2008年08月18日

バックパッカ−時代の終わり? (レジャ−にも金を使えない貧乏な若者がふえた)


バックパッカ−時代の終わり?
(レジャ−にも金を使えない貧乏な若者がふえた)


●若者が内向きになると視野が狭くなる

 

余暇の時間や費やすお金については、派遣やパート労働の増加や団塊世代の退職などを 背景に、「ゆとり」が増える人と減る人の二極化がみられ、「格差が広がってきている状況がうかがわれる」としている。(以下略)
http://www.asahi.com/national/update/0816/TKY200808160290.html


今は非正規は金良くないせいかBP減ってるらしいね。豪州も日本人客減少で焦ってるとさ。ちなみに俺はチベット、アメリカ、ヨーロッパ放浪した。また行きたい・
 

すげぇ、こんなに北海道にバイク旅行する人がいない年なんて初めてだ。ガラガラ、混んでる所はパチンコ屋と上りの低速だけだ。不景気すげぇ

ほかにやることがあるからじゃないですか?
海外にかかわらず国内の観光地も若者少ないですよ。
町で若者をよく見かけるのはネットカフェ、カラオケ、ゲーセンかな。
そういう「時間消費型娯楽」にとられているのでは?


六号線で自転車旅行の人に合ったら必ず声かけていたけど意外と見ていても少なかったのか、夏休みは学生などで増えるはずなのだがその学生も少ないのか、バイクの若者も少ない、たいがい長距離だと北海道目指す、それも少ないのかもしれない、安い旅行でも日本は金がかかる、飲み食いだけでも金がかかる、自転車旅行が金がかからないというけど腹がへるし喉が渇くから普通の何倍もエネルギ−を補給しないとすすめないのだ。宿泊をテントにすれば確かにこの部分を省くことは大きい。ホテル代は日本では高すぎるからだ。
これからの時代は旅行は海外旅行ですら高くなるからできなっている。ネットとかゲ−ムとか内向きになる。若い人気海外の経験とか国内でも旅行の経験がないと視野が狭くなる。でも旅についてはずいぶん書いてきたけど本当の旅人になるには電車でするにしても金がかかるし時間もかかる、自転車になるとさらに時間がかかるし金もかかる、旅をすることは昔は命懸けだったけど今は安全でも手間暇と金がかかるからできない、勤め人になると旅はさらにできなくなる。私の場合国内は十分にした。例えば相馬郡内でも自転車くらいで路査していないと郷土史も書けない、なぜなら地形を知ることが地理を知ることが歴史の基本だからである。近くでも路査しないと実感できないし意外と近くだけでも旅することは手間暇かかる。外国でなくても近くでも旅をすることはできるしでも手間暇かけないとできない、峠は徒歩で自転車で越えるとき峠を越えることが実感としてわかる。バイクとか車だとあまりにも簡単に越えられるから峠のもっている地形的意味がわからなくなるのだ。今や便利な時代になると旅を自ら演出しなければならないから労力や時間や金がかえってかかるのである。
 

●「バックパッカー」を知らない学生?

学生です。最近海外行くようになった初心者です。
大学の友達は「バックパッカー」と言う言葉を知らない人ばかりです


別のスレで、老人と若者の事が書かれているけど、
数日前のNHKで年金270万円の老夫婦世帯で
健康保険料が増えたとかで、生活出来ないとかあったけど、
今時の若いもんが年270万円稼ぐとなったら、それは
もう大変ですよ。
それから差し引かれる社会保障費もかなりの額ですしね。
若い世代と高齢者の間の溝はこのままだと、益々、深くなる
一方ですね。
今や、海外旅行も年金もらってる年配者が多いみたいです。
以前、ベトナム行きの飛行機に乗ったら、ほとんど中高年の
ツアー客で驚いた事がある。


