2019年12月28日

金融資本主義の限界を語るyoutube (2020は確実に経済でも大きく変化する年)


金融資本主義の限界を語るyoutube  

(2020は確実に経済でも大きく変化する年)

「金融資本主義支配と搾取の構造」

経済の仕組みがわかりにくいのは貨幣とか紙幣とかの問題が基本にある
貨幣が生まれたことで便利になったのだがその貨幣によって人間の社会が変質してしまった
それはギリシャのボリス時代からすでにそうなっていたのである
つまりすべての価値が貨幣で計られる、貨幣が生まれたことのマイナス面がすでに紀元前から始まっていたのである
だから貨幣のない社会と貨幣のある社会を対比で考える必要がある
でも貨幣の歴史そのものがそれだけ古いのだからもう貨幣のない社会がわからなくなっている、エジプト文明には貨幣がなかった?、マヤ文明とかにもなかった
中国で始皇帝の時代に貨幣は統一されていた

何か金融資本主義と本来の資本主義が違う、そのことをわかりやすく説明するyoutubeがあった
これも何か理解を深めたがそれでもむずかしいと思った
このサイトでは金融資本主義だと必然的に極一部の人に金が集中する
世界で六人の人たちが金をにぎる、それはそういう仕組みでありその仕組みをかえなければ格差はなくならないというのもわかる

金とは銀行が作り出す借金でありその借金は幾何数級のように増えてゆくという
そして返せなくなりその借金は次代にもちこまれる、子供たちがその借金を払うことになる
つまり借金は消えないのか?それはやはりカルマとなってゆくのか?
親の因果が子に報えてゆくという
でもまた不思議なのは政府通貨を百兆円だすと借金は消えるとかもいう
これも不思議だとなる
まるで手品ではないか?そんな簡単に借金とは消えるものなのか?
個人で借金すると借金を返せないために自殺する人が普通にいる
その負担はそれだけ大きいのである

政府通貨を百兆円だせば国の借金は消える?

これもなんなのだろうとなる
国レベルになると金というのもを理解することが不可解になる

金はもともとない、金は数字としてはゼロだというのはわかる
金自体には何の価値もないからだ
金の力を実感するのはそれで買ったもの得たものによってである
家一軒でも建てればその力を実感する
でもその他で金の力を実感できるのものがあるのか?
いろいろ遊ぶということもある、旅行もある
そういうものはしてきたから今はしたくない、本当は山でも上りたいが体力がなくなりできなくなった、年取ると金だけではできなくなる

金融資本主義が国際資本家によって富が強奪される仕組みだという
それは日本の銀行でゆうちょから地銀でも特に農林中金が6兆円の金をあやしげな投資先に金をつぎこんだから破産の危険があると警告されている
これも投資先がないためである、それは国際資本にだまされて買ったという
するとそうして農林中金に貯金した日本人の金が奪われるとなる

それはもう金を投資して利益をあげる会社もないからだ

そこで資本主義がゆきづまっていると学者も言う
そんな変な危険な場所にアメリカの国際資本にだまされて金をつぎ込んでいるからである
金が行く先がない、投資する先がないというとき米余りともにているのか?
米をいくら作っても売れない、米が余るから値段も安くなる
そしてかえって減反して補助金を出していたのである
なにか今も金余りでそれと似ているのかもしれない、ただ最近はブレンド米は結構高いからそれが売れれば農家も成り立つとなる

米をいくら作っても価値がない

金がいくらあっても増やせない

そういう社会になっている、米は実体経済でありブランド米とか酒に利用したりして外国に売ったりもしている
でも金はどうなるのか?それはあくまでも紙に過ぎないのである
いくら貯えても紙でありそれが紙くずになる危険性が常にある
だから今数パーセントの大金持ちがいろいろな権利を買っているという
土地とか水と水道経営の権利とかいろいろな特許とかもそうである
必ず生活に欠かせないものを資源でも買っている
金でもっていても紙幣は紙きれにすぎないからである
それは本当に紙切れになるがこうした実体経済の権利を取得していれば他者を支配できるという、そして国際資本家は国より政府より力をもっているのが現代の金融資本主義だという、それがグロ−バル化の金融資本主義なのである
このyoutubeを理解するのはむずかしい

今の格差を作る金融資本主義、国際資本家による富の強奪をふせぐには政府通貨の発行とかベーシックインカムとかを政策として提示している
とにかく世界でなんらかでこうした極端な格差を止めようとする運動が活発化してきたのである、それも当然なのである
そんなわずかの人に世界の富が集中して支配されることを誰も望んでいないからである
ただその仕組みがわかりにくい、戦前だと地主が大きな力をもって小作は苦しめられた
その時地主は憎悪の対象になった、それは誰が苦しめているから近くで目に見えていたからである

