2018年07月09日

なぜ警察官の犯罪がなくならないのか 飛松 五男. (東電のフクシマ原発には警察もかかわり反対できなかった)


 なぜ警察官の犯罪がなくならないのか 飛松 五男.

(東電のフクシマ原発には警察もかかわり反対できなかった)


東京電力 は 26 日、 中央省庁 や 地方自治体 など 役人 OB の 天下り を 51 人 受け入れ て いる と 明らか に し た。 内訳 は 嘱託 が 48 人、 顧問 3 人。 警察 OB が 32 人 と 最も 多く、 海上保安庁 出身 も 7 人 いる と いう。


前掲 ニュース で 東京電力 に 警察 OB が 32 人 いる と 報道 さ れ て い ます。 東京電力 の グループ 会社( 約 100 社) も 含めれ ば、 さらに 大勢 の 警察官 が 天下り し て い ます。 全国 の 電力 会社 でも 同じ よう な 状況 です。   関西電力 の グループ 会社 に「 きんでん」 という のが あり ます。 電力 インフラ 設備 の 工事 を する 会社 で、 私 の 元 同僚 を はじめ、 警察官 が 何人 も 天下り し て い ます。


警察 を 退職 すれ ば、 年金 が 月額 20 万 〜 30 万 円 支給 さ れ ます。 そもそも、 きちんと 人生設計 を し て い て、 見栄 を 張ら ない 生活 を し て い たら、 不労所得 の よう な 天下り は 必要 ない はず です。

 しかし、 報道 さ れ なかっ た ん です。   事件 でも 事故 でも、 日々、 マスコミ は 警察 から 情報 を もらっ て い ます それ を 止め られ たら、 商売 あがっ たり です。 だから、 基本 的 に 警察 を 批判 する 報道 は でき ない と 考え て ください。 

警察は巨大な実質的力を行使できる力をもっている武装暴力組織である。権力とは何なのか?それが常に自分の課題になった
なぜならカルト宗教団体でも権力を追求している、すると最も権力があるのは実質的権力を持っているのは警察組織にゆきつくのである。だから警察権力を動かせばなんでもできるとまでなる
確かに法律とかがあり勝手にできないことはあってもこの元警察官が警察官が犯罪しているのが日常的だという
それで正義感の強い警察官は自殺するのだという、若い警官が自殺したとかあるのはそのためなのだろうか?
それは警察組織を守るために闇に葬られるという

原発事故がどうして起きたのか?なぜフクシマ原発が作られたのか?
そういうことを追求するとその原因も複合的である、一つにはならない、だから文明そのもののが原因しているとも考察した
ただここに追求していけば原発は国の権力であれあらゆる権力がかかわっていたのである。
そもそもなぜこんなに東電に天下りしているのか?
警察権力が東電や政府の下僕として使われていたのかとまでなる、まず警察となれば庶民でもみんな恐れている、自分も関わりたくないので充てる。
警察とは誰もかかわりたくないからだ、マスコミすら警察から情報を得ているから批判する報道はできないと言っている
マスコミが朝日新聞社でも原発には反対したり報道できなかった

原発の「安全神話」はこうして国家権力であれ様々な組織権力で作られたのである。電事連があるとしたらそれは組合であり原発推進だからその組合には共産党系だって参加しているとしたら野党すら反対できない構造になっていたのである。
原発に反対することはもう不可能になっていたのである。
要するに原発というのは想像を絶する巨大利権の塊りだったのである。
それは原発事故以後でもそうである、巨大ゼネコンに除染とかで何兆円とかの金がつぎこまれる,その金を賠償金にあてた方がいいとも思った、補償金にしてもこんなに莫大なものとなる、そういう巨大な金を動くということに驚いた
百円とか千円の金勘定しかできないものにとっては想像を絶するものだったのである。
東電自体が子会社がありその利権も巨大なものだったのである。

政治家+官僚(検察警察)+マスコミ+東電+電事連(組合)とかの合体した権力が一体となっていたのである。
こういうものにもはや反対も批判もできない構造になっていたのである。
民主主義社会は国民が主権者であり権力は国民のものだというシステムなのだけど実質の権力は官僚機構にあり中でも警察は武装組織であり一番権力の中枢にある,検察や警察を監視したり裁いたりできないからである。
本当は国民が検察や警察を監視したりすることがあって正常に機能する、でもそれができない構造になっているのである。
庶民でも警察は一番怖がっているからである。自衛隊は日常的にはかかわらない、警察は交通事故でもなんでも庶民の生活に深くかかわって存在して権力を振るう立場にあるからだ
警察は庶民を常に監視できる立場にあるからだ
だからカルト教団でもオウムでも警察に会員を入れるとかする、創価でも警察を抑えようと会員を警官にしようとしたりする
権力を操作しようとしたら選挙で議員を増やせばいいともならない、実質の権力は検察や警察がもっているともなるからだ 

そして巨大な権力と権力は結びつく、警察組織が暴力団から上納金のようなものを巻き上げているというときもそうなのだろう
暴力団といっても警察組織には頭があがらないからだ、警察を動かせることは一番大きな権力になる
ただ庶民は警察組織のことはわからない、巨大な組織のことはわからない、それらがどういうふうに動いているのか?
庶民はそうした巨大な警察権力とはかかわりたくない、だから警察に反抗するようなことはしないのである。
ただなぜ原発事故が起きてこんな悲惨な結果になったのかと追及してゆくと何かこうして警察までかかわっていたのかとなる
その証拠がなぜ検察であれ警察であれ海上保安庁まで天下りしていたのかということである。
そもそも東電と海上保安庁がどんな関係にあるのか?これも不可解なのである

原発事故は原因が一つではないにしろこうして巨大組織権力が結託して起こしたものである。
「安全神話」はこうした巨大権力が結託して作られたのである。
これに反対したり批判したものはどうなるのか?
検察でも警察でもかかわるとしたらどうなるのか?
反対して批判する者は公安とか警察の監視に置かれて何でもいいから犯罪者にされて捕らえられとまでなる
実際はそうなっていたのである、その結果としてとりかえしのつかない原発事故となり故郷を失い住むことすらできなくなったのである。その責任者は誰なのか?それは地元の人にあったとなるがやはりこうした巨大権力が結託した犯罪だから誰も罰することはできない,ただ津波がそれを明らかにして罰したともなると私は追求したのである。

人間社会でもこうしてもう罰することはできないものがある
それで天が神が罰せなければもうどうにもならないということがある
原発にはアメリカもかかわっていたとすれば背後にアメリカがあるとしたらまたもう反対は不可能である
原発はそういうものとして作られた、それが津波で崩壊したのである。
とすると津波は人間の悪を正すものだったという見方を出てくるのである。
いづれにしろ戦争であれ人間が個々の悪ではない、国家の悪とか人間社会で正すことはできない、それでこの世の滅びが最後に来る最後の審判が来る、この世そのものが神によって罰せられる裁かれるのである
そもそも検察とか警察とかも悪だというときどうにもならないのである。罰することも正すこともできないのである。
そこに人間の組織の限界がありそれが原発事故につながったのである。

利権ばかり追求する巨大組織会社により歪められる

 (権利はrightであり日本にも中国にもその意味はない)


posted by 老鶯 at 08:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
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