2019年08月11日

自分の預金が下ろせない?じわり広がる“高齢者制限” (高齢者はだまされ差別し無能力者にされる恐怖―地銀もゆうちょも信用できなくなった)


自分の預金が下ろせない?じわり広がる“高齢者制限”

(高齢者はだまされ差別し無能力者にされる恐怖―地銀もゆうちょも信用できなくなった)

 75歳以上の人が300万円以上の引き出しを求めた場合、振り込みや預金小切手(預手=よて)の利用を勧め、それでも客が現金にこだわった場合は警察に通報し、駆けつけた警官が目的を聞く。預手とは金融機関が振り出し、本支店で本人確認のうえ換金する支払い手段だ。

 この防犯策は詐欺被害を水際で防ぐ効果が高いと注目され「預手プラン」という名で全国に広がった。適用条件は地域性から独自に決めており「65歳以上・200万円以上」(福島県)など厳しくしたところもある。

          
金融庁報告書が言いたかった「大認知症時代に備えよ」

日本郵政傘下のかんぽ生命とゆうちょ銀行では、高齢者の理解力の確認を怠っていたり、不利益になる契約を結んだりするなど不適切な販売が明らかになった。高齢層に強い日本郵便で、それを食い物にする手法が横行していたことは大きな衝撃だ。

「利益ありき」という金融機関の姿勢は、報告書も戒めている。現在、定年者の退職金を目当てに、金利を上乗せした定期預金で客を呼び込み、投信などリスク商品を売り込むキャンペーンが横行していることを挙げ「自問が必要」と問題視した

家族が認知症になったとき銀行に金をおろしに行ったができなかった
そして銀行員に笑われたとなり二度と銀行には行かなかった
これにはその本人より自分自身が驚いて言葉もなかった
通帳とハンコをもっていけば下せるからだ、それができない、書類すら書けない
字も読めない、これは一体何になったのだろうと唖然とした
私の場合このことから認知症は何なのかと考えることになった

認知症になったらいくら金をもっていても自分の自由にできない

認知症になったら障害者であり犯罪も犯罪にならない

何かこうなる、だから保佐人が必要でありその人が実は責任者になる
障害者をもっている親がそうなっているからだ、責任を問われるのは補佐する人である
それで認知症の人が踏切で電車をとめて多額の賠償金をJRから家族に要求された
ともかく何か認知症の人は銀行とかは特にわかりにくくなる
それは数字を扱い書類を書いたり抽象的だからわかりにくいのである
そもそも銀行とかの仕事は一番普通の正常な人でもわかりにくいのである
そのわかりにくいことがつけ入られることになるのである
それは原発でも同じだったのである、何か複雑になると法律でも第一理解すること自体できないから結局専門家とかによって無能化されるのである
それが現代社会でありそういうことをイリイチとか指摘していた

専門家によって人間が無能化される

その無能化するシステムが文明社会だともなる、それでイリイチは病院であれ学校であれあらゆる専門化され組織を批判したのである
それは人間を無能化するシステムなのである

認知症は本当に脳の異常で無能になったのだから明らかに病気なのである
無能になってしまった病気である、これもだから恐ろしいと思った
この病気は悪魔が人間を無能化してもてあそんでいるとも見たからである
なぜなら何か記憶できないということで忘れるので泣いてサイフを探していた
それが感情的になると誰かが盗ったとなり狂気の症状が出てくるから怖いのである
なぜこんなことを人間にするのか?そんな仕打ちをするのか?
それも不可解だった、人間は悪魔にもてあそばれて嘲笑われる存在なのか?
何かそういうことを感じた
人一倍頭がいい優秀だと日ごろから言っていた人が無能化されたから余計にそう思った
そしてついには人間の運命は神によって無能化されることではないかとも未来を予測した
人間は最後無能化されて文明も終わる

植物とか動物とかそういうことにはならない、そうした高度の知能をもっていない、また日々今日の食べ物があれば満足している、人間のようにありとあらゆる欲望など追求しないからである、だから別に何かあっても滅びない、ただ恐竜は大きすぎて滅びた
これも未来を暗示しているのかもしれない、恐竜は巨大化して滅びた

人間は高度の知能をもつ故にその知能故に滅びる

それが原発事故でもあったのだ、それは複雑化していてもう誰も制御もできない代物ものだったからである、もう人間が動かしているコントロールしているより機械が自動的に動いているという感覚になっていたのである
それで「安全神話」が作られていたのである、つまりもう人間の手を離れて自動化したもの、機械が神となり動いているともなっていた
そのことはAI化とか人口知能化の未来を暗示している 

いづれにしろ70過ぎてたら百万でも下すのに警官が銀行とか金融機関に来るというのは高齢者差別であり人権侵害である、これは高齢者を無能者と認め法を整備してとりしまるともなる、そこに国家権力が関与してきたのである
そこに詐欺から守るということもあるが弱者いじめだともなる