「バックパッカー」を知らない学生?がいる。バックパッカ−の時代が終わったのか?海外旅行が石油の燃料代の高騰とか海外でも物価が高くなっている。中国さえ都市部では高くなっているから割高である。昔とはその辺違ってきた。でもまだ若者なら安く旅行することができる。だから若い内海外の体験していた方がいい。本とかテレビとかインタ−ネットで知る外国と本物の外国は違う、ともかく一回外国の地を踏んで語るのと本とかインタ−ネットだけの情報で語るのは違ってくる。海外は特に百聞は一見にしかずである。そういう私も50代から海外旅行だから海外について語ることは浅薄である。ともかく海外にでれば日本にないものが見れる、特に自然はスケ−ルが違う、川でも山でも平原でも砂漠でもそういうものは日本にないからそれを見ただけで地球がいかに広いかわかるし得ることは大きい、ただ沈没とか言って一カ所の安宿に留まっている人は旅行者ではない、あまり得るものがないかもしれない、でも海外にいるということで一時代の若者の特権だった。若者はそうした自由な若者だけの特権が与えられるべきなのだ。昔は若者宿がそうでありそこで若者同志の連帯を深めたりした。戦前の学生は特別のエリ−トでバンカラ学生で自由を謳歌して今でも当時をなつかしんでいる。それは若者にしかできないことだったからだ。そういうことが将来人間を幅にあるものにしていたのである。だからニ−トとかフリ−タ−とかになるのも今や若者の特権のようになっていた。でもこれも若い時の一時期ならいいが30代過ぎると変わり者になり社会からはずれたものとされる。それが高度成長時代と違うのは数が多いから何百万もいるとなると個々に社会からはずれたアウトサイダ−ではない、集団として見られるのである。だから集団として社会から敵視される。そんなに多くの人間がアウトサイダ−化したら社会そのものが成り立たなくなるという恐怖を与えたのである。だから今の学生が若者が地道になってきたのはそうした時代と違ってきたのかもしれない、若者の数が減っていることも影響している。やはり一部は海外に行くしその魅力にとりつかれる人はいる。ただそれが少数化したということかもしれない、ともかく若いときしかできないことがありそれはあとで貴重な思い出に宝となるのだ。でも海外でもすべてがいいとはならない、やはり海外で女を買うとかを目的にしたような人は結局あとで後悔する。海外で動機は何であれ現地の人と一緒に汗を流した海外協力などはあとあとまでいい思い出として残るのだ。そこでは確かにグロ−バルに世界の若者と平和的に協力したということがありそれは若者でしか体験できないことである。自分にはできなかったからうらやましいとなるのだ。
 

●バックパッカ−沈没者の行き着く先

ちるとすごいとこまで行くよ。
海外のゲストハウスには窃盗常習犯が必ずいて、パッカーの金や荷物盗むんだよ。
自分の旅費や生活費にするためにね。もう罪悪感も残ってないし恥もない。
実名で指名手配されてる奴ゴロゴロいる。
40過ぎてバイト暮らししてると不安から鬱になって精神薬依存まっしぐら。
日本じゃまともな仕事にありつけるわけもなく、人生立てなおすには遅すぎる年齢。
金貯めては海外に現実逃避くりかえす生活。
若い連中みたいに観光地行ったり遊びに行きたいわけじゃなく
ただ宿でダラダラと沈没して日本での生活や失敗した人生を忘れたいだけ。
こんど帰国したら、いよいよホームレスかも?なんてがけっぷちでかろうじて生きてるだけの おっさんどもがいっぱいいるよ。


いづれにしろ人間ぶらぶら一年も仕事しないこと自体海外に行かなくても国内だってそうなりやすいのだ。人間はやはり働くということで社会性が身についてゆく。だから海外で一年も安宿にぶらぶらしているのも若者の時代の特権でも反面そのままずるずるいくとこうなりやすいのだ。正当な職につきにくくなる。一方外国でも語学などを習う人は外国でも何かを身につけようとしているから違っている。一年もいればその国にも詳しくなれるはずだからである。そのためにはどうしても語学を学ぶ必要がでてくるのだ。そこからその国のガイドになったする人もでてくる。その中で天才的海外旅行案内人もでてきたり時代を反映した職を見いだすものもいる。でもそういう人は天才なのである。その時代特有の秀でた人は必ずでて来るかみんながなれるわけではないのだ。あれほど海外を自由に旅行できるのも明らかに天才的能力なのである。自分は全くできなかった。海外旅行は失敗ばかりだから今はしたくない、体も弱ってできなくなった。こういう人は例外でありその他は社会で生活するスキルが身につかないからずるずるこうなるのが多くなる。だいたい20代で仕事との基礎を覚えるからその機会を逃すと社会でまともに生活できなくなるのだ。その行き着く先がこうなる人も多くなる。

