2017年10月03日

ラスベガス銃乱射事件の犯人の動機の謎 (老人特有の心理が関係していたのか?)


ラスベガス銃乱射事件の犯人の動機の謎

(老人特有の心理が関係していたのか?)


人間というものは何するにもどうしてそうするのか?その動機が問題になる
神が人の心を見ているというときもそうである。
その行為があってもどういう心でその行為に及んだのかを見ている
一見善いことをしているようでも行為として現れていてもその心が実は名前を売りたいとか偽善の場合が人間には多すぎるからだ。
だから行為からだけでは人間は判断できないのである。
慈善でもそれも利用して金持ちになっているのもいる
第一寄付金がどういうふうに利用されているのかわからないからだ
それでアグネスでも天皇すら批判されている
赤十字は天皇家がかかわっているがその金をどうしていのか見えないからである。
それはタブーになっているから余計にわからないのである。

今回のラスベガスの事件でも犯罪でもその犯人はどうしてそんなだいそれたことをしたのか?
その動機は何なのだろうと疑問に思う

●ギャンブルで大負けしてやけくそになった

●64才で年なので一発大きいことをして死ぬことを選んだ

●その他

人間は犯罪心理学というも気があってもいいだろう。
まずなんでもそうだが動機が一ついうことはない,動機は三つも四つもあって犯罪にいたる,犯罪の経験があればそうなる
だからこの人の動機も一つではない,ギャンブルに負けたとしてもそれがすべての動機とはならない,何か他にある。

老人の心理も関係している,老人の心理は若者には理解しにくい

どうせ人生も終わりだ,最後に一発大きいことをして死んでやる

そんなことを考えるのも老人なのである。
どうせ死ぬというとき自殺を前提にしてあれだけのことをやったからである。
若者とは違いもう人生終わりだとなるといろいろ家族と社会のことでも考えなくなくなる社会がどうのこうの社会のためになれとかもなくなる
そんなこと死ぬ前にどれだけ意味がるのだとさえなる
社会のためにとか社会といってもそういうものが何か現代はわからないからである。

この犯人は社会から第一疎外されている人ではない,裕福な人だったのである。
そしたらそうした社会の恨みから犯行になったとはならない
では何なのだろうとなると不可解だとなる

誰かの恨みではない,では何のためそうしたのか?
ギャンブルに負けてやけくそになったことが大きな一因であることは間違いない
それで財産全部すったとかなればありうるがその人は金持ちなのである。
すると金だけが動機なのかとなるとこれもわからない

ただ若者と違って老人特有の心理が影響していたかもしれない

一発大きなことをして人生を終わりにしよう

何かそういうことが老人では動機になりうる,老人が起こした老人の心理から特有の犯罪だったかもしれない,だからそれは日本でも起こりうるし起こっていることせある
老人は社会規範からはずれてくる,会社から退職したりするとそういう縛るものがなくなる,この犯人は家族もいないみたいだから余計にそうなったのかもしれない
そもそも親が有名な銀行強盗だったというのも驚きである。
その子供だったとしたら相当に社会では苦しい立場になっていたが別に会計士とか金持ちでありそうもなっていないのである。

ともかくアメリカの銃社会というのは日本ではわかりにくい,西部劇の延長としてそれもある。国の成り立ちとかかわっているから簡単に銃は無くせない
それが外国からすると日本などからすると理解できないのである。
それぞれの国に事情があるというのは本当である。
インドではカースト制が残っていてそれで上の階級の人が下の階級の人が伝統を破ったと殺しているからインドにはインドの事情があり中国にもあるが中国は情報統制されているから悲惨な事件が報道されないのだろう。

いづれにしろ人間の心はあまりにも複雑で犯罪の動機もいろいろあるから決めつけることはできない,アメリカはとにかく犯罪でもスケールが大きいと感じる
ラスベガスというとギャンブルで有名だが何か芸術家が集まる場所でもあるらしい
それでラスベガスから常時アクセスあるのは自分が抽象画を定期的にアップしているからである。
そんな人達もいるしそこがギャンブル場になっているから芸術家がいるにはふさわしくないと思っても第一アメリカは広いのである。
ラスベガスでもいろんな人達がいる,ギャンブルだけではないのだろう。
それにしても最初二万人いたという観客は何が起きたのかわからなかった
銃声が連続的になってもわからない,だからとっさに何をしていいのかわからない
普通銃で打たれるときは伏せろというがかえって伏せたら今回は標的になったのである。
なぜなら30階もの高所から打ったのだから伏せていれば上から撃たれるのだからかえって危険だったのである。その場から逃げることだったのである。
だから何か事件があったとき一つのパターン化した考え方は通用しなくなる
それは自然災害でもそうである。その時々でどういう状態なのか違っている場合が起きるそれで誤り死にいたるから怖いのである。
人間は緊急な事態に弱いのである。とっさに判断できなくなる
だからテロに対処するといってもどういうふうにテロが起きるから予想つかないから備えようがないともなるのだ。
どこかに必ず穴がありそこで大惨事になってしまうのである。
posted by 老鶯 at 09:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/181169576
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック