2017年07月05日

残されるべき神秘の領域(サンクチュアリー) (飯館村への道の詩)


残されるべき神秘の領域(サンクチュアリー)


(飯館村への道の詩)

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神秘の領域

深い森の中に
揚羽が一羽
美しい羽を広げる
そを見る者は誰か
そのたまゆらの美
揚羽は森深く舞いさる
深くつつまれた森に
宝石のように
秘められて
たまゆら現れて消える
その森へ行く道は
草むして
あると思えば消える
人間の入るのをこばむように
そういう神秘の領域
サンクチャアリーとして
心に平安を与える


人間の思想形成は自然と離れてありえないだろう。政治とか経済の話ばかりになるのも耐えられないだろう。そういう世界の中でオワシスとなるべき所が必要である。
都会になるとそれがなくなる、ただ都会にも規模があるから10万くらいまでは郊外があり自然もある、相馬地方だと相馬市と原町と鹿島とか小高とか浪江とかでは感覚的に違っていた、飯館村となると森におおわれた神秘の領域になっていた、そこから発想されるものは自然と深く結びついていたのである。今も別にその自然が消失したというのではない
森は残っているからだ。

飯館村というとき飯館村に入る所も森がつづいている、南相馬市でも浪江でも相馬市でもそうである。この辺は高い山はないが森がつづいている、丸森が森とあるごとく森が深いのである。ただ杉林にはなる
そういう森が現実にあるというときそこから詩でも思想も生まれてくる

飯館村に入る道はいくつもありそこは深い森を通ってゆくのである。
そこは深い影をなす道である。飯館村は森の国だった、70パーセントが森だったから除染もできないのである。
この辺の自然の魅力としては飯館村は欠かせないものとしてあった
もちろんその村が消失したとかはない、でもその村があまりにも変貌してしまった
メガソーラ場とか田んぼでも土が削りとられるとフレコンバックがつまれているとかで
森の国としての自然と融合した昔の村ではない
それはこの辺でも山の方はそうなっている

ただこのサンクチュアリーはかなり日本でも消失している、ただ北海道は全体的にまだ残っている、自分はそうした自然から詩を発想して書いてきた
それは相当な量になるがこれはその一部である。
芸術は都会からは生まれない、自然が最大の芸術品であり人工的な風景にばかり接していたら心は荒廃して安らぎもないのである。
だから飯館村とかは貴重な場だったし他に橲原(じさばら)村なども心の中に常に反映してきて安らぎを与えるのである。

確かにサンクチュアリーとなると観光資源にはなってもなかなか経済的効果がない
その経済的効果がないことに価値がないのかとなるそうではない
精神的な価値がある、自分が古代文明に魅力を感じるのは自然と結びついて文明が作られれてた、マヤ文明でもカンボジアのアンコールワットでもエジプト文明でもそうである。そこに神話が生まれるというとき自然と融合していた文明だからである。
現代文明はただ経済の規模の増大であり技術の発展だけを追求している

今からふりかえるとアニミズム的文明とかなるがそれも自然と深く一体化していたからそうなったのである。科学技術文明とはそうしたアニミズム文明とは正反対のものにある
でも自然から遊離しているから危険な文明ともなっていたのである。
アニミズム文明とはそれぞれの地域に生態系があり必然的に発生したものである。
もちろん偶像崇拝として拒否するべきものでも自然と切り離せない密着した生活していた人々にとってはそれは必然だったのである。

この辺では葉山(端山)信仰などは稲作と密接に関係していて生まれたのとにている、水の管理が必要でありそれが山に負っていたから生まれた
もし本当にそうした自然と一体化して生活していたら原発など拒否していたろう。
そういう生活が遅れているとかと見るのは現代文明からの見方でありそれが災いを生んだ
夏でも飯館村にゆく道は木蔭の道がつづき涼しい、ただ自転車でそこまで行くのが日射病になってから怖くなり行けない、でも心の中にいつも近くの自然は反映されているのである。

posted by 老鶯 at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 飯館村
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