2017年10月11日

カルマは苦しむ時に自覚される (原発事故も人類のカルマでもあった)


カルマは苦しむ時に自覚される

(原発事故も人類のカルマでもあった)


天界の火を盗んで人類に与えた存在として知られる。また人間を創造したとも言われる[4]。日本では長音を省略してプロメテウスと表記されることもある。
その名は、pro(先に、前に)+ metheus(考える者)と分解でき、「先見の明を持つ者」「熟慮する者」の意である。他にも、ギリシャ語から「Προμη:促進する、昇進させる」「θεύς←θεός:神、ゼウス」と解釈すると、人類に神の火を与えた事で「神に昇進させた者」との説も有る。
弟のエピメテウス(Ἐπιμηθεύς、Epimetheús)は、epi(後で)+metheus(考える者)と分解でき、「後で後悔する者」「後知恵をする者」くらいの意である。
%83%BC%E3%83%86%E3%82%A6%E3%82%B9

の地でプロメテウスは磔(はりつけ)にされ、その胸に杭を突き刺され、その杭には一羽の鷲(わし)が止まっています。鷲はプロメテウスの肝臓を啄(ついば)むのです。一日かけて食い荒らすと、次の日にはまたプロメテウスの中に新しい肝臓が育ち、その日もまた鷲に突かれるのです。来る日も来る日もその繰り返しです。
 こうしてプロメテウスは、永遠の責め苦を味わわなければならなくなったのでした。
さてプロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました


個人的にもカルマを必ず人間はもつ,ただカルマは苦しみがないと意識されないのである自分が30年間苦しみがない平和な楽な生活を送っていた,でもその時でもカルマは知らずに積まれていたのである。
ただカルマは苦しみがなければ意識されないのである。
そして苦しむようになるとなぜ自分はこんなに苦しむのだとなりカルマを意識するのである。
家族二人を介護することは自分のカルマだった,それから逃れることはできなかった
そして誰の助けもないこともカルマであり自分自身が病気になってもそうだった
そういうカルマを積んでいたとなる

それは個人的にもそうだが今回の原発事故のようにこれは深く考えれば人類的カルマだったのである。火を盗むとは火は現代になれば原子力である,そしてその罰は過酷なものとなる

プロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました

この年数と符号しているのがプルトニウムの毒が二万年消えないということである。
それだけのカルマをこの辺で背負ったという恐怖である。
だからこそ神にまで昇進させるとなる,つま科学技術によって人間が神のごとくなるということである。科学者が神のごとくにもなるということである。
それだけの力を科学技術は人間に与える,その最たるものが原子力であり核兵器になる

そしてその科学技術もすべていいものとしては働かない,人間を苦しめるものとして働くようになる,その罰はプロメテウスのように過酷なものとなる

「後で後悔する者」「後知恵をする者」

結果的に新しい科学技術を作り出してもその結果を見て後悔する,科学技術にはそういう面がある,車社会になれば交通事故で苦しむ,かかって車が無ければと事故にあって死んだ人は思うのである。
人間はともかく科学技術でも先のことは考えない,核というものがどういう働きを人間にするかを考えない,まず科学技術はそういう社会的影響を考えないですべていいものとして推進されるのである。
そしてとりかえしつかないものとなり後悔する
カルマが苦しみとなりカルマを意識して後悔するのである。カルマとは人間の業であり
科学技術もまた人間の業として追及されてきたのである。
その結果として原発事故でありそのカルマに苦しむことになる

人間とは何かとなると道具を使うものというとき石を道具としたときすでに人間のカルマがはじまっていた,なぜなら石器は道具として生活で役に立つものでもまた武器ともなる殺人の道具ともなる,そういう人間の歴史は石器時代からはじまっていたのである。
ヨーロッパでは石のこん棒とか石の兵器が発達した,それは殺りく兵器として発達したことでもわかる
この殺りく兵器の発達が核兵器で頂点に達したのが現代なのである。

人間とはそういうカルマ(業)を背負ったものなのである。
そして科学技術文明は最終的に滅びることになる
マヤ文明は高度な天文学が発達したがカルト宗教のようになり人間が滅びる日まで割り出したが滅びた,知の限界に達して滅びた
核というのも原子力というのもやはり人間の知の限界に達して崩壊した
人間は全能ではないから限界があるからそうなる

人間は例え2000年前でも今日のことは予言できた,それがギリシャ神話とかなっていて警告していたのである。
それは宗教でも予言されていた,キリストの剣をもつものは剣で滅びるとは核をもつものは核で滅びるとなる
つまり人間のカルマ(業)はついには歴史的結果として現れるということである。
それはすでに石を道具としたときからそれは予想されていたのである。
石を道具とする人間の業(わざ)が業となっていたのである。
動物のようにそれができなければ今のような災いはないからである。
まさに災い(わざわい)は技(わざ)であり業(わざ)であり災いという漢字は火のことだったのである。これをみてもすでに人間が生まれてからその災いは予想されていたのである。
プロメテウスの刑罰は「3万年」と定められていました

プルトニウムの毒は二万年すぎないと消えないとかあるから同じである。
それだけのカルマをこの辺では背負った,それはこの辺だけではない,実際は広範囲に放物質で汚染されたのである。それはこのように消えないものとして毒が残る
それは人類的カルマだったのである。これはここだけではない世界でも起きることであり核兵器で人類が滅ぶというとき人間のカルマ(業)の帰結として起こる
そういうカルマを背負っていたのが人間だったとなる
原罪を背負っているというのもそうである。
人間は神の禁忌を破ったものとして罰を受ける宿命にある
それから逃れられない存在だともなる
それはこうして苦しみが現実化したとき自覚されるのである。
この辺はそのカルマを背負った土地になったということである。
posted by 老鶯 at 10:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/181251002
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック