2018年12月20日

2018年まで自分自身に起きたことをふりかえる? (2019年以降は経済の悪化で日本が乱れるー でも自分にとってはいい年になる?)


2018年まで自分自身に起きたことをふりかえる?

(2019年以降は経済の悪化で日本が乱れるー
でも自分にとってはいい年になる?)


そもそも自分自身に起きたことそして回りで起きたことは何なのだろうとふりかえる

●津波(大自然災害)
●原発事故(大科学技術災害)
●介護(認知症に親二人の介護)
●自らの病気(入院二回に手術一回
●盗難の災難
●借金している人から責めら脅迫される
●投資信託の失敗(地銀の勧誘のため)

このことをプログで10年間書き続けてきた、なせこんなことが自分に起きたのかとか本当に思う、それは自分だけではない、周りでも起きたことである
ただそれに自分の一身上の問題があり悪いことが二重に三重にも重なったのである
本当に自分の病気は辛かった、身体障害者のようになり一人だから助ける者もいない
金銭的には余裕があったがその金をねらってきただけである
親戚でも別に親戚とも言えないから事業に失敗した人だから自分の家ががたがたになったとき金を得るために脅迫してきたのである
借金した人の怖いのはモラルを失うということである
自分自身のことで精一杯であり相手のことなど考えられないのである

自分に起きたこことはまさに津波の惨状とにていた、そういう信じられない地獄が現実化した、それは津波の結果ではない、人間がすでに金、金、金でモラルを失っていた
みんな金を求めるだけで野獣と化していたのである
それで相手が弱者になると金や財産を奪うことしか考えない
それが自分の病気のときに介護の時に家ががたがたになったとき財産を奪うと金を要求する好機となる、それはまさに弱った動物が最初に餌食になるのとにていたのである
弱肉強食の世界を身をもって体験したのである

そして小高の人たち仮設に大勢入ったけどもそれも異様なことだった
その人たちは突然おしかけたけどそして外部からかわいそうだとして毎日のようにボランティアが炊き出しとかいろいろ援助しにきた
しかし自分も塗炭の苦しみにあったが誰も同情しない、ただその弱ったことをいいことに責められるだけだったのである
そしてその原発避難者は何をしていたかというと毎日パチンコでありギャンブルに興じていたのである
家に来た親戚の人は借金してパチンコ屋で働いていたのも異常である
自分は苦しんでいてもそっちの方でで金を得るために奴隷のように働いていたのである

何かこれはなんなのだったと思う、まさにこれは自分だけではないもう末世が来た、世の終わりが来たのかとも本当に思った
ただ南相馬市は補償金で分断された、小高の人たちはこんなことういうと怒る
俺たちはかわいそうなのだ、なぜ鹿島の人は金のことばかり言うのかとなる
それは当然であり鹿島の人は情もなにもないのか?
そうして南相馬市は心が一致しないから復興もしにくいとなったのである
それは原町区ともうまくいかないとなったのである
それも元を正せば金の問題だったとなる
ただこれは自分のカルマだった、何か自分が楽しすぎた結果としてこんな悲惨なことになったのである、だから周りの責任ではなく自分自身のカルマだったのである
カルマはいづれ必ず苦しみとなって現れるのである
だから他者を自分は恨まない、それぞれのカルマが苦しみとなって現れるのである

2019年がどうなるのか?それは明るい面は見えてこない、すでに物価があがっている消費税もあがる、すると年金暮らしの老人は苦しくなる、老後破産とか下流老人が問題になったけどそれはますます深刻化してゆく
なぜ知っている人が青森の施設に移されるのかとなれば青森では女性の職がない介護関係で職にありつくためだという、前から青森は出稼ぎの県だったからである
今度は人手不足がどこでも深刻化している、この影響も大きい
この辺では施設で空き部屋が多いというしかし働く人がいないのである
介護士が不足している、それは福島県全体でそうなのである
建物があってもそこで働く人が確保できないのである

