2018年12月21日

撮り鉄、乗り鉄、描き鉄・・・・ 〈思い出の駅の物語)


撮り鉄、乗り鉄、描き鉄・・・・

〈思い出の駅の物語)

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NHKのおはよう福島で放送していたのは描き鉄であった
駅の絵を鉛筆で描いていた、女川駅とか新地駅は津波で流されたが新しくなる前の駅を描いていた
鹿島駅でもよく撮り鉄がくる、そこでなんで行き先の案内板を写真に撮ってゆくのか?
これを東京からわざわざ撮りにきた人が今日いた
若い人である、前にもこの案内板は撮りに来た人がいた
そして駅舎とこの鹿島駅という表示を取ってゆく
これはと撮り鉄では人気なのである
相当に古いものだかららしい。

それでNHKのおはよう福島で描き鉄の鉄道の駅とかの展覧会を地下道でしていた
駅には確かにいろいろな思い入れがある人がいる

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だからこれはわかる、私自身は撮り鉄ではない、乗り鉄である、乗るのを楽しむ
それで日本の路線は私鉄をのぞいてほとんど乗ったのである
鉄道は絵になる、風景になる、自然とマッチするのが自転車と同じように魅力があるのである、それより鉄道は歴史が古いから何か駅でもそこには人間の情がしみこんでいるのである

それぞれの物語があるというとき駅で良くあうのは東京から実家に帰省する人である

「もう私の父親は92歳ですよ、もういつ死ぬかわかりません、私は高校出て東京に憧れて出たんです」
「自分も東京に憧れて出た口です、ただ大学で遊んだだけだから集団就職とはあまりにも違ったものでした、中卒の集団就職の人たちは苦労しましたから・・・・」

この女性の世代は高校出た人である、だから60代になるのだろう
団塊の世代は中卒が三分の一いたのである
高卒までこの土地にいた人ととは良くあう、集団就職で中卒で東京に行ったという人とは意外と会っていないのである
その時は東京に憧れるというとき女性でもそうであり東京は特別な憧れの都会だったのである、だから田舎を脱出して東京に行きたいというという人が多かったのである

田舎なる駅舎の寒し一時を話して別る東京にさる女(ひと)

良く駅ではぽつんと待っている人がいる、駅は誰いなくて淋しいわとか地元の女性が一人待っていた、そうやはり感じていたのである
駅は出会いと別れの場所でありそれは歴史が明治から始まっているから古いのである
だから何か人間の情が駅にはしみこんでいるのだ

そして不思議に駅で別れてあの人は東京に去った、その去る余韻があり東京でどういう暮らしをしているのかなとも想像する、去ってもその人のことを思うのである
別にその女性にはじめてあった人であってもそうなのである
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