 
仕事とは何か?仕事とは人に奉仕することが基本にある。それは介護でも看護でも食事の用意でも相手に奉仕する、相手を心地よくするサ−ビスなのだ。つまり宗教で言うなら下僕となり仕えることなのだ。人間が金持ちで仕事もしなくてすむとして奉仕ばかりされていたら奉仕する人の気持ちもわからなくなる。つくづく奉仕することはマッサ−ジの仕事でも力仕事だし大変である。家事も家族に限定されてもれっきとした奉仕の仕事である。家事も一仕事なのである。介護士でも大変である。老人が奉仕されるのはサ−ビスを受けるのはこれまで人々に奉仕してきたからでありしないものはサ−ビスを受けられないというのもわかる。だから金があるからといってサ−ビスを受けるものは威張っていられないのだ。そういう人は施設でも病院でも嫌われるのである。介護も一つのれっきとした奉仕の仕事である。それが極めて人とじかに接するから最も奉仕の仕事としてわかりやすいのである。ただなぜこの人に奉仕しなければならないかとなるのが介護の問題なのである。嫌な人には奉仕したくないからである。人間やはり結婚しなかったり親の経験をしなかったり仕事をしないものは自分のように何かが欠けてくることは確かである。ともかくふりかえると高度成長時代からグロ−バル化と円高とその流れのなかにバックパッカ−時代があったが不景気などでその時代も終焉に向かうのか、でも海外の魅力は大きいし若いときだけできることはしていた方がいい、老人になると海外旅行は相当に辛いものとなるからだ。

 
バックパッカーなどの貧乏な旅人は、日本が駄目になったり、お金が大変になったら、タイにでも逃げて細々と暮らせばいいよね、なんてよく言い合ったりしています。けれど、今ではタイも物価がどんどんと上がり、旅人たちは周辺のラオスなどに逃げ込んだりしています。

私も時々、日本でちょっと無茶してすべてが駄目になったら、どこか物価の安い国にでも行ってユルユルと暮らせばいいや、なんて思ったりしていたのですが、いつの間にか日本の旅人が行ける場所がなくなっちゃったりするんじゃないかな、とこの頃思ったりもするのでした
http://blog.tabibito-bunka.com/?cid=44285


 


物価は外国でもあがっている。外国では高いものを買わされることが多い、地元の人なら安く買えるものを高いところで買ってしまう。観光者用の店は高い、安いのはわかりにくい場合がある。外国で旅慣れた人ならいいが今は物価がどこでも高いから日本脱出してもそれほど安くは生活できなくなっている。
 

最近パックパッカ-事情も変わった。一番多いのは看護師が長く海外旅行しているという、だからパックパッカ-の宿には看護師が多いそうだ。フリ-タ-とかアルバイトとか不正規の若者が多かった、今は派遣であるがこの人たちは海外放浪したくてそういう職業を選んでいた人が多いのだ。一カ月となると国内だって普通の人には暇がないからできない、会社に勤めていたら余計にそうである。そうした自由な旅行したい人は正規のル-トからはずれる人になるのだ。それが数が多い、普通になったから問題になった。看護師なら一年や休んでも必ず職につける。どこでも看護師は不足しているし給料が良くて勤めることができる。ということはもし自由な旅行をしたいなら看護師の職業を選べとなる。一般的には看護婦が多いし看護師という職業はまだなじみがない、男はなりにくいのだ。ただ自由な時間が得られる職業は少ない、それは特別なの人だからそうした人をめざすとなると簡単にはできない、結果的には社会からあぶれた若者が大量に年取っていくことになる。旅行が好きでも社会からあぶれずに将来設計ができる職業を身につけて旅行をした方がいい、そうでないと人生をぼうにふるとなる。それは極少数だったら別に良かったのである。数が多くなると社会的問題として糾弾されてくるのだ。 
 


 

posted by 老鶯 at 10:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層
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