日本はこれから経済的に窮迫化してゆく、それが余裕ある人には関係ないように見えても関係してくくる、それは自分自身が証明している
金のない窮迫した人間は襲ってくるということである、だから金持ちは日本に住めなくなる、海外の余裕ある金持ち住むのにいい場所に移住した方がいいとまでなる
自分は金持ちでもない、その暮らしは普通であり贅沢などしていない
もともと自分は旅行しても贅沢な旅など一度もしたことがないのである
海外旅行でも50歳でバックパッカーだったからである

いづれにしろ2019年以降は経済が悪化する、株も下がる、アベノミックスなど見せかけであり日本の経済は悪化している、それがさらに高齢化とか団塊の世代の2025年問題、75歳以上になると病気と介護が増えてくるからそれが全国民の負担になってくる
つまり福祉や医療費が膨大になってくるのだ
なぜ知っている人は仙台に行きまた東京の病院にいて1週間もいて金がまたなくなった要求される、その人は薬も飲んでいる、そんなに金を使っていたらどうなるのか?
それを自分に要求されてももう払えないのである
医療費、福祉の費用はもう国でも負担しきれなくなるのだ

するともう介護は在宅でやれとか税金ではやれないから家族でなんとかしろとなり今や家族全員で何か地域でもみんなで共同してやれとかなる
まず医者にかかると病院と施設は設備から人件費から金をかけすぎているからだ
もうそんなこと成り立たなくなる
愛が慈悲がというだそれは余裕があるときそういえるのである
そしてそれに甘えすぎるのである、ただ俺は苦しいんだから弱者なのだから保護すべきしかない、弱者は要求するだけでありそれに答えないとお前には情がないのか冷たいとされる、そういう社会も問題なのである

平均寿命でも余命から計算すると90歳が平均になるという、つまり60歳生きたら90歳まで生きるとなる、それだけ年金はもう払えない、だから年金も減らされる
実質的に物価が上がり消費税もあがるからかなり目減りするのである
するとぎりぎりで生活する老人が増えてくる、もう手厚い福祉はできない
生活保護でも減らされる、家族で助け合いとなる、また地域とか老人同士で助け合いとかなる、自分はそうさせられている、なぜなら家族もなく一人だから援助しなければならない人が必要だとなりそうなった

2019年以後は明るいものが見えない、オリンピックも一時的なものでありかえってその後は日本は衰退の一途をたどるとされている、それよりオリッピックなどするべきなではなかった、オリッピックをしたかっのは電通とかそれで利益をえる人たちだけだともいうのもわかる、オリッピックには今はなんの意義も見いだせないからである
そのオリッピックでもうけるのは電通だとかマスコミだとかそれで利権にあづえる人ただけだともされる、第一国民の総意でオリッピックは招致されたのではない
高度成長で日本がオリッピック開いた時とはあまりにも時代が違っているからだ

ともかく悪いことしか見えてこないが奇妙だが自分にはとってはいい方向に向かっている介護でも終わり余裕ができた病気でも快復したからまた前のように活動できる
それでヤマハの新しいマウンテンバイクは技術的に進歩したものでこれならまた遠くへ行けると思った、これによって行動範囲が広がる
それは自分にとって大きいし大きな喜びをもたらしたのである
それはバイクであり自走する感じになるから前のアシスト自転車とは次元の違うものだったからである
それで自分にとって来年は明るい年になる
だから日本全体とかなると暗いことしかみえないのだが自分にとってはそうはならない

そして自分は亥(いのしし)年でありまた猪突猛進してゆくにふさわしいともなる
つまり自分にとって10年は凶運でりどうにもならない10年間だったのである
それで相当に消耗してしまった、だから旅する気力もなくなっていたのである
でも新しい自転車も買って来年は年であるが最後の活動ができると思った
だから自分にとっては来年は明るい年である
ただ日本全体とか世界を見ると不穏なものがありいいとはならない
それが個人的にも影響してくるから明るいものにならないのである
いくら自分がいいとして回りが借金だらけとか窮迫していると実際に自分が襲われたように安閑とはしていられないからである
そういうことで日本には明るい未来が見えないのである
ただ自分にとっては最後の力をふりしぼって活動する年にはなる

posted by 老鶯 at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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