2019年11月06日

ネットの人物の動向 (個人を語るメデア、マス(大衆)を相手にするマスメデア)

ネットの人物の動向

(個人を語るメデア、マス(大衆)を相手にするマスメデア)

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ここは毎日読んでいた、他で毎日読むプログとかない、検索で当たったものは読む
それはただ辞書を引くように読んで利用しているだけだとなる
何かインタ−ネットのメデアは個人に徹したメデアである
マスコミはテレビでも新聞でも大衆を相手にしている、マスメデアである
そこで脚光を一番浴びているのはアナウンサーなのである
だからその出演者より常にアナウンサーに注目されているのである
まずどれだけ視聴率をあげるかを最重要課題としているから大衆にマスに語りかける手法をとる、そうなるとテレビでわかるように芸能人を採用して面白おかしくする番組作りになる、つまりマスコミは大衆と同レベルになるのである
もし放送する相手は知的レベルが高かったらそうはならないからである
その内容ではなく視聴率でその価値は決められる、宣伝するにも視聴率で決まるからである

ところがインタ−ネットは個人を基本にしたメデアなのである
個人はテレビ局をもったともなる、youtubeだとそうである
個人になると常に個人を主体にして訴える、だから何度も個人の体験であれ関心のあることを延々と語ることになる
テレビではそういうメデアではない、アナウンサーが主役のメデアなのである
だからアナウンサーの動向が気になる、目立つのである
出演者は脇役になっているのである

インタ−ネットだと放送するのは個人であり徹底して個人が主役になる
だから個人の経験とか関心を語り発言しつづけるのである
本でも何回も同じことか書きにくいけどネットだと延々と語り続けられるのである
その底辺に流れているテーマを語りつづけられる
それで私の姉はシンガポールに4年間従軍看護婦として苦しんだのでそのことを認知症になっても千回も語りつづけて死ぬ直前までも語っていたのである
それだけその印象が強烈だから忘れることができなかったのである
人間もある年になるとそうして自分自身の体験を語るのである
この人の経験は海外で底辺の女性と売春婦とかを渡り歩いていたとか特殊である
でも何かそうした底辺層への同情がある、これも自分には理解できないのである
でも一貫した主張があり読んでいたのである

それが手術することで中止になった、右よりで硬派なのに病気になったのかとなる
年齢はわからないにしろ50くらいなのか何か病気になる人が多い
都築詠一氏も69歳で病気になり死んだのはショックだった
それなりの年であるからありえることだったがそんな病気だと思わなかったのである
60以上になるとみんななんらか病気になる人が多い、自分もそうだった

●武田邦彦のyoutube

この人は一番有名だろう、この人の経験は自分のうよな三流大学の文系出て底辺でアルバイトしていた者とは全然違う
日本の一流の会社で働き日本の指導層のことを知っているからだ
直接接していいるから知っている、それでそういうことは底辺層には知りにくいから参考になる
何か今回の洪水で国土交通省の人と直接話した時、そんな上の人と接することができないと思っていたからいい経験をした
ちょっと話しただけだけどそれでも話できただけで身近になった
増子議員でも直接接したことで身近になったということがある
それで選挙の時、どぶ板選挙といって地元をまわり地元の人と直接あって票を得るという意味がわかる、それで南相馬市長選挙のとき前桜井市長は一軒一軒回って歩いたというのもそうであった、直接会うということはそれだけ票に結びつくということである
それは同等のものとして会えるということにも通じていたのである
武田邦彦氏は話するのがうまい、話術にたけていると見ていた

ただ理系で歴史に興味をもっている人は少ないだろう、でもあれだけ造詣が深いということはめずらしいと思った、その知見が広いのはグローバルに科学者として活躍したことにもよっていた、何か日本でも語る時外国のことを知らないと語れないのである
それで直接外国人と仕事で接しているから言うこと違っているのである
アメリカのことでも批判している、正義をふりかざしても実際その裏ではあくどいというのがアングロサクソン系の人たちだというのもわかる
そのことはアメリカに留学した内村鑑三もアメリカは拝金主義でありそれに習ってはいけないとして日本の良さを主張していたのとにている
外国と対比して日本の良さを見直すことも必要なのである

