最後に家族にも和解が来る
(死んだ後の家族の不思議)
家族がみんな死んだけど今日は夢で父親と母親の夢を見た
父親はもう子供の時死んだから夢にみることはなくなっていた
もう実の父親でも先祖のようなものになっていた
でも夢を見たのは不思議である
母親が笑っていて父親と仲良くしていたのである
母は後妻であり問題があり父とは仲良くなかった
でも夢で見たのは父親は早く死んだのだが母親そのあと百歳まで生きた
父親といた歳月は10年ほどだった、その後の人生が長かったのである
でも今頃なぜそんな夢を見たのだろうか?
夢とは何なのだろうかとなる
夢はカルタシスなのかもしれない、夫婦がいたとして喧嘩ばかりして争ったり離婚するのも多い、すると子供は仲良くしてもらいたいとずっと思っている
そのことは大人になっても潜在意識としてつづく
そこで自分の場合もそういうことがあって母親と父親が長生きしてまだ一緒に暮らして笑っていた夢を見たとなる
ただこの夢を見た時、不思議なのは自分が救われたといえばおおげせだが何か肩の荷がおりた、ほっとしたという感覚になった
これも何とも不思議と言えば不思議である
カルタシスとは魂の浄化のことである、何かそういうことが夢を見て起きたのである
それはなんともいえぬものであり幸福感があった
自分の家は争いの家だった、でも最後に和解があった、ただ一人は和解しているかどうかわからないが恨んではいない、家族はみんな死んだ
人間は争っていても死後に和解がありうる
死が問題を解決することがある、生きているうちは解決しなくても死んで解決することがある
なにがそういうことが夢を見て起きたのかもしれない、なんとも不思議な夢だと思うからである
夫婦でも仲良く年取れば幸福であるがみんなそうにはらない、必ず争いが生まれるのが人間である
自分は家族では苦しんだ、最後は一人が認知症になり家族はばらばらになった
でも最後には死ぬときに正気にもどり和解があり死後にもあった
人間はどんなにしろ争いから逃れられない、家族でもそうだし共同体同士でも国同士でも争う、その争いはやむことがない、でも最後に和解が来る
ただそれは人類がハルマゲドンとかで滅んだ後かもしれない、人類レベルとなるとそうなる
ただ家族と狭い範囲の争いだと和解が来る、和解とは和になって解けることである
私が見た夢はまさ家族が和解した夢だったのである
悲しむ者は幸いである、神はその涙をぬぐってくれる、というキリストの言葉がある
この世には争が絶えない、そこで悲しむ泣く人は絶えないのである。
それは家族レベルでもあるし地域レベルでもあるし大きくは国レベルでもあるしそれが歴史だともなる
でも最後に和解の時がくる、争ったものが手を結び合うのである
ただそれが国レベルとかになると人類レベルとかなるともう人類が滅びる後だとなってしまう
ただ天国でそうして和解した人たちが家族を共同体を築いているのかもしれない
この世とはなぜ悲しむことが多いのか?そして解決しないのか?
人間はこの世でそうした負の部分を体験する、それは来世での天国を築くためだともなるそういう不和とか争いを心底経験するから来世での和解は本物となる
もしそれが安易なものとして和解ならまた争いになるからだ
もう争いたくないということを心底思えば本物に和解になるからである。
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