2020年04月24日

残る花の短歌


残る花の短歌


今しばし残れる花や病院に命いとしみ明日は散りなむ

今日もまた風吹きやまじ残る花夕べに見つつ帰りけるかな 

雨しとと余花のあわれもこの道を今日も行きつつ暮れにけるかな

みちのくの残れる花のあわれかな夕べ街の灯静にともしも

山の路去年(こぞ)の嵐に倒る木やそのままにして山桜咲く


ここの桜は散った、何か毎日のように風が吹いていた、桜前線はまだ北に進むと仙台とか盛岡では咲いているのかとなる
飯館村だと500メートルの標高の差があるから時期が遅れて桜も咲く
梅が下では散っても飯館村では盛りだったからだ
だから桜前線をたどるなら飯館村とかに行けばいいとなる
とにかく今年は遠くに出れない、だから仙台にも今年になって一回も行っていない
去年でも一回行ったのかとなる
それだけ私は旅もしないし遠くに行かなくなった
そして何か思い出す旅をしているのである

ただ桜前線だと6月のはじめまで日本では桜が咲いている、稚内市で6月でも桜が咲いていたからである、だからそれだけ日本列島は長く寒暖がある
それが日本の面白さだとなる
とにかく桜は咲いたら散るということを思う、その期間が余りにも短いのである
だから名所だけではない、いろいろな場所に桜は咲く、それが二週間しか咲かないから
限られられた桜しか見れないのである
どんなことしたって一生に見れる桜は限られている

私の場合、本当に贅沢な時間を過ごした、西の方に奈良とか京都とか何回も行っていたからだ、そしてそこは歴史の栄華の場所であり桜が散ってもみちのくに帰ると桜が咲いていたとなる

打ち暗み夕べ桜や高館(たかだち)に風吹き荒れて我がたずね暮る

高館義経堂 (たかだちぎけいどう)-義経終焉の地

何かこうしてある場所の記憶がよみがえる、それも不思議である
記憶の旅がある、平泉なら近いから何度でも行けるがここも十年くらい行っていないような気がする、介護とかあり行けなかった
ただまだ盛岡の桜は見ていない、青森の桜は弘前の桜は見た

近くの山の中に入ったら木が何カ所か倒れていた、まだ去年の嵐で川も荒れたままの所がある、あの台風の被害は思った以上大きかった
いたるところ水がでて小さな小川でも鉄砲水のようになり荒らしたのである
だからいたるところで木が未だに倒れたままなのである
その後遺症が残っているのに今度また台風が来たらどうなるのか?
これも心配だとなる、コロナウィルスも収束しないとしたら二重三重の被害となり
どうなるのだろうとなる

いづれにしろ私の場合は籠っていても別に退屈もしない、こうしていつも旅を回想したり書くことがある、それもインタ−ネットだから外に出る必要もないのである
ただ今コメンととかメールを見ていない、対話がない
それはこうして毎日プログに書くことがありそこに時間がとられるからである
家事も全部一人でしているしこれも大変なのである
だから料理は簡単にすまして食事の時間も短い、そこに時間をかけていない
そしてなんとかこれまでの書いたものを作品化しようとしている
でもこれも大変だと思う、手間がかかるのである

今回のように桜の短歌だけをまとめ桜の短歌集を作るにしてもプログとホームページからまた再編成しなければならない、それがめんどうになるのである  




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