2020年02月23日

福島の原発事故とコロナウィルスの対処 (社会活動をとめることの方が危険?)


福島の原発事故とコロナウィルスの対処

(社会活動をとめることの方が危険?)


日本人は基本的に欧米人に対して放射能に強い、古来日本人は海藻類を食料にし体内で消化出来る酵素を持っている、海藻は被爆した放射能を体外に排出するヨードを体内で作る元々海藻類を摂取する習慣の無かった欧米人はその酵素を持ってない、

このことは福島の原発事故でも言われた、放射線がどう作用するのか?
それがわかっていなかったのだ、チェルノブエリであったとしてもでは日本人にどう作用するのかは別になる
それで何度も言っているが白人には肉を消化する酵素が出るという
肉食をしていた牧畜民族だから体が習慣で歴史的に作られてきた
日本人が穀物とか魚中心の食生活だから腸が長くなったというのと同じである
人間の体はその土地の風土によって作られてゆく、だから放射線とかでも一様に作用しない
だから科学というときも風土と関係しているから世界共通の真理ともならない
数学だと普遍的になるが地球であれ国であれみんな風土も違えば歴史も違う
そこで同じように適応できないのである

だから最近放射線がウィルスを菌を殺すに有効だというのもそうである
真偽はわからないにしても放射線にも何かそうしたいいものとして働くことがある
そもそも原発自体が日本の風土にあっていないものだった
地震とか津浪とかいろいろ自然災害があるし国土も狭いからである
ロシアとか中国でもアメリカでも広いということで事故があったらその場所を放置して
閉鎖して別な土地に移ればいいとなる

でも日本は福島の原発事故でも町や村が一挙に避難区域にしてゴーストタウンにした
その被害の方が余りにも大きかった

なぜそうなったのか?

それは放射線が実際はどう作用するのか被害になるのかわからなかったからである
人間は科学社会になってもでは科学のことが何でもわかっているのかというとわかっていない、専門家も科学者もわかっていない
だから放射線の影響についてもいろいろ言う、でもその意見も二つに分かれる
安全だ安全でないと学者も科学者も言う、だから素人は判断できなくなる

では日本の原発事故の結果としての被害は何であったのか?

チェエノブエリでも動物は帰って増えて来たとか、今まで住んでいなかったヘラ鹿が帰ってきたとか、福島でも野生の動物は増えているのである
すると放射線は怖いということがわかるにしても社会を地域社会を崩壊させた方が被害が余りにも大きかった
先祖代々住んでいた地域が故郷を失うということの方の被害が大きかったのである
現実は放射線の被害で死んだ人は一人もいないのである
これからガンになるといってもそれはあくまでも予想であり確実なものではない
でもガンが増えたらどうするのかということはある
でもそれより地域社会を崩壊させた方が被害を大きくしたとみる
それは回復しないからである

コロナウィルス騒動でもにたようなことが起きている
コロナウィルスも正体不明なのである、放射線の被害も実際はわかっていなかった
医療関係者が科学者がいろいろ言うけどこれもわからないのである
そのわからないことで都市封鎖とか社会活動を停止するようなことをするとどうなるのかやはり福島原発で起きたように社会そのものが崩壊して維持できなくなる
中国では作付の時期なのに人手が確保できないとかコロナウィルスのために社会活動ができなくなり食料すら得られなくなるかもしれないのだ

いづれにしろこのコロナウィルスの問題は正体不明だということである
だから対処方法もない、そして正体不明だということは恐れも大きくなる
過度になる、放射線被害でもそういうことが起きた
でも現実に放射線で地域住民が死んだということもなかったのである
この兼ね合いがむずかしい、早いうちに手を打てば感染が拡大しなかった
それで中国人の医師がウィルスのことを警告したがそれで罰せられた
その後に自らもコロナウィルスで死んだ悲劇があった
常に情報は隠蔽される、原発でもそうだった、そして「安全神話」が作られて誰も反対することも何もすることができなかった
その情報の隠蔽が致命的な結果になったのは同じだったのである

ともかく正体不明なものにどう対処するのか?

それに過度に反応して社会自体の機能を麻痺させていいのか?

今それが問われている、それは福島の原発事故でも起きたのである
どこまで予防措置をとるのか?学校を休校にするのか、人の行き来を止めるのか
そのタイミングをどうするのか、それは福島の原発事故とにていたのである
会社を休みにしたら休業補償をどうするかというのもそうである
それは福島の原発事故では補償金問題として起きて地域は分断された
それは地域社会を避難区域にして崩壊させたから起きたのである
だからこの兼ね合いをどうするのか判断がむずかしいとなる
過度に警戒して社会活動を麻痺させるとその後遺症が大きなものとなる
物流も途絶えて食料の奪い合いになったりするかもしれない
その方の被害が深刻だともなる、原発事故では30キロ内を避難区域にしてそういうことが起きた、それは地域社会を崩壊させたのである

ただこの選択判断は非常にむずかしい、なぜならどっちにしろその結果によって後で批判されることになる、コロナウィルスの被害が拡大したら批判されるしまた過度に警戒して社会活動をとめてもその後でその方が問題だったと批判されるからだ
たいしたことがないのに過度に警戒して社会活動をとめた結果、その方が被害を大きくしたとかなるからだ、それは指導する人の責任でもあるが民主主義になるとみんなの責任にもなる、どっちにしたらいいのか?
コロナウィルスはそれほどの被害がないから社会活動をあまり制限しない方がいいともなる
何か自分は社会活動をあまりにも過度にとめるとその方が被害が大きくなるともみる
それは原発事故でそうだったからである、ただ相手が正体不明なのだから判断しにくいのである、それを科学者でも医者でもわからないものだからである

posted by 老鶯 at 11:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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