2019年07月30日

復興に関心がない人 (内部から自壊してゆく現実―国自体もそれで滅びる)


復興に関心がない人

(内部から自壊してゆく現実―国自体もそれで滅びる)

その人は前からフィリピンの女性に貢いでいたとか仮設に住んでいたときからあった
その後もその子供に車を買ってやったとか補償金をもらって金をつぎこんでいたのである仮設に住んでいたときもみんなパチンコとギャンブル通いとか風俗とかまで行っていた人がいた、その人は金持ちではない、後は生活保護だと言っていた
それで外から来たボランティアの人たちも怒っていた
結局復興と言ってもみんな外部の人たちがしたのであり内部の人は何もしていないのが多い、ただ補償金を要求するだけであり何も自らはしない
それで外から原発乞食とか揶揄されるのもそれを全部否定できないものだった
今でも外から来た若者がいて復興のために働いている人がいた
そこに住んでいる人なのである

だから何か小高の人たちを批判するとお前は傷口に塩ぬって楽しいかとか言われる
でも内部の人たちで何か復興のために働いているのかというとこういう人もいる
全部ではないにしろそういう人こそ批判されるべきだがしない
小高とかでは内部でも帰る人と帰らない人で分断されている
若い世代は流出して老人だけが取り残された、そこでも分断されている
ただ何か補償金をもらったとしても苦しくなっている人も増えている
何か贅沢するために遊びのために補償金を使ったという人達もいる

ともかくお前は何も言うな、お前は何をしているんだとなるがそれは小高の場合でも浪江の場合でも現実にかかわるからそうなる
浪江の人が現実に近くの復興住宅に住んでいる、その人たちは何をしているのかわからない、パチンコ通いなのかとも見るがわからない
別に何をしようがかかわらなくてもいいといえる
でもかかわらざるをえないのは一緒に住んでいるからそうなる
住んでいる場所には無関心ではいられないのである
小高だったら南相馬市であり同じ市民だとなるからだ
そこで税金の配分とか政策でも影響してくるからである
とにかくおそらく原町区でも鹿島区でも外部から入ってきた人たちが多い
新しい街が一つできた感じになる、だから外部から入ってきた人と会うのである
だから原発周辺はいわき市でも二万人移動したとかなりかかわらざるをえない、自分たちの問題としてかかわらざるをえないのである

ただそういうことを言うと角がたつだけであり何も言わないのが無難だともなる
何をしようが関係ないとしているのが無難である
ただその人たちが負うことであり関係ないとしてかかわらないのが一番無難である
でも近くに住んでいるのだからかかわらざるをえない、負担が生じる
それより原発でも無関心から起きたことでもあった、近くにあっても無関心でありそれが今日の状況を作りだしたともなる

何か復興というとき外部から来た人たちもみんないいものとして働いたわけではない
除染で莫大な金が使われた、三兆円は節約できたというがゼネコンとか地元の建設関係の下請けとかに大きな金が流れて無駄使いされたことが報道された
そうして外部からも地元の復興とは関係なく金だけが持ち去られたということもある
内部からも外部からも復興を阻害するものがあった
ただもう十年とかなると外部の関心は薄れた、ボランティアももう来ないだろう
今ここに住むようになった外部の人はそうはならない

それはずっとここで暮らすことは一時期に来て帰るわけにいかないからである
ここにかかわらざるをえないのである
その差が大きいのである、東電の人たちもここに住んでいたらずっと死ぬまで次の代まで放射能とかかわらざるをえないから原発のことを真剣に考えるようになる
離れていると真剣にはならないのである
そこに住むことは責任を課せられる、住むだけで課せられていたのである
なせなら原発事故でも起きれば住めなくなったからである
その責任はいろいろあっても住民の責任として住めなくなったから深刻だったのである

住むたには責任が課せられていて守るものがあり住むことだった
それが内部でも外部でも復興できない状況を作りだしていた
内部で争い外部から援助があってもまた反面復興できないものとしても働いたのである
内部と外部の両方にそういう問題があった
それは原発事故前からそうだったのである
東電にすれば内部の事情として東京には危険だから作れないとなり離れたフクシマに造った、そのこでフクシマが大損害になった
また福島でも内部事情があり金になるということで積極的に危険をかえりみず誘致したともなる

