2019年09月23日

東電の幹部の無罪判決の理不尽 (原発マネーでマスコミも政治家も地元も暴力団まで操作された)


東電の幹部の無罪判決の理不尽

(原発マネーでマスコミも政治家も地元も暴力団まで操作された)



朝日「腑に落ちない」産経「冷静な判断」 東電旧経営陣「無罪」各紙はこう論じた

 読売は、これまでの経緯や判決内容に触れつつ、6段落目で「刑事裁判の基本に沿った司法判断と言えよう」と評した。


 会見で、石田省三郎弁護士は「国の原子力行政をそんたくした判決だといわざるをえない。原子力発電所というもし事故が起きれば取り返しがつかない施設を管理・運営している会社の最高経営者層の義務とはこの程度でいいのか。原発には絶対的な安全性までは求められていないという今回の裁判所の判断はありえないと思う」と述べました。

 福島第一原子力発電所事故が発生した2011年、東京電力から連合会宛に年会費として18億円が支払われていた事が判明した(同時期には公的資金での財政支援が行なわれている)が、納入された会費の具体的使途を連合会は開示していない


 「これまでメディアを通じて原子力発電は安全だとPRするCMや広告を目にしたことがあると思います。電力会社の名前でなく、電気事業連合会(以下、電事連)というクレジットを目にした人も多いでしょう。

原子力ロビー「電気事業連合会」の力と実態

 この電事連こそ、露骨に原発推進を訴えにくい電力会社に成り代わって、豊富な資金量と政界へのパイプを駆使し、原発はなくてはならない≠ニいう世論を形成して 

 「文化人をはじめ各界に影響のある人物を広告に起用するなどして、原子力政策に理解あるサイドに立ってほしいという意味です。その人物がはっきりと原発賛成を叫ばなくても構わないんです。原発推進の立場の電事連のCMに名のある人が登場する。

福島が地元の渡部恒三(民主党最高顧問)が『農業の時代じゃない。これからは環境だ』と言い出したのは、まさにこの頃で、同じ田中派の小沢の動きを見て、CO2排出の少ない原発推進で電力業界との距離を縮めようとしたのだ」



 別冊宝島の最近刊『誰も書けなかった日本のタブー』の巻頭、川端幹人「金と権力で隠される東電の闇/マスコミ支配の実態と御用メディア&文化人の大罪」がまとめているところでは、東京電力の年間の広告費は約244億円、販売促進費は約239億円、その他に普及啓発費200億円弱で、計約680億円の多くがメディアに流れている

 関西電力の広告費は199億円、販促費は59億円、九州電力は同じく80億円、112億円など。他にも、電力10社が構成する電気事業連合会(電事連)も独自の広報予算を持っていて(非公開ながら)年間300億円以上と言われているし、さらには経済産業省・資源エネルギー庁や文部科学省の原子力関連の広報費もあって、それらすべてを合算すると「原子力界・電力業界がメディアに流している金は年間2000億円に迫る。現在、広告出稿量第1位のパナソニックが771億円、強大な広告圧力でメデイアから恐れられているトヨタが507億円だから、この金額がいかに大きいものであるかがよくわかるだろう」(川端)。

 マスコミだけではない。政治家には政治献金、官僚には天下り先、学者には研究費、地元代議士や地方政治家や暴力団には利権配分、自治体と周辺住民には電源3法に基づく手厚い交付金......と、あらゆる関係者に莫大なカネをバラ撒いて「原発は安全」という虚構を塗り固めてきたのである。



なぜ東電の幹部が無罪になったのか?
それは私のプログで追求してきた
原子力村というけどそれはもう村などというものではない、一つの別な強力な国家と同じだったのである、その利権が金が支配した結果そうなったのである
それでわかるのはなぜ東電の幹部に責任をとれとか右が右翼が街宣車とか出さないのか?このサイトでは暴力団にも金が流れていた、暴力団とかは右翼と関係して街宣車を出す
原発事故ではそういうこともない、なぜなら右翼はもともと原発の推進派だからである
それは核武装是認派だからである
ただ昭和天皇をあれほど批判していて最近死んだ都築詠一氏も原発推進派であり核武装派であった、右翼にもいろいろいるが全部原発には反対していない
また空手道場の師範でありそこには東電の人たちも来ていた、となると批判しにくいとなる、ただ文学の批評家としては私は評価していた

