2018年08月28日

ITで変容する社会 (守旧派となるもの?無常こそこの世である)


ITで変容する社会

(守旧派となるもの?無常こそこの世である)

人間社会は常に変化がある、だからこそ無常の世の中であり常なき世の中なのである。
栄枯盛衰も激しいのである、今力ある者もたちまち弱者と化してしまう
それを自分の家族で見たからショックだった
認知症になり銀行からも金をおろせなくなったり訳わからなくなった
いろいろなことで優秀だったのに馬鹿になったということが未だに信じられない
そして自分は優秀だと言って死んだのも悲惨だった

このように一個人でも人間は極端な変化に見舞われるのだ
一個人でも必ず死ぬからそうなる、死ぬと人間はたちまちどんな人でも権力を持っていた人でも忘れられるのが早い、そんな人いたのとなる
だからこそこの世は無常なのである。あとに残す一つの墓くらいでありそこに名前が記されているがそれも記憶している人もいないとなる 
無常は無情なのである、そこに情の入る余地がない、捨てられるのである
それは誰にでも起きることである、だから無常(無情)の世なのである。

つまり何事無常(無情)を見なければならない
この世は仮の世だとか無常を見ていなければならない
そうそいう無常は誰にでもやってくるからである。
人間の生も永遠につづかないし突然に無常化して無情化して終わる
そう見ればある時は幸せだったとか急に零落したとか何か変化があっても
世の中はそういうものだと悟れるかもしれない、そういう繰り返しがこの世に生きることだからである。
まず変わらないものが家族でもなんでもありえないからだ
津波で家族が一瞬に流されて死んだり村自体がこの辺でいくつも消失したことでもそうである、その無常は無情であり家族が死んだ人は信じられないとなる
ただその前に茫然としているほかなくなったのである。

人間の社会は今だからこんなに変化しているのではない、常に激変してきたのである。
江戸時代から明治の変化も激しかった、侍だった身分もなくなったとしたらそういう社会で生きていたものが明治に四民平等の社会に適合することは容易ではない
いつまでも自分は殿様だとか侍だとかこだわっている人かいて当然なのである。
それが守旧派になる、明治維新では長州でも守旧派がいて下級武士たちの革新派と争う
そこで守旧派は革新派の吉田松陰とか高杉晋作とかに負ける
その時庶民から奇兵隊が作られて後に伊藤博文などが首相になった、その人は地位ある侍の出ではない、庶民に過ぎなかったのである 
奢れるもの久しからずというのもそうである、長く栄える家も国もない、栄枯盛衰がこの世の習いだとなる、だからアメリカがいつまでも強いとは限らないのである。
アメリカもすでに衰退国家だという人がいるのもそのためである

このような激変は人間社会に常にあった、戦争だとその時の価値観は国家が一番大事であり国家のために死ぬことが最高の価値とされたのである。
でも戦争に負けたら鬼畜米英からアメリカ支配になりギブミーチョコレートになった
もう日本の国体とか盛んに愛国を言われた時代ではない
チョコレートを食いたいということしかなくなったのである。
それで焼野原からチョコレートを食いたいとなり日本は高度成長になったのである
この変化も激変だった、だからその時とまどう人がいても当然なのである。
守旧派というのがあって当然なのである,特に老人だとそうなりやすいのである。
つまり老人は新しい時代に適合できない、だから守旧派になる
今でも新しいものが出るとスマホでもなんでも嫌うし操作できない
すると貨幣を紙幣をなくしてスマホ決済することに抵抗する守旧派になる
それで社会の変化を進歩に逆らうようになる

IT社会になると本屋が消えてゆく、自分の町にももう本屋はない、そして図書館も必要なのかどうか問われる、前は郷土史関係の調査で行っていたけど介護とかになったり家事で忙しくなりここ十年一二回しか行っていないのだ
つまり何か調べるにも本を読むにしても隣の街まで行かなければならないから不便なのである。時間がかかるからいけないのである。
だから今や図書館はただ受付とかいても本を管理していてもそれが本当に必要なかどうか問われる、何か老人のたまり場とか高校生の待合室とかになる
だから前の前の渡辺市長の時南相馬市の立派な図書館は立地を考えて原町の駅前に作られたのである。それは立派なものである。
その時は10年前とかでありまだスマホとかも普及しない、 ITでも普及しつつあったが図書館が必要なのかどうかなど問う人はいなかったのである。か
今になると時代の先見性がなかったとか言われる
そこには大きな予算を使ったからである、それが無駄だったとも今にするとなる
それは有用論もあるから一概に言えないにしても不要論は図書館を建てる時もあった
ただそれは市長の政策で強行されたのである。

