2019年04月05日

食堂・レストランはどこがいいのか? (価値=場所+料理+サービス)


食堂・レストランはどこがいいのか?

(価値=場所+料理+サービス) 

食堂というとき食べるだけではない、その他の付加価値が影響する
何か私は狭い食堂が嫌なのである、狭苦しいと嫌なのである
だからそもそも私は都会には行きたくなくなった
ごちゃごちゃしているから嫌になったのである
人ごみも嫌になった、前からそういう性格があった
でも若い時は都会に行くことを苦痛とはならなかった
それが今は何か人ごみとか狭苦しい場所とかに行きたくない

そうなると食堂でもまず場所だとなる、場所と関係してその食堂内の雰囲気も問題になるもちろん味も問題になる
味が一番の問題なのだがその味にしても一人暮らし用になっていない
一人暮らしで気づいたことは定番の料理はあきる
でもみんないつも同じ定番の料理なのである、エビフライとかハンバーグとかサシミ定食とか決まっているのである
そこで一人暮らしに向いているのは惣菜などを個別に売って自由にとれるものである
それで自分なりの組み合わせの料理が味わえるのがいいのである

そういうの都会にある、都会にはいろいろ需要がありサービスも生れる
でも田舎だと外食でも限られている、それも定番のものが多いからあきるのである
そこが最大の問題なのである
そこで東京では日替わりで違ったカレーを出している店が繁盛しているのもわかる

一人暮らしにとって料理はめんどうになる、だからどうしても外食が多くなるのが
それがいつも定番だから飽きるのである
ただそもそも安いのだからぜいたくは言えないのである

それで深野のユッサでは最近食堂を新しくした、そこは惣菜を小皿で150円でだしていいる、するとそれを選んで自分好みにできる、そういう食堂は都会にある
つまり需要があるからそれに応じてサービスが生まれる
田舎ではそもそも需要がないからそういうサービスが生まれにくい
一時仮設食堂であつみ食堂でそういうバイキング方式の食堂をしていた
それも客が以外と入らずにやめたのである
それはなぜか?そういう方式でも受けなかったとなるのか?
それより一人暮らしに野菜がとれるので良かったのだがそもそも一万の町では需要がなかったのである
でも都会だったら一人暮らしの老人が多いから老人用の食堂までできている
それが田舎ではできないためだと思った

つまり何か商売するのにも需要がないと成り立たないのである
また需要を見ないと商売は成り立たない
そして価値=場所+料理+サービスなのである
私はだから高見食堂に行ったけどそこは料理がいいにしても狭苦しいのである
まずカウンターにしか座れないのである、そこも狭いのである
そういう場所だと悠々と食事できないともなる
それで高見ホテルの食堂は広いしコーヒーも無料なのと味噌汁がいいものを出していてうまいのである、ただあそこも定番になるからあきる
日替わりの魚定食があればいいがホッケしかでてこない
でも大きなものだからあそこは得である、あとはいいにしても飽きる
たとえうまくても高くても同じだとあきるのである
これが食堂とかレストランの一番の問題だった

とにかく一人暮らしだと果物は簡単に用意できるが野菜を食べるのがむずかしいのだ
だから小皿で安く野菜とか惣菜を食べられるのがいいのである
ただそれをしているのは深野のユッサだけである
そこは場所がいいとしても自転車だと遠くなるから簡単には行けないのである
そういうふうに何かすべて満たされるものはこの世にないとなる




posted by 老鶯 at 08:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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