ただ原発に関しては左でも朝日新聞にも金が回っていた、ほとんどあらゆる報道関係に金が回っていた、その額が大きいのである
要するに金によってマスコミも操作されていたから原発の危険を言う人はいなかったのである、言えなかったのである、それは地元でも同じである
みんな原発から金が欲しいとなり現実もらっていた
漁業組合でも事故前にも補償金がもらって原発御殿が建っていたとか聞いた
それで漁業権を東電に売り渡したとなる
それは別に漁業組合だけではない、莫大な金が地元に与えられていたのである
そのことが実感したのは事故後に何兆円という補償金が出たり7兆円で除染だとかその金の額は天文学的なものであり驚いた
そんな金があるということ自体驚きだった、国家規模になるとその金をもう計算できないのである 

そして創価の聖教新聞でも潮でも原発推進をしていたのである、それは第三文明とかでしていた聖教新聞とか第三文明とかで最初に仕事するのは宣伝費を稼ぐことである
それは他でも同じである宣伝費を稼ぐことが第一の仕事なのである
新聞だってテレビでも放送すること自体に莫大な金がかかる、そしたらその金はどこから出るのか?テレビだったら視聴者からはでない、NHKは視聴者から強制的に徴収しているから特別なのである
福島県の民報でも半分出資しているのが県なのである、だから県の広報機関と同じであるまた聖教新聞も刷っている、そこが収入源になっている
創価は権力をとる総体革命を目指しているからその手法は同じなのである
どうして権力を抑えるか常に画策している団体だからである
それは東電にも通じていたのである、マスコミは宣伝費で金で抑える
つまり今の世の中金で操作されるということである

結局金が毒饅頭だったのである、みんな金が欲しいというのには変わりないからである
金になると目の色が変わる、でも金の怖さは具体的に金でもってカルマをつむということである、金というのはわかりやすいのである
それでドラマでヤクザが金をもらったからと義理を果たすために殺人までしたのである
金というのにはそれだけ具体的なカルマとなる
そのカルマを返さざるをえなくなるのである
そこに金の怖さがある、金をつかませられてマスコミでも何にも言えなくなったことでもわかる
それを象徴していたのが朝日新聞までは事故が起きたとき中国に呼ばれて歓待されていたのである、その時マスコミ全員がそこに参加していたのである

読売は、これまでの経緯や判決内容に触れつつ、6段落目で「刑事裁判の基本に沿った司法判断と言えよう」と評した

読売新聞がこういうのはなぜなのか?
そもそも読売新聞は正力松太郎がアメリカから原発を誘致させた最初の人だったのであるアメリカのスパイになりその代りに原発を誘致して日本テレビ局を作った創始者だったのである、だからこんなことを言っているのである
つまりマスコミはこうして権力側につくものであり民衆の味方ではないのである
それはマスコミは報道するにも金がかかりすぎるからそうなるのである
テレビで放送するにしても新聞でも雑誌だってそうである
それは視聴者とか購読者が払ってくれればいいがそれができない、だからスポンサーに頼るほかないのである、そして東電はとかはもう国家並みの権力をもっているから金も湯水のように出すとなるともう何も言えない
そしてたいがい文化人と言われた人たちが東電側につき原発を擁護していたのである

なぜ今回も東電の幹部は無罪になったのか?

