2020年06月07日

「相馬新報」にタイトルを変えた

                                      
「相馬新報」にタイトルを変えた

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プログのタイトルを題名を変えた、相馬郷土史としてはじまったがその他いろいろなことを書いたので似合わなくなった
そもそもインタ−ネットという技術からして新しいものでありその技術で新しいものが生まれる
だからこれまでのメデアとして新聞があり雑誌があり週刊誌があり月刊誌がありいろいろあった、でもこれらは個人でやるのは金銭的にも無理でありできなかった
このインタ−ネットは個人をベースにして新聞であり雑誌でありyoutubeだとテレビ局になっているのだ

これまでのマスメデアは巨大なものでありテレビだと六局しか放送できなかった
そこには莫大な資本がかかるから報道を独占して権力をもった
それでマスコミの報道に洗脳される結果になった
特にNHKは絶大な力をもっていてNHKの放送すること国民の世論を形成したのである
NHKが言っているから正しいとまでなっていた、国民から全員から強制的に金をとって報道しているのに偏向報道していたのである

相馬郷土史とか相馬学とかでも何かあっていない、相馬新報というときあっている
それは相馬地域からの土着した場を重視した発信だからである
それがリアルタイムでもインタ−ネットでも可能になった

ただ正直一人でやるとなるとこれまでしてきたけど楽ではない、プログでも本当は
ワードプレスとかでも試したがめんどうでやめた、またフェスブックもやろうとして設置したが一回も発現せずに放置した、ホームページもWIN95から始めていた、これも放置したままである、それで表現する技術も進歩した
だから早い時期からはじめてここにいたっているが技術が変わりついていけない、何でも一人ではできない
スマホから読まれるのも多くなった、それで私はスマホはしていないから技術的についていけなくなった
スマホから読まれることでインタ−ネットも一般化したこと確かである

人間はやはり常に革新であり新しいものが生まれることが喜びなのである
それはあらゆる分野でそうであり新しいものを創造することが人間に与えられた使命なのである
だから最初新しいものが何かわからないのである
私自身自分のしていることが何なのかわからない面があった
でもふりかえると郷土新報という名にふさわしかった
郷土史だけでなく様々な視点から報道してきた、探求して来た
それは津波とか原発事故というあまりにも大きな事件があったためである
それがメインテーマとなったからである
これはどうしても外部より地元が大被害になったのだから地元の人が語るべきこと報道するべきことであったからだ
それは今だにつづいている問題なのである

これはもう大きなテーマとして未来にも託された大問題になった
そこに科学が深くかかわっているのでそれを探求する事は文系の自分には無理があった
そんないろいろな能力がないからである
でも地元だから自分なり放射線量とかを計り報告したのである

相馬新報でもそうだが人間は何か人間は新しいものを作り出すことにより新しい世界が開けて来る、そういう繰り返しなのである
人間に停滞は許されない、停滞は死なのである
技術でもそうだし社会でもそうである、常に改革がイノベーションが望まれる
グロ−バル社会になると世界との競争で旧来のままだと負けて衰退国家になる

だからメデアでも旧来のものは衰退して消えるともなる
マスコミは報道を導いた6局集中の独占形態だった
それがインタ−ネットで崩れた、ただ依然として旧来のメデアに頼る
でもそこから新しい報道でも何か生まれないのである
明らかに新しいものはニューメデアのインタ−ネットから生まれている
ただそれも最初は何か理解しにくい、新しいものは簡単に理解できないのである
明治維新でも江戸時代から明治になったときこれはなんなのだろうと理解できない
変化大きいと理解できない、それは明治維新と戦後にそうなった
あまりにも大きな変化でありそこで旧来のものが新しいものになったとき最初は何か理解できないのである
つまり技術でもインタ−ネットとかでも何か最初理解できない、それでとまどう
でもその技術になれて一般化するとそれが当たり前にもなるのが歴史なのである

ともかくどこに未来があるのか、その未来を作ることが新しい世界を作る
何かいろいろなものが日本でも行き詰まっている、それは新しいものが作れないからである、明治維新のように新しいものが作れない、それであらゆる面でゆきづまる
世界に後れをとる、日本は政治経済教育技術であれ新しいものを作り出すことが強いられている、そうしないと日本は衰退国家となって取り残される
そういう岐路にたたされている
それは中国が巨大化するとかアメリカが衰退するとか国際政治でも日本は岐路にたたされている、経済とかでも本当に日本が貧困化して上級と下級に分断される
そして暴動さえ起きるのではないかと危惧されるように格差社会となる
それは資本主義が限界に来て機能しなくなりギャンブルとなりカジノとなり道徳なき経済となっているからである
そこにも大きな変革が起きて来る、それは銀行の役割がなくなったことにも現れている
つまりあらゆるもので変革が迫られているのである
もしそれができなければ衰退国家となり日本は今度は中国の奴隷国家とされる

戦後はアメリカの加護の下に高度成長がありえた、でもそれは冷戦とか国際情勢の幸運によっていたのである、それがなくなったとき中国とアメリカのはざまで日本は新たな危機にさらされる、でも日本の地政学はどちらにも組みしない、東西を結ぶつなぎ役なのである
ただそれは日本がやはりそれなりの大国でないと無理である
小国では結局どちらかの属国の継続なのである

いづれにしろ日々状勢は変わる、コロナウィルスでも今度は世界自体が変わる、考え方まで変わる、これも時代の要請で生まれたのかとまでなる
何か神の意志が働いて世界が変わるのかともなる、易姓革命である
どうしても老人は時代の変化についてゆけない、でも老人は経験があり深い見方ができるだから無用なものではない、人生百年時代は特にそうである

自分自身でも今ようやく成果が現れたと感じる、だから人生百年時代は成果を出すのが遅くなる、高度成長時代は経済一辺倒だったが企業戦士の時代だったがそれも変わる
これからは文化の時代になる、内面の時代になりそれそれの創造の時代になる
ただ高度成長時代に培ったものが人生百年時代に華開く
やはり豊かな時代を経験しないと文化創造は生まれない、ルネサンスは生まれないのである、だから高度成長時代はその基を築いたのである

それが人生百年時代に華開く、だから日本は経済的に衰退しても文化の面ではこれから栄えてゆくように思う
インタ−ネットはそうした表現の場として優れているからだ
こんなプログでさえ表現できることでもわかる、無料で誰でもできるからだ、他では表現の場を与えてくれないからである、つまりインタ−ネットはyoutubeもで個々が表現する時代になったのである
その表現するものにもいろいろある、多様な表現の社会になったのである


神よ、あなたに向かって新しい歌をうたい
十弦の琴をもってほめ歌をうたいます。詩編-ダビデ
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