2017年08月08日

心が通う田舎駅(詩) (機械自動化しても人間的な仕事の価値は高まる)


心が通う田舎駅(詩)

(機械自動化しても人間的な仕事の価値は高まる)


駅は母が子を待つように
あたたかく待っている場所
ぬくもりのある場所
駅はまたは無事を元気なことを
祈り見送る場所
老いも若きも男も女も
ここに住む人も
外から来る人も
様々な人が行き交い
駅は熱気を帯びる
「行ってらっしゃい、お帰りなさい」
あたたかな人間の血が通う場所
一時の出会いなれども
駅には人の心が通う場所
そこには駅員が必要なのだ
すべて自動化機械化はできない
人間は心を持っているから
あらゆる場所がそうである
心が通いあうことを願うから
薬を売るならその人の病気の直ることを
私の作った野菜を食べてください
私が苦労して精根こめて作ったものです
その手から直接与えられたら
その本当の価値を知る
ただ金を得るだけではない
物には人の心が通い物の価値が生まれる
心をこめて作られたものに価値がある
医者はいくら機械に囲まれていても
そういう心をもたないと人をかえって傷つける
今人に欠けているものあたたかい心
科学技術がいくら進歩しても
そこに人間の心が欠ける時索漠とした社会
駅で母が子を待つように
寒い日でも誰かが待っている
あたたかく待っている場所
忠犬ハチ公のように待っている
いつまでも主人の帰りを待っていた
大きな駅にはそれがない
人々はただ物ののように流れてゆく
小さな駅はかえって心が通う
そこには駅員が必要なのだ

これは別に駅だけの話ではない,どんなに機械化自動化しても人間が必要なのである。
ロボットに介護してもらいたいか?ロボットは補助にはなるが心をもてない,愛ももてない,だから人間の代わりにはなれない,未来は機械化自動化であり人間がいらなくなるということはありえないのである。

確かに鉄道の方が全自動化して運転手も車掌も駅員もいらなくできる,そうなるとどうなるのか?何か索漠としたものにならないか?ロボットに見守られている世界は情なき世界になる,それは社会全体でも言える

牛馬を必要としていたときなぜJそこで情が育まれたかというと牛馬は機械ではないからである。やはり人間の情が通じる,それで馬と結婚した娘の話が残っている
それだけ動物でも情が通じ合うから情が育まれていた,なぜこれほど犬猫のペットブームになっているのか?それは人間の情が通じる,情を求めているからである。
機械には情が通じないのである。

駅では無人化してもやはり必ず家族が見送り出迎える場所である。それはまさに家族の情が通じる場として駅がある。そういうふうに人と人が情で結び合う場所がどこでもある
駅は公共的な空間でもある,車は一台一台閉ざされた空間であり一緒に多数の人が乗りあわすことがない,乗る人は個人か家族か親しい人だけでありあとは排除される空間なのである。

電車とか駅は見知らぬ人が交わる空間でもある,見知らぬ人も行き交う場である。
それも子供から老人までみんな行き交う場である。
今はそういう場所もない,学校は子供のいる場であり病院や老人ホームは老人だけがいる場とか分離して閉鎖されている
昔の村の方が世代間で分離していないし交流が生活の中で自ずからあった
人間が世代でも男女でも仕事でも分離されて交流できないのが現代である。
そこに情が通わない歪な社会になっているのだ。

機械化自動化で人間が働かなくても良くなるということはない,逆により人間的なものが求められる,介護でも力仕事はロボットとかるが愛情ある介護は人間しかできない
機械的にできるものは機械にまかすとしてもやはりどこにも人間にしかできないことがありその価値が高まるのである。機械にはそもそも愛がありえないからである。
要するに機械化自動化はかえってより人間的なものが人間にしかできないものが価値が高まるのである。

例えば家事でも自動化してゆく,すると人間はいらなくなる,実際家事は一人暮らしでもできるようになっている
ではお手伝いさんはいらなくなるかというとそうでもない,一人暮らしの人は淋しいから話し相手に必要だともなる
そうなると話がうまいとか何か趣味があるとか家事をする能力ではないものが価値がでてくる
もちろん料理でも自動化はできないたろう。機械化自動化してもどうしても人間的なものを求める
その人間的なものがかえって価値が高まるのである。
だから未来は別な能力が求められる,より人間的なものが求められる

将棋や碁の相手は機械になった,すると娯楽にしても変わる,人間はそれでも会話を望むし人間的なもの求める
つまり娯楽も変わる,そこでより創造的なものが求められる時代になる
将棋や碁はコンピュターによって解析された,そうなるとコンピュターによっても解析されないものが価値がでてくる
自分がしている抽象画はコンピュターでしているが新たな価値を作り出したともなる
もちろんその価値はどれだけのものなのか疑問ではなる
でもやはり新しい価値が生み出したともなるのだ
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