2018年11月20日

駅のことを説明しいたらコーヒひもらった (ボランティアをする思想について)


駅のことを説明しいたらコーヒひもらった

(ボランティアをする思想について)

何か一人の女性に駅のことを説明していた
たいだいいつも駅の機能のことをいろいろ説明している
駅はこういうものでありこうあったほうがいいとか書いてきたことを説明した
その人は長く待っていたのである
だから今まで書いてきたようなことを説明した
そしたら自動販売機でコーヒーを買ってくれてもらった
自分が何かしているということを認めたからそうしたのだろう
その人とははじめてあった人であり地元の人である
でも地元の人でも自分がしていることに認める人はいない
かえってあいつは何しているのだと怪しまれ警察に通報された
ボランティアにもいろいろ問題がある
責任もありそれで訴えられた人もいるしいろいろある
それが善意であっても無償であっても責任が問われたりいろいろある

それでここでの考察に興味をもった

金子郁容の『ボランティア もうひとつの情報社会』(岩波新書、1992 年)では


ステップ1「まず、自分から動く」――勇気をもって
ステップ2「評価を相手に委ねる」――ゆったりと
ステップ3「相手が動いたら、タイミングよく対応する」
        
何のルールも後ろ盾もないところで、ひとりの個人として行動するからである。そこには、自由もあるが、リスクもある。そのようなリスクを犯して、互いに出会うところに、人間としての対等の関係があり、人間としての尊厳があり、相互承認が成立する。最初に引用した文「ボランティアは「助ける」ことと「助けられる」ことが融合し、誰が与え誰が受け取っているのか区別することが重要ではないと思えるような、不思議な魅力にあふれた関係発見のプロセスである」

ボランティアは何か法的にも保護されていない、でも責任が課せられることがある
災害で事故にもなる、するとボランティア保険に入らないとできないとか意外とボランティアはめんどうなものなのである
だから私の場合はそんな責任あることはしない、駅でゴミ拾うとかちょっとした案内するとかだけである、だからそこには責任は生じない
一つの公共の場所として自分自身が利用者となってそのついでにそんなことをしているだけであり何か特別しているという意識はないのである

何か乗客とかに教える場合でも強制はしない、案内を強制はしない、いやがるなら何もしない、話もしない、だからこの三原則は興味深いとなる
ボランティアは災害などの支援などになると体力的にもきつすぎるから報酬を与えるペきでありとてもこのようなのんびりしたものではやれないのである

だから責任のないものであり評価もされない、今回のようにコーヒーをもらうということが一つの他者からの評価だったとなる

「相手が動いたら、タイミングよく対応する」

これは自分自身がしていた、あの人困っているのかな道を聞きたいのかなと見えたとき
何か困っていますか、知りたいことがありますかと軽く言う
でも別にスマホとか自分で探す人には言わない、そのタイミングが大事になる
ただ別に私が案内しなくてもどうにかなるから必要ないともいえる
嫌がられる場合もあるからだ、その辺のタイミングがむずかしいのである

ともかくボランティアは災害とかの支援となると労働がきつい、責任もあり、事故になったりすると困る、だからそういうものは組織化して対応するべきである
それは有償にもするべきである、責任が生じるからである

ともかくここではいかにボランティアが弱い立場であり何の保証もない、そして責任も課せられたらとてもできない、だから自分のような軽い責任もないボランティアならいいとなる
しかしそうなると誰も認めないということもある、それもしかたないとしてやるとなる
ただ邪魔になる場合だってありそれで鉄道関係者とか駅長でも嫌っている
でも駅はJRのものだけではない、利用する人でも自治体でもかかわるものである
だからNPOでコーヒーを出す人をおくとか市役所の人が来て工事をはじめるのである
だからNPOとかでするのはボランティアとは違うのである
それは市の方で援助して金も払うとかありNPOがかかわればボランティアではない
有償の普通の仕事ともなっている

だからボランティアは何か?

それを定義することはできない、個人と団体でやるのはまた違っているからだ
ここでは個人のボランティアのことを書いているのかもしれない
それも何の後ろ盾もないボランティアである
それを何か思想的に裏付けしようとしているのもあったということである
ただそこまで軽いボランティを考えるのかとなると普通はない
私もただそんな意識とか思想もない、偶然無人駅になって聞かれることがあったりしてしているだけである、別にそこでボランティアしなくても駅は機能しているからである
だから誰も認めなかったが一人昨日は何か認めることがありコーヒーをもらったということになる


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