2006年11月27日

浪江町の川の名の由来

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陸奥の 高瀬の清水 来て見れば あほいのくきの 下にこそあれ  西行
                                      
その昔標葉郡高瀬村で詠んだと言う。現在の双葉郡浪江町である。承安4年(1174年)ごろである。あほいのくきとは葵岫と書くとの事(浪江町史料編纂室末永氏)。岫とは(みさき)であり出っぱった所の意味である
http://www7.plala.or.jp/t-aterui/fukushima/f-takasenosimizu.htm

高瀬川とは高い瀬の川故名づけられたと思っていた。それに地形的にぴったりだからだ。でも高瀬とは別に高い瀬でなくても地名化している。もともとここに高瀬村があった。西行が歌にしたとき高瀬村があったのだ。高瀬村があって高瀬川になった。地域名から川の名になった。この高瀬という地名は古いし高瀬川の名前も古い、請戸川は請戸村がある漁村から請戸川となった。。

この請戸川は泉田川ともいい今は室原川となっている。室原は上流の地域名である。高瀬川の方が名づけられたのが古い、日本の川は地域名が川の名になっているのが多い。請戸村の縄張りが川をさかのぼって名となっている。室原川からの勢力が強ければ室原川となっていた。名前を名づけることはここは俺たちの支配する領域だという意味もある。宇多川でも真野川でも木戸川でも一地域名である。日本の川は一地域によって分断されているのだ。外国のように一本の長大な川がないから長い一本の川の名がない。一本の長い川として生活の中で意識されなかったのだ。

地名「Sind」は、現在はカラチを州都とするインダス川下流域を占める州の名前で、その語源はサンスクリット語の「Sindhu(シンドフ=川)」。元はインダス川を意味していたものが、次第にこの地方を指す名称に、さらにはペルシャ側から見てインド全体を指す名称になっていきました
http://wedder.net/kotoba/india.html

川の名前が地域全体をさす名になったり国の名になったりしない、外国の川は長大だか国の名になっても不思議ではない、日本の国名ヤマトなのは山の国なのと同じである。日本は川が国の名になりえない風土なのだ。石川県、香川県、神奈川県と川のつく県は三つあるが肝心の川がないというから不思議である。川とついてもどの川なのかわからない、一本の大きな川が流れていないからだ。むしろ小さな川の地域名が起源になっている。山とつく名が大きな領域の国の名になることが多い。日本の山は無数にあり山の国なのだ。川は外国の川のように交通の道としての川ではなく越える川、川越とか川が側(がわ−かわ)からきているとか川向こうへの意識が強く、川を一本の長い川として生活的に意識することができなかったのだ。川はむしろ川留めとか交通の邪魔であり交通を阻むものとして意識されていたのである。
日本の川はまた瀬がつくのが多い、早く流れる瀬として意識されていた。日本の川は滝だと外国人が言うのもわかる。日本人からみると外国の川は運河に見える水路に見えるからだ。


 
posted by 老鶯 at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)
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