2017年09月22日

中南米の悲劇はなぜ起きているのか? (文明の挑戦に応戦できなかった-日本は応戦できた)


中南米の悲劇はなぜ起きているのか?

(文明の挑戦に応戦できなかった-日本は応戦できた)


メキシコ、ブラジル、ホンジュラス、ベネズエラ。 
全部中南米ジャン。あと、西インド諸島の土人も来るな。 
キューバ、ハイチ、ドミニカ、ジャマイカ。 
何でアメリカの周りは、カナダ以外クズしかないのだろうか。 
統治を行った、スペイン様、ポルトガル様、フランス様に感謝しなくては。 
土人に文化を与えた、神の子供たちである、白人様。

スペイン人が入って文化、宗教をボロボロにしてしまった 
社会に相互の信頼関係がない 
インカ人やマヤ人のままだったら秩序を保って発展できただろう

カトリック教会は、「蓄財は罪」と教えました。 労働は「神から課せられた罰」でしかありません。 
男は額に汗して働かなければいけない。女には陣痛の苦しみを与える。そして、人類には死という罰を与える。これが基本です。 
だから、おカネが貯まったら教会に寄付することが奨励されていました。 
結果として蓄財や勤勉に働くよりも消費や道楽やサッカーに励み、教会にどんどん寄付するような国民性が育まれていったのです。

アルゼンチンは人種差別はあんまないけど階級差別が酷い 
使える店も階級ごとに決まってると言うか暗黙の了解みたいのがある 
下の階層の人が上の階層の人が使う店いくと出てけって言われたり 
物売ってもらえなかったりする 
その逆も当然あって、階層が上の人が階層が下の人が使う店に来ると 
ここはアンタみたいのが来る店じゃねえつって追い出される 
だもんで安い店に行くときにあんまオサレな格好していくと 
階層が上の人だと誤解されかねないのでNGらしい 
サッカーでも上流階層が応援するのがリーベルで 
下流階層が応援するのがボカってハッキリ分かれてる

"南"は圧倒的にカトリック教徒の入植だったのに対して、"北"にはプロテスタントが可成り入りましたので。
カトリックが中世以来の農本主義一本槍だったのに対して、プロテスタント達はやがて資本主義を持ち込む事に成りますので。
詰まり元からの拠って立つ、基本的な文明文化が違って居たとも言えます。

南"は圧倒的にカトリック教徒の入植だったのに対して、"北"にはプロテスタントが可成り入りましたので。
カトリックが中世以来の農本主義一本槍だったのに対して、プロテスタント達はやがて資本主義を持ち込む事に成りますので。



中南米は犯罪が一番多いとかギャング集団や麻薬組織とか何かいいものが伝わってこない貧乏からもぬけだせない,それはな何なのだろうとなる
そこは文明的に遅れたとも言えない国だった,インカとマヤは高度な文明をもって一千年とか栄えている,それがなぜ今も発展しないのか?
その原因は一つではない,人間の現象は複合的に起きてくる
犯罪の原因も一つではない,いろいろなものが重なって犯罪になる
だから何が原因でそうなったのかとなると簡単には言えない

明らかなことはスペイン,ポルトガルに征服されたことである。スペイン,ポルトガルの影響を大きく受けたことである。
一方北米はイギリスの影響を大きく受けてアメリカ合衆国になった。
ところがアメリカでも南部と北部は成り立ちが違っていた
南部は農業中心で北部は工業に経済の重心を移していた
南部は綿の栽培とかで黒人奴隷を使っていた,北部は工業化してゆくから南部とは違っていた。北部と南部の争いは農本主義と工業化という生活形態の相違から起きたともとれる人間の争いは人種とかよりそうした生活形態の相違で争いが起きる
遊牧民と農耕民は相いれないのである。だから万里長城ができた
日本でもヤマト王権は稲作を普及するために狩猟採集民族の蝦夷と敵対して争いになったそしてイギリスはいち早く産業革命を起こした国である。
その産業革命の基になったのが確かに石炭がとれて蒸気機関車が発明されたとかある
それは北部で鉱物資源が豊かだったこともある。

