台散策ー錦町から勾当台公園から定禅寺通りへ (大都会は歴史がわかりにくいー錦町の公園の木はヒマラヤスギ!)


青葉の季節に仙台散策ー錦町から勾当台公園から定禅寺通りへ

(大都会は歴史がわかりにくいー錦町の公園の木はヒマラヤスギ!)

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絵画風に

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●錦町公園の回りに何かあるのか?

NHKのビルが大きい、回りにデジタルアート仙台がある、ここでは声優まで教えている
これはパソコンと関係して現代的な専門学校である
意外とこうしたものが現代の最先端である、また国際学科とか地域創成とかも現代的学部である
近くに島川美術館とかある、ここもいろいろ展示されている、入場料1200円は高いがそれだけ見るものが多いから一回は入れるのもいい
その前の軽食喫茶でグリーンカレーを食べた、狭いところだか結構人が入っていた
回りをみればわかるNHKとか学生とかいろいろな人が交差する場所である
勾当台公園も近いしそこにはテラスの喫茶店もできて青葉に風がそよぎ気持ち良かった
仙台で感じることは杜の都の学園都市であり学生なども多いし東北の中心であり
唯一大都会を感じるのだがそれなりに自然が豊かなのである
青葉城は森につつまれているし都会でも森を感じるからだ
ただ正直、花屋にいろいろな種類の花が飾ってあっても本当に花が映えるのは田舎の町でありそれを写真で示した、また花が美しく映えるのは飯館村のような村であり草深い場所なのである、そこに野の花が映える

ただ仙台市はやはり大きくてなかなか相当な歴史があってもわからないと思った
もう前は一週間に一回でも行っていた、それは本を買うためだった
地方で不利だったのは本が買えなかったことなのである
地方の本屋には本がないと同じだったのである、それで冠婚葬祭とかの本が百万部売れたのである、それはなぜなのか?本がないからだったのである
本屋に本を置けば売れた時代があった、小さな田舎の書店ではつまりそんな本でも置けば売れたとなる、他に専門の本なども売っていないからだったのである
ここだけは本当に東京ととも変わりなくなった、古本だったら東京の古本屋街に行くほかなかった、それで旅の帰りにわざわざ本探しに寄ったことがある
今はどんな本でも買える、これで地方との知的環境の差は解消したのである
むしろ田舎の方が環境的には自然があり静かだから知的仕事に向いているのである

仙台の歴史というときこれも大きくてわかりにくい、ただこれも良く調べようとしないことにもあった、昨日は錦町公園の近くに蔵を改造した飲食店があった
それはめずらしいと思った、なぜなら仙台の中心街で蔵など見かけないからである
つまり蔵があるということは古いとういことである、かえって都会ではそうした古いものはビルが建ったりして埋もれてわかりにくくなっているからだ
そして仙台市の経済は江戸時代なら木材で栄えたらしい、木材は当時家でも必ず使うものだから最も大事な資源だった、木材は炭として燃料としても貴重だったからだ
私の子供時代は炭だった、いかにそうなると木材が貴重だったかわかる 

炭というとき奇妙だったのはインドのガンジス河の岸辺のバラナシの細い路地を通ると
そこには牛が道横切るさえぎる、その牛を邪魔なので歩く人がたたいたりするが牛は動じない、また牛の糞を乾かしているのは燃料にするためである
でもその時すでに子供は家で白黒のテレビでゲームしていたのである
それは1数年前年前とかででそうだったのである
木材は丸森に深い森があり木材資源が豊富だった、だからそこで米沢藩と伊達藩と相馬藩で熾烈な争いがあったことで有名である
米沢藩までかかわっていたとうことはここが木材がそれだけ豊かだったからだろう
そうでなければこんな争いが生れるはずがないからである
                                                        
●定禅寺通りー宗教の由来と歴史

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いづれにしろこの仙台の道は散策にいい、定禅寺通りは杜の都にふさわしい場所である
定禅寺という名前がいいのである、これは禅宗の寺があったからそうなった
宮城県は伊達藩では禅宗が多い、伊達政宗が禅宗を重んじたとういうより侍は禅宗に帰依した人が多い、そして宮城県には禅宗の墓が多いのである

鎌倉時代、禅に傾倒した北条時頼(鎌倉幕府執権)は武力で天台派の僧徒を追い、法身性西を住職に据えた。『天台記』で、禅宗への転換は時頼の廻国伝説に付託して劇的に脚色されて伝えられている。それによれば、旅の僧として松島に来た時頼は、祭礼を見物して感動し、大声で祭を褒めた。それが祭を乱したとして、多数の僧徒が時頼を殺そうとした。幾人かの僧のとりなしで時頼は事無きをえて逃れた。時頼は岩窟で修行中の法身に出会い、天台僧を滅ぼして禅宗を広めるという密談を交わした。その後、千人の兵力を差し向けて天台宗徒を追い払い、法身に寺を委ねた。怒った天台宗の僧は福浦島に集まって時頼を呪詛し、死に至らしめたという。

