2018年10月02日

沖縄知事選、自公丸抱え候補落選の衝撃 (沖縄と原発事故周辺の状況はにたものになった)


沖縄知事選、自公丸抱え候補落選の衝撃

(沖縄と原発事故周辺の状況はにたものになった)


「所詮、人間、カネと欲」という安倍首相にも菅氏にも共通するニヒルな価値観がある。それに対して、普天間基地は要らない、辺野古も要らないという玉城氏の訴えは「イノチこそ大事」ということであり、つまりは、カネなんぞいくら貰ってもイノチには換えられないという人間の尊厳に関わる主張を含んでいる。


何か沖縄と原発事故にあったこの辺がにている
原発を作った時
「所詮、人間、カネと欲」という安倍首相にも菅氏にも共通する」
と地元を見て金をばらまく、それに食らいついたのが地元である
沖縄でも政府の考えではそうだった、第一沖縄は貧しい地区だから余計にそう思われていたのである
辺野古という地域は未だにジャングル地域の山原の出口である
ジャングルをぬけた所にある鄙びた所である、一応町にはなっているが小さい町である
その砂浜で自分は自転車で行ってキャンプしたのである
そのキャンプした場所が基地になる、それは那覇からかなりはずれた地域である
そういう場所になると余計に金と欲が働く場所になる
この辺の双葉とか大熊地域ともにていたが一応常磐線が走っているし違う
本当にもう僻地の僻地なのである,だから辺野古という地名があっている
まずだからその場所がどういうところか地理的に知る必要がある
それで自分は日本なら全国を隈なく旅しているからイメージできる
やはり場所の感覚はそこに行ってみないと身につかないのである

今回の選挙で自民党候補が敗れたのは創価の影響があったとされる
指導部にさからって公に反自民の候補を応援したからである
沖縄には創価学会の会員が多い、結局貧しい地区に創価ははこびる
ただ沖縄とかなると地域の連帯も強いからどうかなと思うが創価が根付いたのは貧しいということがあるだろう

沖縄は戦争の被害が大きいしそのことで本土に対して恨みとなっている
それは韓国でもそうである、特殊な場でもある
日本政府に対して反感をもっている、それは沖縄人が四分の一とか戦場になり死んだということがある、そのことで恨んでいる
そういう恨みが消えないから政府寄りではなく左意識が強くなる
創価もそういう土地柄だからこそ沖縄で勢力をもつにはどうしても沖縄県民の意向に逆らうことができない、会員は増やせないのである
それが池田大作が今や死んだのかわからないが影響力がなくなると統制がとれなくなったのである

そもそも創価には自分も入っていたから疑問である
あまりにも政治的であり権力志向が強すぎる、権力を奪うことを露骨に幹部は宣言している団体である、だから完全な政教一致だから憲法違反だと書いてきた
宗教からすればたいがいどうしても反戦になるしアメリカの基地は容認できないのである宗教はもともと個々人の内面として追求するものでありそれが政治化したり経済化する完全に政治団体と化して歪められる、もうそこでは今度はあからさまに利権権力追求になる平和を言うのはあくまでも表向きではあり現実は利権追及になる
池田大作が元気だったらどう判断するかととりあげているがそれもわからない

なぜなら創価は自民よりというより常に権力側につくからである
だから実際は口で平和を言っても権力側につき利権にあづかりたいからわからいないのである
ただ公明党と創価学会が政治的にでも分離すると組織の崩壊をまねく
政教一致だからである、それは天皇が現人神(あらひとかみ)として戦争したときと同じである、政治と宗教が一致した祭政一致だからそれが分裂すると組織が一致できなくてり崩壊してゆく
別に戦争に負けたからと言って天皇が戦争に参加しなければ現人神とかにまつりあげられなければ天皇の責任はなかったのである
だから戦争に負けたとき自分は神ではないとして訴えて命が助かったのである
宗教と政治は別なのである