それと宗教が関係したということが意外と重要である。
中南米はカトリックであり北米はフロテスタンとなのである。
マックスウェバーが資本主義の基はプロテスタントから起きた,
神に奉仕するための勤勉な労働が良しとされた,カトリックにはそうした勤勉な労働を良しとするものがそれほどない,時間にルーズなものもそうである。
資本主義はまた農本主義とは相いれない,今でも土地を基にしたものに資本主義がなじまない,資本主義は通用しないのである。
勤勉とか効率を求めても土地は別物だしtime is moneyといっても作物を早く実らすことはできないからだ。
農本主義からは資本主義は発達しない,北米ではイギリス人が入ってきたりユダヤ人が入ってきて金融を発達させて資本主義が成立したのである。

そしてトインピーの史観によると

「挑戦と応戦」 ・・・ "challenge-and-response"

 「挑戦」・・・社会の安定した状態になんらかの攪乱的影響を与える刺戟。
 「応戦」 ・・・挑戦に対する人間の主体的な対応の試み

中南米は高度な文明があった,しかし新しい文明の挑戦を受けたときそれに応戦する力がなかったのである。
この中南米と比べるとなぜ日本がヨーロッパの植民地にならずにすんだのか?
西欧文明の挑戦に対して応戦できたのか?
これも一つの大きなテーマとして今もある
明治維新とは何かそれは歴史的に解明されたわけではないからである。
日本の社会は江戸時代は農本主義である。そこにヨーロッパの産業革命が入ってきた。
でもそれに適応したのである。社会制度でも藩を侍をなくして国民国家として平等にしたこうした大改革がなぜできたのか?
そして資本主義と民主主義を取り入れたのである。
日本には不思議に働くこと自体に価値を認める,勤勉民族だということも言われる
今でも過剰な労働国である。それはプロテスタントシズムとも通じているという見方もある

そして日本の歴史はマヤやインカのように断絶しないで今日にもつづいている
日本はなお日本文明として西欧文明の挑戦を受けたが応戦して継続しているのである。
日本は本当はこの日本文明に誇りをもつ必要がある
中南米を見ればわかる,あまりにも外来勢力によりその歴史のアイディンティティは破壊されたからである。そこは貧困と犯罪の国としてしか伝わってこないのである。
工業化もできていないのである。

アジアでもなぜ日本だけが西欧化工業化資本主義化民主主義化に成功したいうのもなぜなのだろうとなる,中国でもできなかったしアジアではヨーロッパの植民地化された
日本だけはヨーロッパの植民地にならなかったのである。
ただアメリカとの戦争になりアメリカに敗れて属国になり植民地とは言えないまでも
属国化したのである。
日本とはこれからどうするべきなのか?
それは日本が日本文明を新たに歴史の伝統をふまえて創造する
そして日本人として日本文明に誇りをもつことでてある。
その日本文明が日本人のみではないアジアにも普及して世界的になるとき日本は誇りをもつことができる
大きな視点に立てば新たな日本文明の創出が課題となる

一方で日本は衰退するだけだとか盛んに言われる,下り坂でありそんな日本文明もなにもない,三等国に転落するだけだというのが日本の現状である。
そもそも日本文明とは何なのともなる,日本人は戦争で負けたこととか日本に誇りをもっていないのである。だから国自体の自主性がないのである。
それは個々人にも波及して自立心がないのである。
アメリカの言いなりになるとか今度は中国の言いなりになるとか自主性がもてない
それは日本がそもそも日本の歴史に日本文明に誇りをもてない,また日本文明が欧米より劣った見方をしているからである。
日本は今日本文明の再興をして日本人の誇りをとりもどすことが必要なのである。
だから日本を否定する左翼でもアメリカ一辺倒になる右翼でも実際は従属しているだけの属国でしかない,日本独自の文明がありそこに誇りをもてるようになれば左右を越えて
日本の新しい時代がやってくるとなる
それは時間的に百年とか二百年とか見ないとわからないのである。
戦後70年はその節目であり次なる時代へ向かう時代の転換期なのである。
そこに世界情勢の変化がありまた強いられるともなる
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/181068278
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック