2018年12月18日

原発事故が起きた原因 (グローバル経済が深く関係していたー田舎でも農業などに無関心だった)


原発事故が起きた原因

(グローバル経済が深く関係していたー田舎でも農業などに無関心だった)

原発事故がなぜ起きたかというと私自身がしきりに農業が大事とか農業もしていないのに語った
ところが農業でも林業でも漁業でもグローバルの影響が大きかった
江戸時代は完全な自給自足社会である
村という狭い範囲でほとんど自給する生活である
エネルギーは炭であり家建てるにも近くの森の木を利用して屋根は茅葺だから萱を材料としていた、外から遠くからまして外国から運んでくることなどなかった
それはできなかったのである
グロ−バル経済になったのは輸送力が飛行機でもなんでも格段に進歩したからである
文明の発展は輸送力と比例するのである

文明とか大きなこととは関係ないようでも関係している
輸送力がますと地元で生産されるものに無関心になる
もし自給自足の村のような社会が基本としてあれば身近なものに一番関心をもつ
それは生活にじかにひびくからである、食べ物でも身近なものでまにあわせいたら
もしそれがとれないとすると別に農業していなとしても遠くから運ばれないのだから
危機になるしそういうことを学者でなくても肌で感じていたのである

それで最近私自身も気づいた、例えばどこの田舎でも今は農業とか林業とか漁業でも関心が薄いのである、それはなぜなきるか?
食料でも木材でも他の物資でも常に外部から外国からでも入ってくるからである
それでむしろ中東の石油の値段とか常に気にすることになる
他でも外国のことをこれだけ気にする時代はないのである
外国という時何か文化的なものとかではなく直接の生活にかかわことなのである
石油がなかったらもうおしまいだとなるのもそうである
もし炭で生活していたらそうはならないからである
中東で何があろうと関係ないとなっていたのである

それは国内の生活でもそうである、別に地元で米をとれなくても他でとれるからまかなえる、今は外国でも米を生産しているから輸入できるとかなる
そうなるとどうなるのか?地元の農業とか第一次産業に無関心になるのだ
農業している人は別だがその周りの人も関心がないのである
私の場合、農業をいつも生産の観点ではなく自然に調和したものとして景観として見ているきるである、田んぼでも自然のように見ていて俳句とか短歌とかを作っているのであるそれで極端化したのは八沢浦が津波で元の美しい入り江にもどったということを写真で紹介したとき反応があった
地元の人はそこで死んだ人などがいておしかりを受けた、それも当然だったのである

なぜそういうことが起きたのか?
つまり農業をただ景観とか美的なものとかからしか見ていない
そこから食料が米でも調達されるとして見ていなかったのである
なぜなら今でもそうだろう、米などいくらでも入ってくる
それもうまい米がいくらでも外から遠くから入ってくるから必ずしも地元の米を食べる必要もないからだ、現実にそういう人が多いのである
田舎に住んでも農業に関心がないという人が多いのである
農業のことを知らないのである、これが地元でとれたもので生活している時代なら命にかかわるから無関心ではいられないのである

例えば前は栃窪でとれた米は水がきれいだからうまいとか言って知り合いがいて買っていた、でも今はスーパーでいろいろなうまい米があるから買っている
この辺では原発事故以後は飼料米として売っているだけである
これが原発事故と何の関係があるのか?
それは依然としてこの辺で米がとれなくても外から買えばいいとか汚染されても食料でも買えばいいとかなる、でももし自給自足の生活をしていたらこうはならなかった
もし外部から米でも買うことができないから死ぬほかないからである
そういう生活と今のグロ−バル経済の社会とはあまりにも違っていたのである
田舎でもそれは確かにまわりは田んぼでもその田んぼに関心が薄れていたのである

ところが農業は自然と密接に関係していた、その最も関係していたのが水が汚染されたことである、水は別に農業しなくても日々必要なものだから誰でも困ったのである
また一時この辺では放射能汚染で石油でも入らなくなり車が利用できなくなったとか窮地に追い込まれたのもそうである、それが外部に頼る経済だからそうなっていたのである
田舎に住んでいても農業とか林業とか漁業に関心ある人はそれに直接たずさわる人たちはあっても他ない
そして直接たずさわる人たちも農業でも漁業でも林業でもグロ−バル化して広域化経済になりやめたいとかなり後継者がいないとかなり関心がない、重要なものとして見ていないのである、第一次産業にたずさわるのは一割もいなとかなっている
農業でも田舎でもいない、90パーセントは会社員なのである
だから漁業より原発で補償金をもらった方がいいとなっていたのである

そういう時代に原発事故が起きたのである、それは大きな文明とかグロ−バル社会か影響していたのである、その結果として原発事故が起きたともなる
なぜなら地元で生活する物資でもほとんど外部頼り遠くから運ばれるという時当然そうなる、石油がなければ農業すらできない、ハウスで栽培して石油を使っているからである
つまり石油文明であり石油なしでは社会が成り立たないとなればそうなる
その延長として電気も同じなのである、だからこそ原発が大事だとなる
グロ−バル経済と広域社会の矛盾が原発事故にも現れていたのである
そうした文明を見直すことも必要になったのである
ただそれはそういう社会になっていてそれが当たり前になっているとき本当にむずかしいなぜなら炭で生活する時代にはもどれないからである
でもなぜ原発事故が起きたのかということを考えるとあまりにも足元のことに無関心になっていた、させられていたとなる

原発が地元にどういう影響をもたらすか真剣に考えない、もし自給自足の生活をしていたらもし放射能に汚染されたらもうここでは食料も調達できなくなり住めなくなるとなれば真剣に考えたのである、それが田舎に住んでいても無関心になっていたさせられていたのである、原発事故はそういうことを気づかさせた
それは実は農業だけではないグロ−バル経済は様々なことで田舎でも影響しているし全般に影響している、都会だったら過疎地とか田舎など必要ないとなる
別に食料は外国から買えばいいとなるからだ、そういう社会だからそういう考えになる
だから地方は重んじられなくなったのである、最大の価値は車とか工業製品になったのである
それがやがて都会にもはねかえってゆく、原発事故では実際は東京まで放射能で汚染されたし遠くでも栃木県などの方が放射線量が高いということもあったし東京の飲み水も上流のダムが汚染されたからである


posted by 老鶯 at 08:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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