2019年11月13日

紫式部(平安時代の短歌)


紫式部(平安時代の短歌)

murasakishiki12321.jpg


朝日さし紫式部に黄蝶かな

落ち着くや岩に寄りにつ秋薔薇

 the one rock
 by the rose
 in autumn
 I calm down
                                      
たまゆらに朝舞いさリぬ冬の蝶 


平安の殿にしあれや御柱の太しくありて秋日さしいる

紫の衣や奥に女御かな廊を渡りて秋の夕暮れ

姉と母我が家をともに支えにつ60有余年その重みかな


紫式部という名がもともと小紫とか植物の名前としてあった、それが宮中に仕える女性の名になった
日本は一つの言葉にしても名にしても歴史がある
奈良時代だと万葉集があり平安時代になると宮中文化になった
平安時代は京都中心の文化が華開いた
そこに千年の都が生まれたのである

家というのはやはり人間にとって大事である、大きな家はやはりそれだけ住んでいると重み生まれる、自分の家は昔風の大きな家なのである
姉がいつもこの柱は橲原(じさばら)の木を切って作ったのだよと自慢していた
何か歴史でもそうだがそうして建物でも残っていないと昔が偲べなくなるのである
日本は木だから長持ちしない、石だと3000年前でも残っている
そこに日本が歴史を忘れやすいのである
継続した歴史があるきだがそれが忘れやすいのが問題なのである

天皇家だけは日本ではその歴史を保存したという役割があった
天皇制がどうあるべきかは別にして文化と歴史の保存の役割をになってきたことは確かである
現代に欠けているのはそうした文化なのである
東京に来て日本の文化を感じるものがないのである
ただ即位の礼では不思議に秋柳とか秋の虹とかで日本の文化を感じたのである
それは落ち着いた日本の美が反映していたのである

今年は秋なのか冬なのか季節の感覚がわかりにくい、寒くなったから冬であるが何かまだ秋という感じにもなる、季節感覚がずれてしまった

絵の才能が全くなくても切り取りして合成してゆくと絵になるのも不思議である
本当にartとは技術だったのであく、才能がなくても技術でアートにできるとなる
一羽飛んで消えたのは冬の蝶だったとなる、でも赤とんぼが飛んでいたりまだ秋にも感じる

いづれにしろ日本文化、国風文化の時代になってゆく、明治維新は外国文化を取り入れた奈良時代であり次に高度成長時代は経済の時代だった
でも次は文化の時代になる、平安時代の国風文化になる
だから新たに日本の歴史を見直す作業が必要になる
新しい価値はもう物ではなく文化的なものになる、中国でも爆買いではなく日本に求めるのは文化的なものになっている
ただ日本には歴史でも文化があっても物として建物でも残っていないので外国人でもわかりにくいとなる、城にしても再建されたものであり当時のままに残っているのはほとんどない、それで歴史の重みが伝えられないということがある
何かきれいなのだけど博物館のように見えてしまう
ヨ−ロッパなどでは石の建築物だから当時のままに残っているから歴史の重みを伝えられるのである
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