2020年04月05日

飯館村は建物は立派でも人は住んでいない (人が住まない村では復興はない・・・・)


飯館村は建物は立派でも人は住んでいない

(人が住まない村では復興はない・・・・)

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飯樋小学校

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飯樋の公園の丘の樅の木にノスリ


飯館村にはとにかく立派な建物はいくつも作られている、今度はまでい館の裏に子供向きの公園と遊戯館ができた
学校でも立派なものが作られている
でも肝心の人が住んでいないのである、町長自体が住んでいない、その孫とかも飯館村の学校に通っていて地元には住んでいないのである
それでなんか不思議だったのは新しい家が多い、それは一軒屋とか平屋のこじんまりしたものである
そこに人が住んでいると思った、結構帰ってきて住んでいるのかと見た
でも人は住んでいなかったのである、前も家があると人が住んでいると錯覚した

ただそうして新しい家があるが家自体壊されて更地になっているのも見た
それもかなりの数になる、つまり住んでいる人は帰った人は二割くらいである
だから飯樋では街になったいたけど二軒くらいしか住んでいなかった
そこに飯樋小学校がありその建物も立派なのである
でも現実にはそこに生徒がいない、コロナウィルスの関係でいないのか?
おそらく保育所とか幼稚園も併設されているが利用されていない
だから何か無人の街になっていた、しんみりとしていた
人の気配が感じられなかった

そしてその丘に上った時、一本の樅の木が立っていてそこに大きくノスリがとまっていたことにびんくりしたのである
つまり今そこの主人はそのノスリになっていた 
田畑に荒地化するとそこにノネズミが増えて来る、そのネズミを食べるのがノスリなのである、それから猿が群れをなして田畑に出て来る、人間をあまり恐れくなっている
それを見たとき核戦争の後に猿が人間を支配していた「猿の惑星」をイメージした
猿が人間の代わりに主人となっていたのである

この光景の不思議は建物があっても人間が住んでいなければそこは死んでいる
ただ自然は回復して鳥獣でも生き生きして住みつくようになる
でもそうした村でも人間が生活してこそそこに歴史が生れ意味や価値が生まれる
それがなくなったとき死の村や町になる
現実に神社があっても誰もお参りもしなくなる、その石段を猿が上っていたからである
猿がお参りしているのかとなる
住民は新しい別荘に野菜作りとかで畑を時々見に来るとかなるのも不思議である
それなりの補償金をもらったから別荘として利用するとなるのか?

村でも町でも活きたものになるのはやはり人が住むことによってである
いつくら建物が立派でも人間が住まなかったらその建物も活かされない
血が通わない、建物も死んだものとなる
でももしそな立派な建物がなくても人間が住んでいれば活きた村や町になる
それで武田信玄が

人は石垣、人は城・・・

として城を作らなかった、つまり建物を作らなかったのである
建物がなくても人こそが城なのである
だから飯館村から人が住まなくなり帰ってこないということは復興はないとなる
いくら立派な建物があっても復興にはならないということである

そうはいってもあれだけの広い土地をどうするのか?
それを活かす方法があるのか?
それを誰がするのか?外から来ている人もいる
何かこうして肝心の元からいた住民がいなくなる、広い土地をどう利用するのか?
そういうとき外からは入りやすくなる、田舎はもともと外部からの人を拒むからである
そういう拒むものがいない、元から住んでいる住民はいない
ただ広い土地がそこにあり自由に使ってくださいとなる入り安いのである
しがらみもなにもないからである、白紙の状態になっているからだ
だからかなり先になるのが飯館村は外から来た人たちによって復興するかもしれない

なぜならコロナウィルス騒ぎで東京封鎖とか人口密集の大都市が危険なことがわかったからである
だから都会から人が移動してくるかもしれない、そこでまた新しい村が作られるかもしれない、木戸木などは戦後開墾に入って作られた部落である
それも時代によって働く場所がなくあんな辺鄙な場所に住むようになった
そこでどんな暮らしをしていたのかイメージできなくなった
それだけ生活が変化して便利になったからである

まず新しくできた道路の所は森におおわれていて隠された道があり清らかな流れがあったそこは本当に人跡未踏のような神秘的な場所だったのだ
私はいつもそこに行っていた、人とは合わなかった
ただそこにそうした部落があることがわからなかった、二軒くらい家があるなと見ていただけである
今は二軒くらい住んでいる、何かやはり今でも神秘的な場所だった
特に奥の方に隠されて一軒あった家は不思議である
あんな所に人が住んでいたことが不思議なのである
山に閉ざされたまさに秘境だったとなる

あそこにコテッジとか何か作り休む場所があればいいとも思った、そこにも小川が山から流れていてカタクリの花が咲いていた、二つの小川が流れていたのである
だから何かキャンプとかするにはいい場所である
あそこは原発事故前にすでに二軒くらいは廃屋になっていた
あそこで住むとなると今でも不便である、ただ車あれば新しい道ができたからなんとか暮らせるとなる、でもおそらくそこも若い世代は住んでいないだろう
だから飯館村自体若い世代が住んでいないとなるともう廃村になるのか?
牛飼う人もまたはじめたというが少ない、何か仕事が必要である
菊池製作所では働いている、農業は前から跡継ぎがいなとか継続できないものとなっていた、そして放射性物質お汚染で余計にだめなった
花は栽培している、だからそれは復興にはなる、でも人が住んでいないということが致命的なのである

posted by 天華 at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村
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