なぜこうして図書館まで不要論が言われるのか?
それは予算がかかるからである、市民の税金でも国の税金でもかかるからそうなる
そんなところに金使って何になると言う人がでてくるからである
図書館は調べるのにも不便だとかいらないという人が出てくるからだ
そういうことは銀行にしてもいえる、銀行は何しているのだ、銀行で金を下ろす人は今はいない、みんなカードでおろしている、受付などいらない、金の無駄となる
そして銀行は窮地にたたされる、大手銀行でも大幅に人員を削減した
それで収入が減るから投資信託をすすめる、これは銀行が絶対に損しない商品であり手数料を確実にとれる、アメリカでは一パーセント以下なのに3パーントはとる銀行にとってだけ有利な確実にもうけにるな商品なのである。
それで銀行のイメージも変わった、硬い職業であり田舎ではエリートと見ていたからである、それがブラック会社と変質する、ただ自分も老人だから守旧派になってしまう
そういうふうに変化していことについていけない、銀行を今までのイメージで見ていたからそうなったのである。今では銀行は信頼できないものとなった
地方銀行は県に一つも残ればいい方だというのも本当だろう
もう銀行の役目はなくなりつつあったのだ

ITで本屋は消えたというときそれは時代で当然だった
まず私は仙台に一週間一回行っていたのは本を買うためだった
田舎では本当に本は少ない、仙台でも今からすると少ない、本の数は膨大だった
すると限られた本しか読めなかったとなる
それで「冠婚葬祭」というカッパブックスの本が百万部も売れたのである。
それが売れたのはベストセラーとなったのはただ本屋に置かれたからだともなる
本屋に置かれた本は地方の本屋ならわずかなのだから目立つから売れたというのに過ぎないのである。それで本屋商売は成り立っていたのである。
あまり固い本は売れないけどそうしたつまらない本でも売れれは収入になるからである
週刊誌でもコンビニに置けば目立って売れるということがあった
今やインタ−ネットのDマガジンで読める、一か月400円で雑誌は読める
そこで気にいった記事しか読まなくなった、意外と読む記事がなかったともなる
週刊誌でも雑誌でも本でも目立つことが売れることに通じていたのである。
その内容より目立つ場所に置かれることで売れるということがあった

そして今はアマゾンで古本ならどんなものでも安く買えるしボタン一つで二日くらいで配達される、日本の出版はめんどうである、取次とか介入してめんどうなのである。
そもそも取次はアメリカが検閲のためにもうけたものだから誰も気軽には出版できないものとして作られたからである。
それでアマゾンになったとき取次を通さなくなりインタ−ネットであれ電子本なら誰でも出版できるようになったのである。
ただこれも目立つことは至難である、要するにテレビが力をもったのは目立だたせる力だった、テレビに出ればたちまち有名人になれる
その人がどうのこうのというのではなく有名人になれる、すると内容がない本でも紹介すればめだって売れるということもある
その内容より何か目立たせることが今の社会では必要になる
物を売るにしても宣伝で目立たせる必要がありそのために金をかけている社会だからである。          

それで原発でも東京に原発を作れという本を出したがそれは書店の片隅で目立たないようさせられていた、それはかなりショッキングなことだがそれには注目しない
自分も冗談なのかこの人はSF作家で妄想を語っているのかと思った
それだけ「安全神話」は強力なものとして作られていたのである。
どこにでも原発は安全だということは徹底していた
だから危険だということはもう社会から排除される、それだけ強固な安全神話に逆らう人はいないとなったのである。またできないようにさせられていたのである。
その安全神話ももくも崩れ去った時また戦争の敗戦と同じようなことが起きたのである。

ある時社会は激変する、その変化についていけない、守旧派となる
ITがそうであり国際関係でも今度は十数年前までは物価が日本の十分の一だったのが今は上海や北京になると日本より物価が高くなり海外旅行に来るようになったのである。
中国人に頭を下げる時代になった、その変化も大きいのである
中国を今までのイメージで見ている人はいるし日本でもそうである
それは守旧派になり老人はそうなりやすい、今までのイメージで見るからである
でも実際はそう見ていたものが銀行でもそうだし中国でもそうである
アメリカでもそうである、アメリカの見方でも今までのような見方が通用するかどうかわからないからだ、そういうふうに国際関係でも常に変化しているから対応を誤るのである

2009年に南相馬市の立派な図書館ができた、約十年前だけど新しいとなるけどその時のからのITの変化が激しかった
だから市長はやはりたいだい若い人より年配の人がなるから守旧派になりやすい
また経験がないとできないこともある、でも弱点としては時代の変化に即応できないのである。だから図書館にこだわったのだろう、駅前には図書館よりスーパーの方が便利だということはあったかもしれない、前はスーパーがあったが震災以後なくなった
これも震災以後の変化である、震災以後はまたこの辺は激変した
すると将来の見通しでも全く違ったものとして見ることを強いられているのである。
それが守旧派になると老人になるとなかなかできない、それで女川町では老人は口出させないということで街作りを若い世代にまかせたのである。
守旧派を最初から排除したのである。


posted by 老鶯 at 17:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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