●キミアキ先生の起業酔話

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ここで面白いと思ったのはこの人は長崎の佐世保出身であり棚田のある所で育った
そこの棚田は上るだけで大変だと苦労だというときそうなのかと思った
棚田は美しいというけど実際はそこを上り下りしして作業するのが苦労なのである
そういうふうに経験しない人は見ないのである
その他この人は駅でバイトして酔っ払いの吐いたものとか便までかたづけることをしていた、そういうことが嫌で何とかビジネスで成功しようと努めたとなる
その背景にそういうことがあったのかとなる
それも個人の経験でありそういう経験したことが訴えるのである
机上の空論では訴えないからである

自分自身も冷凍室で働いた時がありあれは本当に危険な仕事である
必ず体を壊すことは間違えない、若い時はこうして底辺で働いていたからそのことがわかる、そしてなぜこうして底辺で働かねばならなかったのか?
それは大学出ても三流文系であり資格もなにもなかったからである
その時勉強することの大事さを知ったが遅かったとなる
そして対には30年間引きこもりとなり隠者として生活したのが自分だった
そうできたのは親に恵まれたからである、でも社会性が欠如して介護となり七転八倒して苦しんだのである

今ニートとか子供部屋おじさんとかいる、そういう人と接しやすいのが自分である
でもそれがいかに過酷なことになるのか?その未来が見えていないのである
人間はつくづく未来を知ることができない、だからのんびりしているのである
津浪でもあんな恐ろしいものが来るとしたら絶対に海岸には住んでいないからである
その未来が人間には見えないのである

インタ−ネットはマスコミとかマスメデアとは全然違ったメデアである
どうしてもその個人を基にして語る、個人の経験を基にして語る
だから若い人はまだ経験がたりないから語るものも浅薄になる
だからむしろ老人に向いている面もあるのだ、ただ操作がめんどうだということで利用していないだけなので名知る
いづれにしろ人間は必ず最後にはその人生は一冊の小説になっている
それぞれが一つのストリーを必ずもつようになり語ることになる
それがありありと見えるようになるからである
その時々の行動が何であったのか見えやすくなる、それぞれの人生が完結して見えやすくなる

ただyoutubeで20歳くらいの人が月30万稼いだとか紹介されているが問題でもある
若い時簡単に収入を得たりするとなんだこんな簡単に金がとれるのとか成功するのかとなり傲慢になる、若い時成功することは危険なのである
若い時はむしろその傲慢さが打ち砕かれることがいいのである
だから別に底辺でもそこで謙虚になるからいいとなる
ただ正直底辺のまま終わることは辛い、それが氷河期世代とかロスジェネ世代の問題なのである

ともかくメデアによって例えば本で書くことと、電子本で書くことは書き方が違ってくるということがある、youtubeとテキストだけのプログではまた違ってくる
それはメデアが違ってくるからである、メデアとは媒介するだけのものだけどその媒介するものが違ってくると表現も違ったものになるのである
それはそれを表現する方でも受け取る方でも違ってくる
何かワープロが生まれたときから表現方法が違ってきた
ワープロだとキーボードを打ちながら思考している、万年筆とか筆記具で原稿とかに書くのとは違ってきていた
それで私の場合はオワシスのワープロで親指シフトを使ったからスムーズに文章を書けるようになった、これがないとなかなかワープロにもパソコンになじめなかったのである
どうしてもテキストとか文章がやはり中心になるからキーボードでスムーズにそれが打てないとなじめないのである
そこが入口となってつまづくのである

とにかくネットだといくらでも書き続けられる、いくらでも無制限に表現できる
それが今までは違ったメデアである、だから膨大な記録がネットに貯えられるのである
図書館の不便なのはそれを調べるだけで手間なのである
南相馬市にもいい図書館はあっても介護になり家事が忙しく一二回しか行っていない
そこでは手間だからできないのである
ネットで検索して必要なものを古本だと安いからその都度買って参考にしている
そういう点でも便利なのである、こんなに本があったということに驚くのである
これまでは仙台まで行かないと専門的な本はない、仙台でも限られていたから知的探求には田舎は相当不利だったのである、これだけ本が簡単に手に入ることは田舎でも遅れることはない時代である、それは相当に恵まれたことなのである


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