この話しも興味深い、つまり最初に天台宗だった、それは霊山でも千人の僧がいて修行していた山だったとか山寺も天台宗であり古いのである
その後にいろいろな宗派が生れた、鎌倉時代に新しい宗教が勃興した
日蓮宗と真宗の念仏とかが日本を席巻した
禅宗も鎌倉に五山文化を築いたように興隆したのである
でも宗教というのはこうして何か常に権力ともかかわってきたのである
宗教といっても世俗から俗から離れた世界などこの世に生きる限り不可能なのである
そこで必ず世俗的なものとなり宗教でもその争いが起こる、宗派争いとかありそれも利権がからんでいるのである
なぜ明治になると神社が国家神道となり異常に国家の援助を受けて廃仏毀釈が起きたからである、これもこの話しとにているのである     

怒った天台宗の僧は福浦島に集まって時頼を呪詛し、死に至らしめたという。

松島の伊達政宗が建立した瑞巌寺は要塞だったのである、武家作りであり武者隠しとかありそこを最後の砦として死ぬことも覚悟していた
そういう戦国時代の生々しい場としての寺だったのである
寺とは要塞であり武装集団だった、比叡山でもそこは城と同じ要塞だったのである

瑞巌寺 〜政宗の「隠し砦」といわれる伊達家菩提寺

まさにこれがそうである、普通は呪詛などしない、でも集団化すると利権化してそうなるカルト教団などでは普通にそうした団体と化している
必ず罰あたるとか責めてくるからだ、それは今に起こったことではなく、常に人間社会にあったことなのである、だから人間は業をくりかえす、カルマをくりかえすのが宿命なのである、寺から僧兵が生れそれが武士になったというのも納得する
弁慶のような荒法師がいてそれが戦でのしあがり武士になっても不思議ないからである
そういうことは創価とかであり他にも集団化すれば宗教はそうなりやすいのである
それが極端化したのが武装集団のカルトのオウムだったのである
イスラム教でもヨ−ロッパのカトリックでも権力化して宗教が権力化した歴史が長いからである
第一寺町とか城下町に必ずある、寺を集めた一角がある、それは城を守るための防衛の町だったということでもわかる、寺は城を守るために作られていたからである
それはヨ−ロッパでも修道院でも十字軍の騎士団とかいてにたものがあるからだ
つまり人間のしていることは世界で共通したものが必ずあるのである
だから世界の歴史を理解できないということはないのである

とにかく定禅寺通りというとき、寺に由来しているしその歴史をふりかえることになる
ただ何か名が人の心に影響する、定禅寺というときなにか心がその名からでも落ち着くものとなるからだ、不思議なのはもともと仙台でもだべとか東北弁のなまりがあったというだっちゃというのは仙台に他からの人が集まり都会化したとき生まれた比較的新しいものらしい、それをちょっと本屋でそのことを知った
・・・だべというのからだっちゃに変化したのはやはりもともとは東北弁があったがそれがだっちゃとなったのは他からの人が仙台に流入してそうなったともなるのか?

何かを知るというとき必ず歴史的に考察することが必要になる、今だけをみたらわからないか歴史をみると人間のことがわかるのである
人間は確かに技術的も信じられないよう進歩をしているが人間そのものは変わりないのである、特に欲は全体に人間から消えない、欲は死ぬまで消えない、だからその欲故に同じことを繰り返すの人間の業でありカルマであり歴史なのである
宗教でも俗世の欲がかえって強力に現れる場所なのである
そもそも呪詛するということ自体がそうなのである、宗教は何かそうなりやすいのである恨むなら恨むでいいが宗教の名を借りて呪詛するから始末が悪いのである

●錦町公園の木の写真はヒマラヤスギ

ともかく錦公園のヒマラヤスギの貫禄がある、あれだけのものに育つには時間がかかる
でも日本全国で明治以降公園に植えられた経過がある
だから見物である、写真はうまい下手にかからわず量を多くとることである
そしてその中からいいものを選ぶと意外といいものが撮れていることに気づいた
だからデジタルカメラはいくらでも量がとれるからその中からいいものを選ぶことができる
それで今回は広角レンズで撮った、でも近づいて撮るには広角ではだめだった
でもこの二つのレンズは不可欠である、写真をとることは結構疲れる、危険でもある
仙台の通りを通ると人が多い、だから突然後ろから自転車が来るのにびっくりする
歩道を走ってくるから驚き危険だった、田舎では歩道はほとんど人が歩いていないから安全なのである、その辺が都会と田舎の差だった
ただときどき仙台には行く必要があると思った、やはり刺激になるものがあるからだ