それより一番の問題は今の金融機関にこそあった
私が書いてきたように地元の地銀が複雑な仕組みの投資信託をすすめる
利子がつかないからはすすめる、その進めている地銀は投資信託のことや株のことなど素人と同じなのである
まず投資信託は証券会社とか銀行とか金融機関のために作りだされた商品である
銀行でもこれは絶対に損しないおいしい商品だからこそすすめる
顧客のこどなと全く考慮していない商品である
だからこそリーマンショックの時に半分に下がって回復して株が上がっていたとき地銀ではその株を売り投資信託に回したのである
私はもともと株でも投資信託でも知らないから相手がプロだからと言っていたからまかせたのである
その人はプロでもなんてない、素人と同じだったのである
ただノルマを課せられているから自分が有利な投資信託を売るだけだったのである

なぜこれが大きな問題なのか?
それは地域での金融機関との信頼関係が喪失してしまったとういことである
地銀でも一軒一軒対面的に信頼を築いてきた、それはゆうちょでも同じである
それが根こそぎ失われたのである
それでおあちゃんが1千万とか投資信託で損しても銀行をの人を信用していた
それほど銀行とかゆうちょは地域で信頼されていたし地方でエリートでもあった
銀行員なら安心できるとなっていたのでありそれだけ信用されていたのである

それが結局時代が関係していた、高度成長時代はみんな銀行でありゆうちょであれ貯金していた金に利子が7パーセントとかついていた時代があった
それで今の高齢者は資産を増やしたのである
何か知らないけど親が保険に入っていた、死んだときその保険金がかなり増えてもらえるたのである、何であれゆうちょであれ銀行であれ金をあづけているだけで相当に増えていた時代があった
だからその時の感覚でゆうちょでも地銀でも信用されるものとして高齢者は見ていたのである、自分自身がそうであった
でも急速に時代が変わってゆく、すると時代に追いつかなくなる
それが高齢者は理解できなくなるから不利なのである

いづれにしろそもそも金融機関は危険である、日本は経済成長はしない、低下するだけである、日本の株式でも投資信託でもなんでももうけることはもうできない
ゆうちょでも銀行でも貯金されても金があってもそれを増やせない、新しい事業に投資できない、もうけることができない時代になった
するとただ金が余るだけであり貯金されても金を増やせない、では銀行に貯金された金を勝手に使うわけにはいかない、するとただ負担になるだけだとなってしまった
それが資本主義社会のゆきずまり現象なのである
金がありその金で資本で新しい利益を生むものに投資するのが資本主義だからである

こういう最も身近な所で最も信用されていたゆうちょとか地銀とかが信頼できない社会は本当に住みにくい、なぜならどうしても高齢者は弱者化するからである
時代が変わるとついていけない、それより認知症になったらもう脳の病気なのだからどうにもならないとなる
そうしたら高齢者とかはもう身近なゆうちょとか地銀には頼れない
食い物にされるだけだからである
ゆうちょとか地銀はもともと地元密着で信頼を培い商売してきた、その信頼も失われたとき地方とか地域で高齢者は食い物にされるだけだとなる
詐欺にかからないように50万以上でも百万以上でも警官立ち合いの元に下ろされるということ自体高齢者を差別して無能化させて管理しようとしているともなる

戦後70年で時代が変化するとき何かこういうことが起きてくる
今までの既得権者がその権力を失う、侍が侍でなくなりとか身分制もなくなる
高度成長時代が終わり日本の経済が停滞して低下するだけだとなるともうそうした特権階級は維持できなくなったのである

 北海道銀行(本店・札幌市中央区)は、士別市の農業法人「合同会社OMEGAファーマーズ」に出資するとともに代表社員を派遣、農業経営の企業化と6次産業化を支援する。 

「OMEGAファーマーズ」は、健康食品ブームになっている植物油の脂肪酸、オメガ3、オメガ9などを製油、 
販売することを目的に、2019年5月31日に設立された合同会社。所在地は士別市の小学校統合で廃校になった 
武徳小学校(武徳町44線東7号)。使われなくなったこの小学校の体育館に搾油機を設置合同会社の構成員8人 
(三好農場、大西農場、オレンジファームなど)の農場で生産する亜麻、えごま、菜種(今年度は250ha作付)を 
持ち寄って搾油、販売する6次産業化に取り組む。出資金は3195万円で、道銀は150万円を7月18日に出資した。 

道銀が踏み込んだ支援をすることにしたのは、農業経営の企業化を促すため。北海道農業は、国内の食糧基地として 
重要な役割を果たしているが担い手不足が深刻化している地域もあり、耕作放棄地の増加も懸念されている。 

地銀は地元に根ざして何か新しく利益を生む事業者に投資するのが役目である
それがなくなったとき農業が地方で注目されるのは当然である
実際この辺では原発事故とか津波で荒地が多いからである
その荒地を活かすことを耕作放棄地を活かすことに投資することは地元のためであり地銀とかがするのに適しているとなる
それで実際に農業を銀行員がしていたのをテレビで見た
自ら肉体労働者とか銀行員も働けとなるのか、そういう厳しい時代になったということでもある







この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/186401201
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック