2020年02月14日

末世に起こる災難 (地震、津波、疫病、国家破産・・・末世現象)


末世に起こる災難

(地震、津波、疫病、国家破産・・・末世現象)

スペイン・インフルエンザが,植民地を含めた日本帝国で関東州を含めれば,推定75万人以上の犠牲者が出したことを指摘した。国内では内地に限っても,関東大震災の5倍近くの人命を奪った。

75万人も死んだ?これはどういうことなのだろう
何か津波と違ってこれだけ被害があってもこのことについて語られなかった
こんなに人が死んだのか、空恐ろしいとなる
                                            

巨大地震の連発を号鐘として、国家破産、異常気象、大飢饉、大疫病(感染症)等の災難が続発し、ついには亡国の大難たる
(国内の分裂抗争)と他国侵逼(たこくしんぴつ)(外敵の侵略)が起こるのである。

大地震に津波は来た、異常気象もある、そして次に来るのは何か?

大疫病→大飢饉→国家破産

今この大疫病の蔓延が開始されたのか?次に来るのが食料がなくなる大飢饉であり
次に来るのが国家の破産、経済破綻である
今そこに向かっているのか?

なぜつくづく東北では大地震が津波が来て原発事故があり台風の洪水被害もありこんなに災いがつづくのはなぜだろうとなる
自分自身も災いつづきだった、回りを見ると病気の人が多い、脳卒中で九死に一生を得た人もいる、ガンになっても仕事をつづけている人もいる
その手を見たら点滴した跡が痛々しいのである、点滴する場がなくなっているらしい
どうしても60代になると必ず病気がなんらか出てくるのである
また老人でも年金もわずかで暮らしが成り立たない人もいる
日本全体が貧困化しているのである、それがやがて国家破産になる
もう医療費が増大して払えきれない、消費税でも医療費でも何かと金をとることしかないそうして恐ろしいのは預金封鎖とかなんとかそんな噂をでてくる
地銀でも銀行が半分以上なくなるとか言われるし福島銀行は外資に併合された

確かに今は末世状況になっている、あらゆるものがうまくいかないのである
悪いことが重なり明るいものが見えて来ないのである
そもそもこんなに災難がふりかかってくること自体が異常なのである
末世には世が乱れる、天変地異が起きる
そういう末世状況が現れている
それだけ何か世が乱れて終始がつかなくなってあらゆる災いが襲ってくる
疫病もその一つなのである、これは75万人も死んだように深刻だったのである
医療が発達しているから現代は防げるのか?
このコロナウィルスの正体も実はわかっていない、未知のウィルスであり人類に襲いかかった未知の禍だとなる
何か手を打つことができない、薬でも直せないとかなる

ただこれは新たな時代を作るための痛みとして現れているのかもしれない
なぜならグロ−バル経済がこの疫病で歯止がかかりアメリカでも日本でも外国に労働賃金が安い所に工場などを移転できなくなる
国内で労働者を雇い国内でまかなうようになる
するとグロ−バル経済ではなくドメステックな国内経済中心の世界に戻る
それが人間として国として正常なことでありこのような極端なグロ−バル経済は天の理に反していたからこんなに災いが続いているともなる  
それはアメリカでもそうでありEUでもそうであり世界的傾向なのである
グロ−バル経済からの撤退現象なのである

地震でも津波でも天変地異でも天からの神からのサインとして起きて来る
地震や津波は原発をとめる、原発をやめさせるものとして働いたからである
それは人間社会に対しての警告だったのである
だから疫病でもそうである、これはわからないにしろ天からのサインでありそれによって社会が変わる、社会が正常に戻すための痛みなのだという見方もできる

それにしても人類には未知な災難がやってくる、それが予測できないのである
2020は変化の時であり災難の年になるとみんな言っていたが本当だった
この疫病でもコロナウィルスでももしオリンピックが中止になればこれも天の声であり
オリンピックなど無駄だからやめろということになる
災い転じて福となすともなる

ただ疫病というのも世界中の人が交わることで広がる、それをもはや止めることができないから起きる、何か西の方で東京とか都会でコロナウィルスが広がっている
東北の方は広がらないのか?東北には中国人でもあまり観光客が来ないということがあるそれで逆に東北は安全だとかなるかもしれない、ただどうしても仙台辺りだと人が交わる遠くからいくらでも人が来るから危険だとなる

何かインパウンドとかは問題があった、日本人は日本がゆっくり観光できない、旅できないとういのは本末転倒でもあった
外国人に中国人頼りになりおもてなしをする、ただこれは日本が高度成長時代に外国でしてきたことである、それがグロ−バル経済である
一旦世界的競争に敗れれば奴隷のようにされる、観光でも外国人にサービスしないと生きていけなくなるのである
それは日本のカルマだったのである、そもそも外国で同じようなことを日本はしてきた
それがカルマとなって今日があるとなるからだ
めぐりめぐって必ずカルマがなんでもある

いづれにしろ現代は2020年は末世である、だから災難が極点に達するかもしれない
もっと大きな災難が来て時代が変わる、ただ時代が変わるためには明治でも戦後の焼野原でもそうだが大きな痛みを強いるのである
それを覚悟せねばならないとなるが何ももう起きてもらいたくないとはなる

とにかく親鸞とか日蓮とか一遍が生まれた時代は末世であり題目を唱えて来世に行くことを願った
それは現実の地上が地獄になっていたからである
もう一心に題目を唱えるしかなぐさめもなかった時代である
それで異常に宗教が普及した時代である、まず医療に期待できるとか何か科学に期待することもできない
するとただ祈ることで来世に行くことだけが希望になった時代だったのである



posted by 老鶯 at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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