仙台には一週間に一回とかでも行っていたが仙台について歴史でも今回のように錦町公園の回りに見るべきものが知るべきものがあったことでもわかる
仙台市についてはこれほど頻繁に行ってもわからないのである
それはどこでも大都会化したところはあまりにも変わりすぎてわからなくなるのだ
そこから過去を歴史をしることがむずかしくなる、具体的に昔を残っているものが本当に少ないからである
それで錦町公園の近くに蔵があってそこを飲食店にしているのはめずらしいと思った
蔵があれば古い家があったということがわかるからだ
田舎だったら蔵などめずらしくもないが仙台辺りだと蔵を見つけることはできない、見たことも私はないからである、だから仙台市についてはわからないのである

この錦町公園で最も注目すべきは写真にとったヒマラヤスギだった、樅の木なのか欅なのか銀杏なのかわからずに仙台市の公園課に聞いてかり驚いた

ヒマラヤスギ(ヒマラヤ杉、学名:Cedrus deodara)は、マツ科ヒマラヤスギ属の常緑針葉樹。ヒマラヤ山脈西部の標高1500 mから3200 mの地域が原産地である。高さは40 m-50 m、時には60 mにまで成長し、幹の直径は3 mに達する。樹冠は円錐形で、地面に水平な枝と垂れ下がった小枝がある[3]。

ヒンドゥー教において、ヒマラヤスギは聖なる樹木として崇拝されてきた。いくつかのヒンドゥーの伝説にはこの木についての言及がある[4][5]。ヒマラヤスギの森は古代インドの賢者が好んで住み、シヴァ神に祈りを捧げ、厳しい精神修行を積んでいたという。
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ヒマラヤスギ/ひまらやすぎ
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ヒマラヤ山脈原産が名の由来

ヒマラヤが原産でありここにその写真がでているので貴重
寒冷地帯の木になるのか、でも杉ではなく松の種類である、幹が松ににているとも思った過ぎだと直立だけど幹が丸みを帯びていたからモミの木とも違ったとみた

これは杉というのではなく松の一種である、なぜなら松ぼっくりと同じものができて落ちるからである,レバノンスギも杉ではなく松の一種だった
松といってもいろいろあり北海道のトドマツがありこれは幹が太いし北の寒冷地にふさわしい木である、松は南から北まで育つ木なのかとなる
木には興味があり詩にもかなりしてきた、木というときこの一列化したのはまさに神殿なのである、またゴシック大聖堂の柱なのである
木からイメージされて神殿でも大聖堂でも作られたのである
エジプトの神殿でもそうである、最初の神殿は木で作られていたからである
それは世界中で共通している、後に石の神殿になったのである
木は残らないが石だと残るからである
木というとき実際は広い深い森があって木も生きる、それは花でも自然があって本来の美を現す、でも都会だと何か違ったものとしてみる
杜の都仙台というときこの木はふさわしいと見た




公園のヒマラヤスギの詩

昼休みのクローバーの公園に鳩が群れる
子供をまじえて子供とくつろぐ
一列に重厚なヒマラヤスギ
その影なすところ若き等が安すむ
学園都市の仙台でもある
その杉は神殿の柱にも見える
まことにその木に重みがある
その力強さ、内よりの充実感  
青葉深く繁れる今の時期に
その木は内より命のひびきを伝える
雪のヒマラヤのその雪解け水の
清流のたもとに生い立つヒマラヤスギ
それはまさに神殿の柱にふさわしい
ビルに囲まれた公園では萎えるともなるが
杜の都にふさわしくその木によりて
心は育まれ充実の時をここに過ごすべしかな



Cedrus deodara

strong and mighty and powerful

firm and solid     

great solemon lined tree   
            
deeply rooted on the earth

Pigeons flock to the clover park during lunch break
Relax with your children
Heavy cedar in a row
Where the shadow is, young people are cheap
It is also the city of Sendai
The cedar also looks like a pillar of the temple
That tree really has weight
Its strength, a sense of fulfillment from within
At this time when green leaves grow deep
That tree conveys the threat of life from within
The snowmelt water of the snow himalaaya
Himalayan Japanese cedar growing under the clear stream
It fits the pillars of the temple
In a park surrounded by buildings
Befitting of the city of forest
I should spend my time here when my heart is nurtured and fulfilled
(グーグル翻訳)
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