グロ−バル経済になるとその苦しめているものがアメリカだったりイギリスだったり見えないのである
グロ−バル経済を理解できる人はいないと思う
それだけ世界の市場になると巨大でありとても理解できない、すると本当は憎むべきもの地主のような人が見えないから必ず陰謀論になるのである

国際資本家とかを世界で攻撃すべきだとなる、その六人の名前はあがっている
そういう人たちは犯罪者と同じである、もしかしたら本当は死刑に値するような人かもしれない、そんな莫大の富をもってどうするのだとなるからだ
それには借金だらけの国も勝てないとしているからだ、そこに世界的な革命さえ必要にもなる、でもそれが共産主義ではない
結局と共産主義も一部の幹部が富を強奪したのであり同じだったからである
「世界のプロレタリアー斗、団結せよ」それは通じなかったのである

ともかく2020年は激動の年になるのか?

何かのけじめの年である、だから何かわからないが自然災害なのか政治なのか経済変動が起きる、その規模も大きく世界が変わる、日本だけではない世界が変わる年になる
そういうふうに変わる時大きな痛みがともなうのである
その後に戦後復興のように新たな世界が生まれる
ただ未来は予測はできない、経済活動が社会のすべてではない
文化的な価値もあり物質的豊かさの後にはどうしても文化的な価値を追求するようになる文化的な価値となるとそれは精神性を追求するものであり物質的な価値をもたらさない
でも物質的な価値から文化的精神的価値の追求の時代になる
インパウンドでも最初は爆買いだけで次は事の消費だとか日本の文化をするものへと変わる

ただこの文化的精神的価値は物質的な価値とはなりにくい、金を産むものとはなりにくい要するに減反してその土地を何に活かそうかとなる時、どうするのか?
そこを花畑にしようかとかなる、でもそれが金になるとは限らないのである
花畑にして菊畑にして花を売れるとなればそれが金を産んだとはなる
でもただその花を観賞して楽しむということもある
金にならないとしてもそこに価値を作りだしたのである
もしかしたらそんなふうにして金を使うようになるのかもしれない
オランダのチューリップバブルがそうだったのである
その後にヒヤシンスバブルがあったからくりかえしていたのである
ただ花に価値がないというものではない、花には価値がある
それは美として文化的価値がある、一時は絵画がゴッホの絵とかが100億円とか値段がついたことがあった、それとにている
何に価値があるか、明らかなことは紙幣には価値がそのものにはない
だから金は仮想であり仮想通貨が生まれても不思議ではないのである

価値はいろいろありただそれがもう金を産む利益を産むということにならない
だから銀行は利益にならないのだから投資先がないのだから消失するとなる
要するに資本主義が金融資本主義になりグロ−バル化して極端な格差社会になり
人々は苦しめられる、そういう世界の終わりが来ている

ただ次なる世界は何になるのか?

それは当分模索中となるがただ確実にそういう大変化が起こり強いられて戦後のような状態になる
それで銀行の無用論とか倒産とか預金封鎖とか言われるようになったのである
そういう傾向は何かで変わりえようがないと思う
下降トレンドから何かの調子で上昇トレンドになるとは思えないのである
それは日本の株で官製のものであり実体経済を反映していないからである
だからどうしても悲観的な見方が大きいのである 

時代が変わる時、江戸時代から明治になった時、江戸時代にあった仕事がなくなった
大井川の渡しの仕事はなくなり茶畑を作るようになった、それで静岡は茶で有名になった職種転換が起きて来る、産業の変化が起きて来る
戦前は養蚕農家がどこにでもありそれが兜屋根として残っている
絹織物が主用産業であり石炭産業がエネルギー産業になり蒸気機関車の時代だった
それは戦後十年くらいまでつづいたのである

時代が変わる時職種が変わる、だから銀行が半分なくなるとかいらなくなるとなる
何か地銀でも一万くらいの人口なのに店舗を構えて十人以上も働いているとなると多いと思った、そこにかかる費用を想像するとかなりのものになると思ったからだ
つまりそれだけの費用維持できなくなる
そして投資先がなくなり銀行員が農業を実地にして投資していることをテレビで写していた、youtubeでは銀行員がやめて実際に農業をしていた
ここで紹介した証券会社で金だけを扱っている仕事がいやになり実際に店を開いたりした何か金ばかり扱っていて生きがいを見いだせないとなった
そして金はもともとないとかゼロなのだということを言うのもわかる
金は実際に引き出して使う時金の力を発揮する
特に紙幣になれば金本位制でないということはもう実質金の価値はゼロなのである
それは数字だとなりゼロになる

いづれにしろ来年は2020は大きな変化の年になる
特に経済の変化がもうさけられない、それはほとんどの人が言っている、良く言っている人はないからだ、要するに経済が良くなる要素がないからそう言っている
ただ時代の変化に老人は対応できないのである
技術に関しては非常に不利なのである、新しい技術に対応できないからである




posted by 老鶯 at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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