ただ東京に住んでいれば被害はなかった、でもそこに住んでいる人は住めなくなったのである、住んでいる人は被害から逃れることができない、責任をとらされたのである
今はもう外部がかかわらないで内部の問題が大きなものとなる
なぜなら外部からの援助は補償金でももうこれ以上出ないとなっているからだ
もうあと一年くらいで国からの援助もなくなる
そうなるとどうなるのか?
何でもここでも自治体の財政が苦しくなる、自治体によって福祉でも今でも相当に差がでているからだ、それだけのサービスができなくなる
へたすると夕張のようになるかもしれない、もう自治体で福祉でもサービスできなくなる今でも介護士とかがいないので青森の施設にこの辺では送られている
青森でも内部の事情として仕事がないとかで引き受けているのである

いづれにしろこれからは内部の問題が深刻になる、だから補償金をそうして遊びに費やしているということも問題になる、何か復興に役立つように使いとなる
ただその人は真面目に働いた人であり年金も多くもらっている
さらに補償金を多くもらったから復興とは関係ないフィリンピン女性に貢いだとなる
これも普通のときだったらあまり言わないだろう
大目に見ていた、パチンコでも別に普通だったら息抜きでいいとかなる
でもこういう状態だからこそ内部でも困るとなる
でも別にそういう人は内部でも批判されない、自由だとなる
そうはいってもでは内部の人にそういう人がいるとき復興や役立たないとかなる
ただ老人が多く残されたという時そのこと自体復興のさまたげとはなっている
そうして限界集落のようになってゆくかもしれない、小高で今3000人以上とか浪江では1000人とかしか帰っていない

若い人が少ないから今度は老人が介護とかなると病気でも負担になってくる
それは全国の問題だがここは極端なものになってゆく
福祉のサービスでも受けられないとなる、だから普通の状態ではないのだから内部でも結束しないと復興はできない、でもそういうこともない
それでもいづれ何か福祉のサービスでもできないとか現実化するとき自覚する
まだ何か人間はとにかく現実に苦しくならないなと関心がないのである
駅とか鉄道には関心がないのはなくてもいいと思う人が多いからである
鉄道がなくなる、福祉のサービスも現実に受けられないとなる時どうなるのか?
その時は時遅しとなっているかもしれない、もうここには住めないとかなるかもしれないそして老人すら住もうと思っても住めてくなるかもしれない、でも現実がそうならないと人間は関心がない自覚できないのである、それが原発事故でもそうだけど致命的なものとなったのである

人間社会は何かここだけではなく内の問題と外の問題がある
国自体でも内が弱体化して腐敗すると外から攻められると守れなくなる
世界史でも内に強ければ外の侵略にも対抗できる
その国の強さは別に軍事力だけではない、様々な要素があり国が腐敗していればそこに住む人間が道徳性とかが喪失していれば国は守れない、国自体が崩壊してゆく
そういうとき外からの一押しで崩壊してゆく
それはいろいろ帝国ででもローマ帝国でもすでに自堕落になり腐敗した時外から攻められた、異民族に攻められたとき、もろくも分裂して崩壊した

日本自体を考えても内から崩壊しているのではないか?
少子高齢化とか外国人労働者でも増大して日本人がその仲間に入れないとか日本語が通じなくなっているとかもそうである
つまりもう外国人を排斥するとかではない、ローマ帝国が異民族の侵入から守れなくなったと同じである、日本国内の結束とか力が弱体化しておのずからそうなっているのかもしれない、外国人はいらないというのはわかる、でもその内部で日本人が働く人がいないとなればそうなる、会社でも20代の外国人が増えて喜んでいるというのもそうである
若返ったというのもそうである、だから日本自体が内部で弱体化衰退化したときそうして外国人がそれもエネルギーのある外国人が入ってくるのは必然だともなる
外部の力に頼らざるをえなくなっているからだ
この辺でも一体老人ばかりでどうして復興できるのかとかなっている
他でも限界集落とかで外国人を呼んで維持しようとする所もでている
それは危険であっても日本が内部から弱体化しているからどうにもならなくなっている
いづれにしろこの辺はそういう問題が全国にもあるにしろ極端なものとなって先駆けて現実化した場所だともなっているのだ


posted by 老鶯 at 14:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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