2018年02月21日

銀行,大手証券のすすめる投資信託はもうからない (その人達は金融のプロではない)


銀行,大手証券のすすめる投資信託はもうからない

(その人達は金融のプロではない)



投資信託だけは買ってはいけない3つの理由 − 金融のプロはどうやって儲けているのか

ここで言っていることは経験してわかった、金融のプロがどうしてもうけているのか?
その金融のプロとはどういう人なのか?

プライベートファンドの多くは、信託報酬の他に「成功報酬」として「運用で勝った場合に、勝ち分の〜%を貰います」という報酬形態を採用しています。

彼らの給料の内多くはこの成功報酬から払われることになりますので、手数料の面で一見投資信託よりも高く映ります。
しかし、むしろ実質的な運用の質は遥かに高いものが期待出来ると言えます。

これはわかる,銀行とか大手証券会社で手数料をとるのはまるで違っている
失敗しようが全然損益にはならない,手数料は確実に入ってくるのである。
でも証券会社でも銀行でも個々人に投資させれば投資するものが損する
証券会社とか銀行は何の不利益にもならないのである。

だからある程度大きな金ならプライベートファンドを見つけて金をまかせた方がいい
大手証券でも銀行でも手数料が多くとれることしか考えていないからである。

相手をもうけさせようとしているのではない

証券会社が銀行がもうけるためにまずすすめるのである。

それでリーショックの時株もっていた半分になった,でもその後倍になった
でもその時投資信託をすすめたと銀行員はその株を投資信託に回した
なぜか?

銀行にとって手数料がとれる投資信託がもうかるからである

つまり顧客のことより自分たち銀行のもうけを優先しているからである。
それで今になると株が上がったたのだから売れば相当な利益になっていたのである。
ただその時の判断はあるが自分はその銀行員がプロだと思いまかせたのである。

大手証券会社とか銀行員は金融のプロではない

ここがはっきりと認識すべきである。
だからここのサイトはその要点をついているからわかりやすいのである。
もちろん投資信託でも株でも金融商品にはいろいろな見方がある
だからいちがいに自分の経験が参考にはならない

でもカナダの国債が石油が下がりusリートでも一時売ってもうかったがまた買ったとして手数料がとられる,3パーセントは大きな額になる,投資信託の金が大きければその額は大きいのである。

まず証券会社の人でも銀行でも投資信託はしていない

それは証券会社と銀行はもうけるのであり顧客をもうけさせるもののためではないからだただ手数料をとればいいという商売である。

だからこそ株が上がっていたのにその株を売って投資信託にしたのである。
そして今度はJリートにしたがこれも指数が下がり今は損して売れない
つまりみんな実際は自分の場合は投資信託でも外国の国債でも失敗したのである。
そして次々に新しい投資信託を買わせるのはその時大きく手数料が入るからである。

投資信託はもうからない仕組みになっている,もうかるのは手数料をとるリスクもなにもない,大手証券と銀行である,だから詐欺ともにているのだ
投資信託を売りつければ自分たちは絶対に損はしない手数料だけはいただくという商売だからである。

損して得をしろというけど投資信託は得して絶対損しない商売である。

そういう商売自体が一時的にもうけてもその後は成り立たなくなる
まず銀行員が投資信託をすすめても信用できない,いいことを言ってもこれだけ失敗すれば信じることはできない,株とかそういうものだとしてもプロとしてまかせたからである
でも証券会社や銀行は金融のプロではない

金融のプロとはプライベートに大金をまかせられる人なのである。それは大手証券会社とか銀行ではないのである。
金融のプロはそこで顧客をもうけさせれば何パーセントと利益を得るが失敗すれば何も得られないからである。
それはただ相当な金持ちしかそういう人には頼めないのである

実際投資信託でも手数料が安いとそれなりの対応しかしてくれないというのはわかる
でも自分はそれなりの大きな金を頼んだのである。
金持ちとは違っていても手数料も大きかったのである。
それで失敗したとなるともう何を言っても信用できない,まずその証券会社と銀行員は金融のプロではないのだ
ただ手数料をとるために適当に金集めしているだけだというのもわかる
つまり顧客をもうけさせるのではなくまず彼らが考えているのは手数料をとることである
だから商売でも相手を得させるということは損しても得しろということが諺として残されている,それとは全く違う世界である。
でもその諺も通用する,もし最初にもうかっていればまたもうかるのではないかと別な投資信託をすすめられれば投資することになるからだ
ギャンブルでも最初にもうけた人はまた賭けるのと同じである
これだけ損して全敗のようになれば賭けたりしないのである。
投資でも最初分配金が払われて信用したということもある
全く自分の場合は全部失敗したのだからとてもこれ以上すすめられてもそんなことできなくなったのである。

そもそも銀行自体信用できなくなったともなる
そのことを知っている人がしきりに言っていたから当たっていたとなる
金融は複雑だからだましやすいのである。何かもうかるような気分にさせる
でも現実にこれだけ全部失敗して損させられればもうまかせることはできない
それが小さい金だったらこうはならなかった
それなりの金をまかせたのにその人は金融のプロではなかったのである。
一般的に普通の人が接するのは金融のプロではない
ただ手数料をとるだけの自分たち確実に得するが顧客は損しようがかまわない商売なのである。
ただそういうものが社会にまかり通っていることが納得がいかない
それも銀行という固い職業でそうだとういことは銀行の信用は失墜する
それでもしているのは銀行が追い詰められているからだとなる

ともかく人間は経験である。もし株でも経験していればこうはならなかった
本を読んでもわからないことがこの世にはいくらでもある
経験しない限り株なら損するとかしないとその世界のことはわからないのである。
それがわかるのは学者が経済や経営を教えているけど株でもうけられないことでもわかるそういう世界に通じるにも経験なのである。それがないからたやすくだまされるともなるのである。
ただわからないのは銀行がそこまでするということは切羽詰まっているからでありでも結果的には最大の財産である信用失うということになりかねない
その怖さを認識しないと会社自体が危うくなる,すでになっているからこそそうしたものに手を出さざるをえなくなったとなる



posted by 老鶯 at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題
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