ともかく創価は池田大作のカリスマで成り立っていたから徐々に統一がなくなり崩壊してゆく、政治的野心家が票を得ることで利用することもできなくなる
会員がだんだん減って票にならなくなるからである
自分がしていたことも会員を票とりだったのである
幽霊会員というのが膨大なのである、ただ会員でも何もしない、座談会にも来ない
それで選挙のとき票を入れるものとして回っている
すべてが選挙中心に政治中心に動いているのが創価なのである

いづれにしろ沖縄とここはにたものになった、だから左翼運動家も入ってくる
中央と地方の問題が浮き彫りにされた地域でもある
ただここでは金と欲が優先されたから反対する人はほとんどなかった
それで富岡町長の5億円入った金庫が津波で流されたと話題になったのである。
それは沖縄でも同じである、どういうことかというと基地の土地を所有している人には多額の金が土地代として入ってくる
それでその人たちは東京で暮らしているというのだ
それはここだと船主が原発事故前でも原発御殿を建てていたとか言われていたからである基地はそれだけ沖縄にとって金になる、アメリカ兵が金を使うということでも経済が成り立つ、そういう矛盾がありこことにているのである

ただ戦争の傷痕が深く消えないということでもこことにたものとなる
原発事故でもこの辺は住めなくなったのだからその傷跡は本当に長く尾をひく
プルトニウムの毒が二万年消えないようにその傷痕は消えないのである
だからただ被害者意識にかたまりそれがマイナスにもなる
何もをしなくてもなにかあれば原発事故のせいだとして通るからである
沖縄でも戦争のことの被害を延々と訴えて補助金を水増しさせる、韓国でも同じである
それは補助金をもらいたいにそうなる、この辺でも補助金を補償金をもらうことだけが関心の的になってしまったからである
飯館村は原発とは関係ない貧しい村だったが今は多額の補償金をもらうことしか関心がなくなったと同じなのである、それで争っている

南相馬市もそうして補償金をもらうことでその差で分断された
こういうふうになると沖縄でも韓国でも被害ばかりいいそれで金くれという体質になる
そういう場は全国から見て嫌われるのである
自助努力をしないでただ補助金を補償金をもらうことだけになり現実に毎日パチンコ屋通いでありギャンブルに興じていて働いていたのは外部の人たちだったからである
そういう場所は退廃してくる、その子孫でもそうである
ただ被害を訴えていればいいとなる、自助努力をしなくてもいいとなると退廃した地域となる

いづれしろ中央と地方という問題が浮き彫りにされたのがこの辺であり沖縄とかとにている、沖縄は中国の支配下にもあったから国際問題に発展する地域であり現実にアメリカの領土だったのだからこの辺とは違うがにたものとなったのである
極めて政治的な場所となったのである
そしてこの辺は津波とかもありその傷痕も深い、これせ簡単には消えない、十年過ぎたとしても消えない、村がいくつもなくなるなどその傷痕は消えないのである

それは沖縄が戦争の傷痕が消えないとにているのである
ただ自然災害だから沖縄とは違っている、沖縄は日本政府の恨みが延々としてつづいているからだ、この辺だってその恨みどこに向けていいのかわからないが政府とか議員とか官僚とか科学者とか御用学者とかマスコミなど報道機関の責任を追及してきた
地元の人でもそこに責任があったとして追求してきた
でも私の場合は右でも左でもない、原発に反対でもどちらかというと右になる 

玉城氏の訴えは「イノチこそ大事」ということであり、つまりは、カネなんぞいくら貰ってもイノチには換えられないという人間の尊厳に関わる主張を含んでいる。

これをこの辺にあてはめると原発より故郷に住めることこそ第一でありそのことができなければ何にもならない、でも現実はここに住んでいる人は金だったとなる
原発は金になるものでありそれをう否定することは生活でも苦しくなるから誰も賛成しない、そういう矛盾は沖縄にもあるからにているのである



posted by 老鶯 at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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