2018年12月08日

職人の仕事が失われてゆく、後継者もはいない (地方を活かす文化が再び求められているのだが・・・)


職人の仕事が失われてゆく、後継者もはいない

(地方を活かす文化が再び求められているのだが・・・)


「福島県地域おこし協力隊」を募集します。

福島県には、国見町のあんぽ柿、会津美里町の会津本郷焼、須賀川市の牡丹、西会津町の会津張り子など、多くの伝統産業が地域に息づいています。
 これらは、地域の風土、気候に根ざし、歴史を紡ぎながら独自の産業として 受け継がれてきた「宝」であり、「地域住民の誇り」です。
  
  
 南北朝時代、時の武将「斯波兼頼」が山形市で地盤を築き、以降職人の町が発展した際には150を超える職人屋敷がありました。
現在、伝統を受け継いだ職人さんは急激に減り、桶樽や竹細工など残念ながら埋没してしまった技術もあります。和傘や漆器、鋸や特技木工は特に事業の承継が急務な状態です。



職人の仕事がなぜあったのか?
そもそも戦前から江戸時代は地元密着の経済だったからである
地元にあるもので生産して消費する傾向があった、外部から入るのではなく外部に頼るのものでもない、自給自足が原則だった
それはそもそも農業に従事する人が8割だったというとき当然そうなっていた
その土地に根ざした生活が基本になるからである


このテレビ放送は面白かった、室町時代にこの土地で飢饉があったがこの芋だけはとれて助かったとその家に伝えられているのも古い歴史がある、室町時代となると残っているものが東北では少ない、それが農家に伝わっていたということで興味をもった
そんな言い伝えが山の一軒の家に残っていることの驚きである
飢饉は崔さんあり山の人たちが買えって山に食料があり助かったとかも伝えられている
また米だけを作っていることで飢饉になり苦しんだとかある、土地にはそもそも米だけではない多様な食料を作っていたからである、米は伊達藩では江戸に売る商品作物化して飢饉になり食べるもものがなくなって死んだとも伝えられるからである
これは現代ではグローバル経済でコーヒーだけを作っていた所でもそうしていろいろものを食料として作らないからコーヒーが売れないとそうなっていたのである

何か私はこうしてその土地に根ざしたものがあるとき関心をもつ、そこに歴史があり土地に密着したものがありそれが人間の本来の生活だったともみるからである
だからそこにこうして物語がある、会津でも木地師の物語が伝説が残っているのはそのためである

そもそも職人とは今のように特殊な人たち、芸術家のようなものではない、ただ日々の生活に必要なものを手作りで作っていた人たちである
それを民芸としたのは近代になってからである、竹細工とかあれば竹で籠などを作っていた、そういう人が近くにいた、籠屋とかいたのを知っている
竹を削り竹を編んで籠を作っていたのである、漆屋も近くにいた
そこでは何度も何度も塗りをしていたのを見ているから一個の製品を作るのが手間なのである、それは職人はみんなそうである、石屋とかもあり近くで石を一つ一つ鉄の道具でたたき削っていたのである、墓一つ作るのに手間だったのである、手作業だからである
それがなんでも機械化した、墓の戒名でもなんでも人の手で彫るのではない機械でしているから楽なのである

だから団塊の世代は戦後生まれであり戦後十年は江戸時代の継続だったからある程度江戸時代をイメージできるのである、高度成長時代になったとき急速に変化したのである
だから職人の世界というのをこの世代は親が職人だったりするからまだ理解できる
私の父親が酒屋の丁稚だったということでその丁稚のことで時代劇を見た
暖簾分けして一人前になる物語でありそれが何か身近に感じたのもそのためである
第一自分の家がその暖簾分けした家だったからである
すると江戸時代からの継続があり江戸時代に興味をもつのである

確かに職人の世界は喪失した、陶芸以外は厳しい、陶芸はまだまだ需要がある
そしてお土産品にはいいのである、その土地独特のものとして室町時代からでも継続しているのがあるからだ、相馬焼は大堀焼は古いから他に技術が伝播された
職人の手仕事の世界には今の物とは道具と製品は人間味があり人間臭いのである
そこにだから物語が生まれ伝えられる
今の大量生産の製品にはそうした人間味がない、人間が作ったというより機械でロボットで大量生産した画一化されたものとしてある
それぞれに個性とか土地の匂いとか文化はないのである
どこでも文化が喪失したのである、なぜなら文化とはもともとcultivate-cultureから来ているからだ
その土地を耕すということが文化なのである、甚五右ヱ門芋とかがまさに文化なのであるその土地の名のついた練馬大根とかもあり他にもある
それが特産品となりその土地のものとして伝えられてきたのである
だから江戸時代の方が食べるものでもその土地のものからとれたものが出されたから味わい深いとなる、郷土料理は別に特別なものではない、その土地でとれたもので工夫して作られていたのである

ともかく今盛んに文化の時代になるというとき大量画一生産からその土地のものを作り出すべきだというときそれは戦前まではあった、それが失われたとき一体その土地独特のものを作り出すことは容易ではなくなる、また同じようなものを作っても伝統が活きるとはならない、伝統でも新しいものが加わらないと商品化しにくいのである
地域おこしのむずかしさはやはりそうした伝統が消失してきたときそれでは新しものを簡単には作れないのである

ただあくまでも日用品として生活の中で日々使われることで道具でも物でも活きる
芸術品のように鑑賞品となるだけでは活きてこないのである
そこがまさに現代の民芸の問題である、それは日用品として使うものではない、特殊ものとして見られるからである
つまり今は職人の仕事は芸術家のような仕事に見られているのである
でも現実には手間がかかり高価になったりして何か実用品より芸術品のように見られているのである、それでここも跡継ぎがいないというとき金にならないといことでそうなる

それでも現代は大量生産の品物とか道具に飽きている、だから茶の湯のようにお椀とかその作法とかにこるようになり芸術化する
実用と機能性重視からお椀を手に取りそのお椀をしげしげとながめくろいだ時間を過ごすようになる、茶碗でもコーヒーカップでも色の違ったものとか変えて気分転換するとかなる、そういう時代にもなっている
ただあくまで日常的に日用品として使うことで道具でも物でも活きてくる
その基本は変わらないからそこで新しいものを作る必要が生まれる
会津漆器のお椀でもレンジで使用できるものを作っていたとかなる

ともかく何か土地の物語が文化が失われたのが現代でありそれを回復しようとするが現実はその基本としての生活に使用されないから回復するのがむずかしいし後継者も育たないのである
職人に弟子入りして苦労するというのも何か現代では向いていないのである
だから職人芸というものも工場での製品作りにあったがそれもコンピュターに伝承させるとかなっているのである
それでもデザインとかは本当に抽象画をパソコンのソフトで作ってみて多様だからそういう装飾性をくわえることは新しい技術で変えることができる
そもそもartは技術き意味だったからである

posted by 老鶯 at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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