2020年04月27日

新聞とかの構成はばらばらで理解しにくい (それはネットのようにリンク〈関連)づけがされないから)


新聞とかの構成はばらばらで理解しにくい

(それはネットのようにリンク〈関連)づけがされないから)

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ばらばらになりリンクして連関させて読めない

だから記憶にも残らない

ただシリーズものだと連関して継続して読める

でもそれは本で読んだ方がいいとなる


新聞とか本とか雑誌とかテレビでもメデアによって伝え方が違う
それはインタ−ネットができてから見直すようになった
人間は常に何かを知る時比較しないとわからないのだ
白い石があったとしてもみんな白い石だとしたら白い石だと自覚しない
そこに黒い石とか茶色の石とか交じっていて比較してわかる
人間でも自分を知るには他人と比べる時なのである
またなぜ日本にばかりいるとかえって日本のことがわからない
それで外国暮らし人は外国と比べて日本を見るからかえって見えるのである

メデアでも本でも新聞でもテレビでも長い間親しんできた
だからそのメデアが当然だと見ていた
でも何かおかしいなと新聞を見て気づいた
日刊新聞だが日刊現代とかだがその内容ではなく新聞が配置するものである
大きな見出しで分けられて見るのだがでも一社の新聞が編集して作る
でもそれが読みにくいというか理解しにくいというか記憶もしにくい
何かばらばらに記事が書かれていて統一性がない
その中にエロとか広告も混じりさらに統一性がなくなる

かえってインタ−ネットの記事が読みやすい、ヤホーでもmsnのニュースでもあらゆる所から記事を引用して解説を読むとわかりやすい
今はどうしてもコロナウィルスの記事が多くそれについて関連しているからわかりやすい
つまり関連させることリンクさせるとわかりやすい

人間の関心は多様である、でも新聞とかテレビとかでもそうした多様な関心は無視して
発行する会社の方針で編集している
だから様々なものがばらばらに新聞にのせる
その記事同士はつながりがない、リンクだと関連して読めるから内容を深めて読むことができる
そして知識を深めるということはそうして関連したものをつなぎあわせてより深い知識にすることである
それが新聞とかテレビとかではできない、一方的に作る方で編集されるからである

だからどうしてインタ−ネットの記事の解説を私は引用してその記事の内容をより深く考察している、それは引用でも自分が主体となっているから著作権違反にはならなん
何かこうしてインタ−ネットでは引用することが容易なのである
新聞とかでも雑誌とかでもめんどうになる、でも時々は引用している
インタ−ネットで読める雑誌を切り取り引用している

インタ−ネットの特徴はもともとパソコン通信から始まったからレスがレスポンスが大事だった、だから対話的メデアという特徴をもっていたのが今までのメデアとは違っていたのである
自分なりに理解を深めるには必ず本を読んだとしても自分なりの解釈が必要になる
それで必ず何かコメンとする習慣をつける、それがインタ−ネットではしやすいのである
とにかくリンクするというときA⇒AB⇒AAB⇒AAC⇒・・・・とかなる
何かAというエレメントから連環してリンクして理解を深める
それでその場限りのばらばらの新聞の記事が特に日刊現代とか夕刊フジとかだと頭が混乱して理解できないし脳が整理できないのである

インタ−ネットでもやはり何かを一貫して追求している時理解しやすい
私のプログでは津波とか原発事故のことで一貫して追求してきた
次にコロナウィルスでも一貫して追求してきた、それは原発事故と比べて追及して来た
その他自分の場合はテーマが多すぎることがあった
それで読む方にすると読みにくいということがあったかもしれない
ただ何か相手に読まれるというより自分の日々の記録として書いているということもあった
ただ最近は家事とか忙しくて対話はほとんどしていない、対話となると人間は簡単にできないように思う、すぐにコメンとされても相手のことがわからないからである
だから何か自分の場合一方的になってしまったのである

人間はただ「習うより慣れろ」である、機械でも使いこなすには結局なれるほかないのである、それが能力というよりは慣れることの方が大事になる
それで若い人は最先端の技術に機械や道具にふれて慣れるから有利になる
それで50くらいから人間は新しいものを受けづらくなる
それでどうしても若い人の方が時代に適応するのである
私がパソコンをしているのはワープロをしていてワープロで通信までしていたのである
だから早い時期からしていた、それは富士通のオワシスで親指シフトで日本語の文章を打つことができて今もやれているのだ
このパソコンでも基本はテキストであり文章を書くことにあるからだ
これがないととてもローマ字入力ではスムーズに文章が書けいないから挫折していたとなる

とにかく現代はメデアの変化も激しい、youtubeなどでもそうである
そこにはテレビには出せない人たちが自ら放送している
今までのマスコミには出せない人たちがいて編集している、すると真実が見えなくなる
ただあまりにも多様になると情報を追いかけるだけで時間が消えてゆく
ただ今やインタ−ネットでスマホなしでありえない世界となった
コロナウィルスでテレワークとか通信で学習とかなるのも時代なのである
むしろ通信で才能を伸ばす子供が若い人たちが出て来ることは確かである
通信の世界から天才が生まれることがありえる
学校では生まれないITデジタル天才が生まれる可能性がある、一部は生まれている
ただアナログがすたれることはない、人間はやはり対面的に全人間としてのコミ二ケーションが必要だからである
ただ正直旅したからといって親切に道すら教える人はいない、だからみんなスマホを見ているのである
人は意外と道を教えるのでもそれが強制でなければ金でももらえなければまともに対応しないからである、つまりいい加減になるのである

いづれにしろ新聞でもテレビでも何か伝えられないものがある
それは作る方の一方的メデアだからである、それを摂取する方の立場に立っていない
そして営利事業だからどうしても万人向きに作るから芸能とかスポーツとかあらゆるものを混交させることが何か理解しにくいものとなっていたのである
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