2018年04月26日

駅で会う暇な老人 (人生百年時代をとう過ごすのかも問題)


駅で会う暇な老人

(人生百年時代をとう過ごすのかも問題)


今日案内した人は鹿島の寺に墓参りに来た人だった,そこは桜で有名な所でありでも桜は散っていた帰って行った
年配の女性二人であり何か観光にも来ていた,それで多少鹿島を案内した
その人もタクシーの番号のある場がわからなかったので教えた,タクシーの番号を聞かれるのは駅内に表示していないからである。
駅から出た所ではわかりにくいからである。
それで前の自転車屋に聞きに行ったのである。
その人はいろいろバスの交通とかを聞いていた,鹿島からも原町回り飯館により福島市に行くバスがあると教えた

それを駅内に勝手にはっていたが駅に許可なしでは置けないとして撤去された
その案内があれば説明しやすいことはあった
だからそんなにルールにこだわることもわからないことだったのである。
ただなんらかのクレームがJRに来るのを嫌がっていたのである。
その年配の女性も暇な人達であり何かいろいろ聞いた
何かを鹿島町とかこの辺のことを知りたいからである。
年配の女性が60以上だからこの人たちも暇な人が多いのである
それだ白河の城でもそういう歴女にあったことがある
その女性は大阪の人だったのである。

駅で良く会うのが暇な老人である。その人は大崎市の温泉に行っているという
前も見かけた人である。ただ大崎市はどこというときわからなくなっていた
鳴子のことであったが大崎市は古川市でも合併しているからわからなくなったのである。このことからやはり原町市が合併したとき南相馬市というのは良かったともなる
なぜなら相馬というのは知られているから相馬といえば場所がわかるからである。
ただ相馬市と南相馬市は同じに見られてしまうのが問題になった
やはり大崎市はどこなのとなる,鳴子とか古川だったらなじみがあるから場所がわかるからいいのである。

今日は前にも会った老人と話した,この人たちも実は暇なのである。どうも毎日相馬市とか山下の方に通っているみたいだ,ある人は原町の図書館に電車で通っている
そこで暇つぶししているのである。だから図書館に老人が集まっていることは確かである一番集まっているのは川子のパークゴルフ場である。
そこでは昼間は食事もできるようになったからである。

ともかく日本全国でどれだけ暇な老人が増えたのか?それはもはや全国的な老人の問題である。高齢化の問題はいろいろあるが暇をもてあます老人もまた問題なのである。
なにもするたことがなく妻の後についてゆくというのもなんか淋しい
その人はプロ野球のことを延々と話した,ある人は相撲のことを延々と話した
それは若いときから子供の時からテレビで見ているから今も見ている
まず60すぎても若いときしたことをしたいのである。
だからバイクもするしスキーもするし登山もしている
そういう快感が忘れられないからするのである。

人間は継続的に生きているのであり若いときと断絶するわけではないのである。
若いときしたことをまた80すぎてもしたいしするのである。
人生はそうして老人になったからといって変わるわけでないのである。
今は盆栽いじりなど老人でする人はかえってまれである。
若いとしたことをまたしたいのである。
自分の場合は自転車旅行をまたしたいとなるのである。

ともかく趣味でも若いときからしていないものは老人になってもできない
若いときから継続していたものができる
ただ自分がしているパソコンでの抽象画は最近しているものである。
だから60の手習いというのはある,でもパソコンを継続しているからその延長として抽象画もあったとなる

つまり人生百年時代は金銭面もあるがいかに残りの人生を有益に過ごすかというのも大きな課題なのである。これも若いときからそうした趣味でも遊びでもしていなとできないのである。
とにかく人生百年時代はライフワークが必要になる
何かを素人でも学者のように探求することが必要である。一つのテーマをもってすることが必要になる,そうでないと退職してから暇をもてあますようになる
人生の時間が百歳となればもう一回人生があるともなる
これも経験していないことなのである。
自分の場合は作品の完成をライフワークがある
それは若いときからしてきたことである。会社に勤めていなくてもそういう仕事はある
ただ金にはならない,でも作品化する集大成する仕事がある

でもそういう仕事がもてない人は相当に暇になる,どうしたら暇つぶししたらいいのかとなる,そういう人はただ普通に会社員とかで働いた人だからである。
そうして趣味もない人が多いのである。
すると暇をもてあまし生きがいもない老後になってしまうのである。
老人は何か家にいても一人暮らしが多くなっている,そこで家に一人いるのも嫌だとなる何かそこに一人暮らしの問題がある
ただ集団生活となるとまた簡単にはできない,何かしら人間関係でも問題が起きるからである。
駅でちょっと話すくらいはいいとして駅に行って案内したり話したりしているのである。

タグ:暇な老人
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