それは検察自体が原子力村の一員だったからだともなる
検察でも官僚でも東電に天下りしているからである
最近交通事故を起こした元官僚の人を上級国民で批判できないとか騒いだ
検察でもそうして上級国民には忖度するとなる
そして結局誰も責任をとらないのである

本当は事故を起こしたら切腹するとか死刑にする

こういう責任を課せば誰も原発などにかかわらないのである
なんだ無罪かとなれば責任などないとなりまた原発を軽くみることになる
そうはいっても必ず誰かかが責任をとらされる
今回は住めなくなった住民が責任をとらされたのである

でも責任をカルマを逃れることはできない、東電の幹部にもいつかそのカルマが現れる
それはいつになるのか?必ずカルマとなって苦しみとなって現れる
それは国家的犯罪だから検察でも罰せられないけどそのままでなにもなく終わるとはありえないのである
一人でも死刑になるとかなり犠牲者になればその人に過失を押し付けることができたかもしれない、堂々と幹部は無罪だとして社会にのさばることが許されないのである
もう被害者でもがっかりする、善も悪もないと絶望してしまうからだ
国自体が信頼できないとまでなる

こういうときもうテロが起きてもおかしくない、でも右翼が東電の幹部にテロにならないのは暴力団にも東電の金が回っていたからだとなる
それでヤクザでも義理がありカルマをもつから殺しを請け負ったように何もできないのである
それは地元でもそうだが金の力がいかに強力なものか、カルマとなるか示しているのである、地元でも東電で金になっているから反対しずらいと言っている人がいたからである
金に社会がいかに曲げられているかわかる、金から犯罪を見えてくる
借金している人は犯罪者になりやすいからである
ただ金でもそれが悪い方に働くとカルマとなりそのカルマが苦しみとなって現れるのである、やはり不正な金で会社がつぶれたりもする
そこに金の怖さがあったのである 

要するに原発は国家的犯罪だった、でもこれも戦争と同じように裁くことができない
国家の犯罪となれば誰が裁くのか?そんな権力をもっているものはいないからだ
アメリカが悪いとしてもそれも裁くことはできない、そんなことができるのは神だけだとなる、原発事故もこうして国家的犯罪だから裁くことができないのである
ただ歴史の中で百年後とかにその犯罪が明らかにされるかもしれない、国家的犯罪になると戦争でもそれだけ時間がかかるとなる
今になって読売新聞の正力松太郎が悪人にようにされいたりするからである
その時は優れた実業者だと見られていたからである

福島が地元の渡部恒三(民主党最高顧問)が『農業の時代じゃない。これからは環境だ』と言い出したのは

これにしてもそうである、いかに農業とか漁業でも金にならないと後継ぎもいないとかなり政治家がこういえばとびついたのである、実際は農業はやるなと親に言われて殴られた息子がいたのである
(農業の時代じゃない)というときそこに福島県とか地方の見方に問題があった
今になると農業が成長産業だとしている、なぜなら日本では輸出産業が衰退しているからである
日本の農業は技術的にハイレベルだとかそういっている、だから時代により価値は変わる
農業を軽視することは危険だったのである
原発の推進派の理由として原発は石炭のようにCO2を出さないかから環境にいいということがあった
これからは環境だと言ってももその環境が放射能で汚染されて住めなくなったのである
第一この人も利権で動いていたのである、息子はアメリカのGEにつとめていたのもそうである

今報道はインタ−ネットでyoutubeとかで百家争鳴になっている
それはyoutubeなどでも手間がかっても金がかからない、ほとんど個人でできるからそうなったのである、そういうものがあれば原発の危険性を指摘されたかもしれないのであるだから民主主義には報道の自由がないと真実は隠されて今回のようにもう取り返しのつかないものになる
そして報道は反権力でないとだめなのである、権力側は金がありまた数の多さも民主主義では力となる、だからカルト教団ではとにかく頭数を集めて票に結びつける
数が多いことが権力に結びつくからである

つまり権力とは危険なものなのである、権力をもつものはナチスのように暴走したり危険なものでも危険でないとしたりできる
だからこの権力をどうして抑制するのか?それが課題なのである
それに報道の自由が必要なのだけどそれが権力によって操作されたから原発事故が起きたのである、だから反権力が報道の基本的な姿勢としてなければならない
福島民報のように出資が県の50パーセントだったら何も言えない
そういう報道機関は必要もない、だからインタ−ネットがそれを打ち破るものとはなる
ただ問題は百家争鳴で混乱する、何が正しいのか真実なのか見極めるのがむずかしくなってくる、でもそれが民主主義の有り方なのである

posted by 老鶯 at 14:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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